9ー7 鳥啼き 魚の目に涙
翌朝、名取川北岸…
長町の復興村にほど近い河岸に、アユムはいた。
大きな川に架かるこの橋を、宇宙人が壊さないでくれて本当に良かったとアユムは思った。まぁ、カナコやカオリさんにした事は許せないが…
仙台市街の西から南をうねる様に流れ、市街地と長町とを隔てる広瀬川は、アユムのはるか背後を流れた末に、はるか左手…東でこの名取川と合流する。
東の地平線からはもう朝日が昇っている。その向こうには仙台湾があるはずだが、さすがに見えない。SWD後の世界の朝は早いから、もう村の人たちは働き始めた頃だろう。
「ユウタ、カナコ、富士野先生…」
優しい人々に背を向け、訪れたであろう優しい日々に背を向け、アユムは南へと旅立つ。
アユムの側には北海道から乗ってきたスクーター。これまた北海道から積んできた荷物がくくりつけられている。そして、
キーには『歩兵』のキーホルダー。
これと対になる『香車』のキーホルダーは、もう無い。
アユムはこれを外す気は無い。ここから先の旅で、これを見る度に胸を締め付けられる様な思いに駆られる事を知りながら…
「やっぱり行くのね、アユム。」
後ろから声がした。
「カオリさん…」
来てくれたのが意外だった。あんな事したのに…見送りだろうか、止めに来たんだろうか…
「ここから先はあんたも行った事の無い場所なんでしょう!?」
アユムはカオリの言葉を背中で聞いた。
「アレッツだって、これまでよりずっと強くなるんでしょう!?それにホワイトドワーフだって…おまけにどこにいるかも分からない女の子を探しに…」
カオリさんの言葉が背中に刺さる。
「あんたのやろうとしてる事は、ただの安っぽいジュブナイルよ。例えこれが、あんたという一人の人間にとっていかに大きな一歩だとしても、誰もあんたを理解しない。最上さんあたりが聞いたら、今すぐアレッツを手放せって言うでしょうね。」
止めに来たのか…
「何を言っても無駄ですよ、カオリさん…」
そう言いながら振り向いたアユムだったが、
カオリは旅支度をして、スクーターを停めて立っていた。
「カオリ…さん…!?」
「…あたしさぁ…まだ記憶が覚束ない所があって…そしたら富士野先生が仰ったの。『君には生き別れのお母さんがいる。両親の離婚で、東京の方に住んでいらっしゃる。会えば何か思い出すかもしれない。こんな世の中だから構うもんか。先様だって会いたいに決まっている。』って…」
カオリの声は最初戸惑い気味だったが、段々と強くなっていった。
「だから…あんたの旅に、これからも連れて行って欲しいの。」
「でも…僕は…」
「これまで通り、あんたを助ける。ルリさんへの告白の段になったら、後腐れなく消えてやるから…」
「カオリさん………」
アユムの目が段々潤んできた。カオリのスクーターには『香車』のキーホルダー。
「世界でただ一人、あたしだけが、あんたを理解してやる!!」
カオリは、アユムに両手を差し出した。
「よろしく…お願いします。」
アユムは、カオリの両手をがしっと握った。
「ていうかさ…あんたがいなくなったら、知ってる人の殆どいない仙台で、あたしは一人でどうしろっての!?宇宙人が何考えてるか分からない以上、あんたの『後ろ』が地上で一番安全よね。」
「す………すみません………」
「おーーーーい、アユムーーーーっ!!」「アユムーーーっ!!」「渡会君!!」
後ろから声がした。立っていたのは2人の男性…正確には3人。
カナコを背中に背負ったユウタと、富士野先生。
ちなみにカナコはお腹が大きいので、ユウタが背負った背負子をに背中合わせで座り、更にロープでくくりつけられている。
「アユムーーーーっ!!元気で戻ってこいよーーーーー!!」
「君もよく考えての事なんだろう。くれぐれも危険な事をしない様にね!!」
それからカナコは、ユウタに後ろを向くように言って、
「アユムーーーーーっ!!私の分まで歩いて来ーーーーーーい!!」
アユムとルリの事を薄々感づいていたカナコが、彼を黙って行かせる様に、ユウタと先生に言ったのだ。
「アユム、あんた、自分を好きな人なんて誰もいないって言ってたけど、そう思ってるのは世界中であんた一人だけなんじゃない!?」
それからカオリはポン、とアユムの肩を叩き、
「ほらアユム、何か言ってやれ。」
アユムは涙を拭い、大きく手を振って、
「みんなーーーーーーっ!!冬が来るまでに、必ず帰るからーーーーーーっ!!」




