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9ー6 ふたみにわかれ 書付消さん

「ゴホ…ゴホ………っ!!」


アユムと別れ、仙台長町の復興村をよろよろ歩くカオリ。アユムに半ば締められた首がまだいがらっぽい。


「ゴホっ………アユム…」


ようやく声が出せるようになったカオリの第一声は、



「なによあのガキはーーーーーーっ!!!」



だった。



「何よ!何さ!!あいつ…子供だ子供だと思ってはいたけど…あんな女々しい事言い出すクソガキだったなんて思ってもいなかったわ!!」


周囲に聞こえるのも構わず、カオリは叫び続けた。周囲はいつの間にか日が暮れて来ている。スターフォビアで夜に外に出られない者が多いため、いくら叫んでも誰かが周囲の家から出て来る事は無い。


「何であたしがこんなにイライラしなきゃならないのよ!!」


弟がガールフレンドを家に連れて来たら、こんな感じなんだろうか…カオリは思った。


産まれて初めての告白の返事!?ご大層な理由じゃない!!

「つきあってらんないわ!!あいつなんか、もうどこへでも行けばいいのよ!!」


だが、その言葉を吐いた途端、胸の内に燃える熾火のような熱はそのままに、肌に近い部分が急速に冷えていくのを感じた。


あたしはこの仙台で、明日から一人で暮らして行く。そう、一人で………


「………っ…!」


カオリの胸がかすかに痛んだ。彼女の故郷は見つかったが、結局、この街には、彼女の帰りを待っている人なんて、誰もいなかった。


それに比べて、アユム…


ずっといじめられていたと言ってて、誰かと一緒にいるより、一人の方が落ち着くと言ってて、実際、修理屋をやるまではいつもオドオドしてたのに…仙台ではちゃんと友達を作って、ちゃんと彼女を作ろうとしてたんじゃない…


「あたしなんかが心配しなくても、あの子はちゃんと人を好きになろうとしてた…」


そして、アユムは、今、あたしのもとからも巣立とうとしている…


何日も一緒に旅をしてきたのに、あたしの事は最後まで『カオリさん』とさん付けだった…ああいう所も、あの人(・・・)とは違うのね…


カオリが仙台へ来てからこの方、あちこちで思い出す微かな記憶に、いつも面影が映っているあの人…


「センパイ………」


     ※     ※     ※


部活漬けの第八女子高校を卒業後、共学の大学へ進学し、長の女子校暮らしだったカオリは、産まれて初めて出来た恋人に夢中になった。


それからの春夏秋冬はセンパイと共にあり、2人は仙台の街の至る所で、共に思い出を作り、写真を撮り、会えない時も何通ものメールやメッセージを交わした。


毎日がキラキラと輝いていた。あたしは生涯センパイと共に添い遂げるもの、カオリはそう思っていた。


センパイとの清い交際は1年程続いた。キスすら許さず、せいぜい手を繋いだだけ。今思えばセンパイはよく我慢していたものだ。


付き合い始めてから1年ちょっと経ったとある夏の日、二十歳を迎えたカオリにセンパイは酒を飲ませ、酔った彼女を介抱するという名目で………ホテルへ連れ込んだ。


凶暴な女だと思われたくなかったカオリは、センパイに自分の高校時代の武勇伝を内緒にしていた。センパイはカオリを無理やりベッドに押し倒し、カオリはセンパイを巴投げ。


ホテルの薄い壁に上半身をめり込ませたセンパイを放っておいて、カオリはホテルから逃げていった。


センパイとはそれっきり…


何日も何日も泣いて泣いて、カオリは、これまでセンパイと一緒に取ったスマートフォンの写真や、センパイとやり取りしたメールやメッセージを全て消すと、仙台を後にした。


行き先は、どこでも良かった。とにかく仙台を離れたかった。ここはどこへ行ってもセンパイとの思い出が多すぎる…


そうしてたどり着いた北海道でSWDに遭遇、宇宙船から降って来る光弾の雨に、カオリは嫌な記憶を全て放り出した。星降る夜空の恐怖も、センパイに関する全ての記憶も…


     ※     ※     ※


「浅ましい女だ、あたしは…っ!!これじゃあアユムの事をとやかく言えない!!」


かと言って今更センパイを探して会いに行くつもりは無い。女が1年も前に投げ飛ばした男と縒りを戻そうなんて、微塵も思ってる訳無いのだ。


「あたしは産まれて初めて手に入れた『好き』という感情と上手く付き合えず、持て余し、失ってしまった…アユム…あんたが足を踏み入れようとしているのは、そういう世界なんだよ………」


     ※     ※     ※


富士野先生宅…


「ただいま戻りました…」


住処を見つけるまでの約束で、カオリは先生の家にやっかいになっていた。


「相川君…なにかあったのかい!?ここまで聞こえたよ!?」


富士野先生が玄関まで出て来た。


「何でも…ありません…お騒がせしてすみません…」


富士野先生は怪訝そうな顔をして、

「相川君…君は星空が怖くないんだね…」


「ええ…『スターゲイザー』って奴です。あたしの場合記憶喪失で、星が落ちてきた事自体を忘れてしまってますから…」


「でも記憶はもう戻ったんだろう!?なのに相変わらず星空が怖くないのはどうしてだい!?」


カオリは苦笑して、

「ほんと…何でなんでしょうね…」

一瞬、北海道でアンタレスを見上げる少年の横顔が頭に浮かんだ。

あの子の首から下げられた、青い石の入ったお守り袋…



ああ、そうか…


あの子も、夜空に星を見たのか。



富士野先生はカオリをしばし見つめた末に、


「相川君…ちょっといいかな…!?」


「はい…」


     ※     ※     ※


カオリが去った後も、アユムは旅支度を続けていた。


辺りは既に夜も更けていた。


ふと手を止め、アユムは星空を見上げる。


もう9月も末、しかも深夜である。夏の星座はとうに西の空へと沈み、秋の星座が夜空を彩っていた。


アンタレスをはじめとする夏の一等星は姿を消し、南天に輝く一等星はたった1つ…


みなみのうお座の、フォーマルハウト…


「まるで僕みたいだな…」

アユムは零した。


ソラさんも、最上さんも、カオリさんもいなくなってしまった。


これからは一人で、僕は行く。あの南天に輝く、フォーマルハウトの指す下へ…


この世界でたった一人、僕の事を好きだと言ってくれた、ルリさんを探して、告白の返事をするために…



大丈夫。僕はまだ、一人でも寂しくない…

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