9ー8 フォーマルハウトの指す下へ
同日、昼…
「『ソラさんへ カオリさんと一緒に、首都圏へ旅を続ける事にしました』…と。」
スマートフォンのメーラーを操作するアユム。
「送信…それにしても、やっぱりもう秋なのかな…手足が涼しいや…」
そう言いながらアユムは、着ていたツナギの2段に折られていた両袖と裾を、1段ずつ伸ばした。
「アユム…あんた、背、伸びた!?」
「そうですか!?あんまり変わってないと思いますが…」
「やっぱ男の子よねぇ。高3になっても身長伸びるんだから…」
「相変わらずあなたは子供扱いですけどね。」
「子供じゃない。あんたやっぱり、あたしより3つも年下だった。」
カオリの言葉にむくれながらアユムはスマートフォンのマップを起動する。
「ところで、ルリさんは『上りのはやてに乗った』そうです。」
ルリさん、その名前が出た時、カオリの胸がちくりと痛んだ。
「東北新幹線はやては、仙台の次は大宮まで停まりません。だから、このまま首都圏を目指します。ただ、途中、寄りたい所があるので、そこにも行かせて下さい。」
「ま…まあ、あたしはノープランだから、あんたに任せるわ。」
複雑な想いを気取られない様に、カオリは言った。
「はい。カオリさんの事も、ちゃんと守りますよ。生き別れのお母さんとも、きっと会えます。」
「う…うん…」
何かをごまかすかの様に、カオリは、
「あ…あたし達はまた、アンタレスの指す下へ行くのよね!!」
最後は芝居がかった口調でそう言ったが、
「違いますよ、カオリさん。もう季節は秋ですから…ほら。」
アユムは何やらスマートフォンを操作すると、カオリもそれを覗き込む。
「何それ…星座盤アプリ!?あんた本物の星空だけじゃ飽き足らずこんな物まで…」
「これが今日の午後8時の夜空です。ここ。南の空の一等星は、みなみのうお座のフォーマルハウト…」
何気なくその青白い星をタップしてみると、その星の情報が出て来た。
”フォーマルハウトA
フォーマルハウトB
フォーマルハウトC”
「三連星だったのか…知らなかった…」
「つまり…その星は3つの星が重なってるの!?」
そうか…お前も一人じゃなかったんだな…
南天に輝くフォーマルハウトの指す下へ、アユムと、カオリと、アレッツの旅は続く…
「…あ、ソラさんから返信だ。」
メールにはたった一言、『じゃあこれあげるわ』。だが問題は添付されていたファイルだ…
「こ………これは…!?」
アユムの目が見開かれ、スマートフォンを持つ手がガタガタと震える。
「アユム!?どうしたの…!?」
アユムから事情を説明されると、カオリも慌てて、
「す…すぐにお礼を言いなさい!!」
「は…はい!!」
※ ※ ※
同時刻、墜落した宇宙船のブリッジ…
アユムから『カオリさんと一緒に、首都圏へ旅を続ける事にしました』というメールを受け取ったソラは、ならもうしばらくあの子はあのアレッツに乗るわね、と考え、『じゃあこれあげるわ』と、あるファイルを添付したメールを送った。
しばらくしてアユムから、非常に丁寧なお礼のメールが届く。ソラはメーラーを見ながら、冷めた声で、
「いいのヨ、アユムクン。ワタシももらいっぱなしジャ悪いなって思い始めた所だったカラ…」
ソラのブリスターバッグには、彼の乗機である、紫の魚型可変飛行アレッツ。ただし、腰の後ろには、先日倒したホワイトドワーフから剥ぎ取ったジェネレータを2基搭載した追加ブースター。これに合わせてコンバータも大容量化したため、胸部は更に前後に伸び、より魚っぽくなった。そして、これまで素手だった左右の手にはアユム機が持っていたのと同じ武器を1つずつ。アユム機と合体した際にデータを無断コピーして作った物だ。
「名付けて、『アンブレラ・ウェポン(ツイン)』ってとこカシラ。フフフ…」
誰もいない宇宙船のブリッジで、妖艶な笑みを浮かべるソラであった…
※ ※ ※
同時刻、山形県某所…
「静けさや 岩に染み入る 蝉の声 取り逃がしたる 賊はいずこに…」
「久野君、妙な下の句を着けるのはやめたまえ。」
シノブとエイジは、山奥の川辺にいた。2人の遥か上方には、切り立った山壁に麓から山頂近くまでへばり着く様に建てられた古寺があり、かつてここを訪れた俳人が詠んだ句のとおり、やかましいくらいに蝉が鳴いている。1年前に宇宙人が降らせた星の雨も、この古跡の周りだけは降り残した様だ。
「シモノケだってやぁだタイチョー、セクハラで訴えてノクターン行きっスよぉ〜」
「ふざけるのもいい加減にしたまえ。そろそろ定時連絡の時間だ。」
天幕の中に置かれたテーブルの上には、地図が開かれ、アユムが修理した目覚まし時計が置かれている。
ザ っ ! 通信機に感がある。
『こちら酒田。定時連絡。異常なし。ダイダ容疑者は発見出来ず。』
「こちら久野。了解。偵察を続けて下さい。」
シノブが通信に答える。
ザっ!『こちら新庄。定時連絡。異常なし。容疑者発見出来ず。』
「こちら久野。了解。」
「………プロが未成年に何をやってるのだ…」
エイジが歯噛みする。
「でも良かったんスか!?アレッツ乗りの4人をバラけて偵察させて…」
ザっ…『………こちら寒河江…廃墟を発見しました…』
「何を言ってるんだ…」
エイジはシノブから通信機のマイクをひったくり、
「こちら最上だ。こんなご時世だ。廃墟くらいどこにでもあるだろう。」
『いえ、周囲に復興村がありません。かつてあった様な跡すらも…まるで、SWDで街が丸ごと滅んだ様な…』
「宇宙人がその街だけ徹底的に破壊し尽くしたのか!?」
『それが…地面を筋のようにえぐった跡が何本もあります。大気圏外から宇宙船で攻撃したらこうはなりません。まるで地表近くからパーティクルキャノンの様な物を撃った様な…』
アレッツが街を丸ごと滅ぼした…いや、ホワイトドワーフという奴か!?
『ひでぇ…何でここまで…』
「寒河江…!?」
『こ…ここは…自分の郷里…だったであります…う…産まれた街が…俺の家が…親父とお袋が…畜生…ちくしょう………っっっ!!お、俺も米沢もSWD後ずっと帰ってなくって、どうなってたか心配だったのに…くそっ!こんな事だったら………』
最後は、言葉にならなかった。
「了解…お前はもういい。落ち着いたらこちらに合流し給え。」
無言で通信は切れた。
「あとは米沢だけか…」
「あいつ寒河江タイインと同郷で同級生っスよね。言うんスか!?さっきの話…」
そう言う側からザっ、と通信機に感があった。
『………こちら…米沢…』
「こちら最上だ。」
『隊長………敵で…す………』
通信がおぼつかなく、米沢隊員の声も弱々しい。
「!? どうした!?」
『自分は…もう…だめです………』
米沢はエイジ隊のアレッツ乗りだぞ…
「だ…誰にやられた!?野盗か!?ダイダか!?」
『………』
「ホワイトドワーフか!?」
『………』
「タイチョー…」
シノブも不安そうな顔をする。
「米沢!!だ、誰に…何に殺られた…!?」
『む…くい…』
「はぁ!?」
『なんで…今…更…』
そこで通信は途切れた。
周囲で鳴いていた蝉の声が、ほんの一瞬だけ一斉に鳴き止むと、またこれまでと同じ激しさで鳴き始めた。
ミーンミンミンミーーーン…
オーシツクツク…
ジーヨ、ジーヨ、ジーーーーー………
第二部 北東北編 完




