9ー5 アユムの旅
時は再び現在に巻き戻る。
「…と、言う訳で、仙台へ帰って来て、カナコの伝手でルリさんに親しい人を紹介してもらって、ルリさんの安否を尋ねたんですけど、彼女は僕と同じ県外出身者で、お盆休みで帰省したらしいんです。僕みたいに行った先で被災して、戻れなくなったんでしょう。」
『佐藤』はこの辺では多い姓だから、勝手に地元の人だと思っていた。
富士野先生にはプライバシーの問題で必要以上の情報は来ていない。カナコもあまり親しい間柄では無かったそうだ。
「唯一確かな情報によると、ルリさんはお友達に、『上りのはやてに乗る』って話してたそうです。だから僕は、南へ旅を続けます。ルリさんを探して、告白の返事をするために…」
それを聞いたカオリの第一声は、
「バカじゃないの!?」
だった。
「そ、そんなささいな理由で!?この危険な世界を!?ほんとに!?」
何故自分の口からこんなにポンポンと否定の言葉が出てくるのか、カオリにも分からなかった。
「い、いくら女子高生でも、女が1年も前の告白の返事を待ってる訳無いでしょう!?しかも1年前とは世の中のあり方が変わってしまったのよ!?その子だって向こうで自分の生活を持ってるに決まってるわ!そ、それどころか、あれだけ大勢死者が出たのよ。その子だって…」
「カオリさん…」
アユムが両腕でカオリの両肩…首に近いところに掴みかかった。
「………どうしてそんな事言うんですか…」
「う…ぐ…」
この子のどこにこんな力が…
「僕は産まれでこの方ずっと、誰かからいじめられて来たんですよ!
産まれてからずっと、『お前なんかあっち行け』と言われ続けてきたんですよ!!
人付き合いが苦手で、人と一緒にいるのが苦痛で、
誰かが好きって、誰かと一緒にいたいって感覚自体が分からなくて…
そんな僕に、『あなたの事が好きだ』と言ってくれる人が現れたんですよ!!
それがどんなにすごい事か、分かりませんか!?」
アユムの両腕に込められた力は、段々と強くなっていった。
「カオリさん、あなた函館でおっしゃいましたね!?
『自分から記憶を奪った、残酷で理不尽な運命に抗いたい』って!
僕だって抗いたかった!
僕をいじめられの地獄に落とした、残酷で理不尽な運命に!!」
あの時、あたしの同行に同意したのは、そういう事だったのか…
「僕は知りたかった!あの子は僕のどこが好きになったのか!?
僕は知りたかった!でも知るのが怖かった!!でも知りたかった!!!
僕は人から好きになられる資格があるのか!?
僕は人を好きになれるのか!?
カオリさん!あなたなら分かってくれると思ってた!!」
「………苦しい………離して…」
カオリの言葉に我に返ったアユムは、両手を話す。
「ご…ごめんなさい…」
僕はなんて事をしてしまったんだ…狼狽するアユムの足元で、解放されたカオリがゴホゴホと咳込み、ヨロヨロと立ち上がりながら…そのまま、どこかへ行ってしまった。
一人、取り残され、呆然と立ちすくむアユムだったが…
「旅支度を、続けよう………元々一人旅だったんだ。それが…一人に戻っただけだ………」
だが、その後の支度をするアユムの手は、重かった…




