9ー3 相川カオリ
その後アユムはカナコに、他のクラスメートの消息を尋ねたが、
「そう言えばアユム、富士野先生もご存命だぞ。」
と言った。
「え…!?ふ、富士野先生が!?」
「生き残った元2年B組生徒の相談に乗っていただいてて、私達もいろいろ話を聞いてもらってる。ユータ…お前まず先生ん所に連れていかなきゃだめだろう!!」
「うるへーカナ!色々あってそれどころじゃ無かったんだよ!!」
ケンカと見紛うやりとりをする2人に当惑するカオリにアユムは、
「気にしなくていいよ。この2人はいつもこんな感じだから、気が済んだら終わるから、それまで待とう…」
※ ※ ※
富士野先生宅…
「お、おお…渡会君…!!」
ちゃぶ台に座って物書きをしていた初老の男性が、アユムを見留めると駆けるように立ち上がり、
「随分無茶な事をしたみたいだけど…よく無事に帰ってきてくれたね…」
「先生…」
アユムとがしっと握手した。
そして…
「お、おお…」
不意に、富士野先生の目が潤み…
「今日はなんて日だ…私の教え子が、二人も帰ってきてくれるなんて…」
先生の視線の先にいたのは…
「わ…私!?」
カオリだった。
「…君は相川カオリさんだろう!?」
確かにあたしは相川カオリというらしいが…当惑するカオリにアユムは、
「先生…カオリさんはSWDで記憶喪失らしいんです…」
「なんと…だが私が自分の教え子を見誤るはずが無い。君は相川カオリさんだ。」
ザ っ !!
不意にカオリの脳裏に浮かんだ、教壇に立つ厳しくも優しい担任…
「せ…ん…せい…!?」
「仙台第八女子高等学校時代の最後の卒業生の一人だ。君の卒業と入れ替わりに共学化して渡会君が入学して来たんだ。」
「せんせい…」
カオリの目も涙ぐんできた。
「何で事だ…それじゃあカオリさんは、第八高校のOGで、富士野先生の元教え子!?」
「君達が一緒に帰ってくるなんて…同じ街に1年以上も住んでたんだ。君達は仙台のどこかですれ違っていたかもしれないね…」
「先生…先生………」
富士野先生に抱きつき、泣きじゃくるカオリだった…
※ ※ ※
相川カオリ、21歳。アユムより4歳年上だが、アユムが早生まれなので、学年は3つ上。
格闘系の部活の試合を掛け持ちし、伝説の助っ人と呼ばれた生徒だった。
バレンタインデーには、後輩の女子から大量のチョコレートをもらっていた憧れの的。
道理で強かったはずだ。その体捌きは、記憶を失っても身体が覚えていた。
高校在学中に事故で親を失い、卒業後は大学へ進学した。
………ちなみに男性経験は無し…
住まいは八木山…市街地の南で、仙台での渡会家があった北とは正反対だが、デリバリーのバイトをしていた時期もあったので、市街地北部の特徴的な通りの名前も知っていた。
カオリの帰りを待っている家族は、結局、いなかった。
だが、
カオリは自分が何者なのか、知ることが出来た。
これも全部アユムのおかげ、なのだろう。
あの頼り無げで、それでいて芯の強い少年の…
※ ※ ※
同時刻…
墜落した宇宙船の中のメインブリッジと思しき場所に、ソラはいた。
ブリスターバッグから伸びたケーブルを計器に接続し、何やらやっていた。
そこへ、
スマートフォンにカオリからメッセージが届く。
『あたしの記憶が戻りました。
あたしの故郷はアユムと同じ仙台でした。
あたしの旅は、これで終わりです。』
「まずい…!!」
焦るようにソラは言った。
「急いであの子達と会わないト…!!」
しかし、移動手段であるアレッツは、修理中である。
「ああモウ!!」
宇宙船のブリッジの中で、ソラは叫んだ。
※ ※ ※
同時刻、仙台、長町復興村…
「これでよし、と…」
カオリはスマートフォンのメッセージアプリを閉じた。
こうして…カオリの故郷探しの旅は、唐突に終わった。
これから仙台での新しい生活が始まる。
渡会アユムを新たな隣人に加えた生活も悪くないだろう。
そう思っていた。
※ ※ ※
「なんでよ…」
数日後、アユムはまた旅支度を始めた。
「どうしてまた、どこかへ行こうとするのよ!?」
アユムは荷造ろいの手を休めずに、
「僕の旅の目的はまだ果たされていないからですよ。」
素っ気なくそう言った。
どうして、そんな…
「アユム…前から聞いてたわね。『あんたの旅の目的は何!?』って…」
渡会アユムは気弱でひ弱な少年、本来、この様な冒険をする様な子じゃない。
加えて仙台はアユムにとってたった1年程度住んだだけの場所。
それに対して北海道の旭川は帰省先、という事は、両親と死別しても親類縁者がいたはずである。
ならば仙台に帰らずに北海道に住み続けるという選択肢が、一番無難のはずだ。
なのにアユムは、折れそうな心を何度も奮い立たせながら、北海道からここまで旅してきた。
アレッツという、戦う力すら手に入れてまで…
「………」
黙り込むアユムに、
「答えて!!」
あたしには、聞く資格があるはずだ。
長い長い沈黙の末、カオリの方を向き直り、アユムは言った。
「1年前、スペースウォーズ・デイの数日前、僕は、ある女の子から告白を受けました。
その子にもう一度会って、その返事をするために、僕はずっと旅をしていたんです。」




