9ー1 杜の都の 三度目の夏の日
第九話 カオリの旅
西暦2053年 9月末…
岩手県南部に陣取るホワイトドワーフを、ソラの協力も得て撃退したアユムとカオリは、
県境を越え、北上盆地から仙台平野に入り、
無事、仙台市に入った。
仙台市泉区、地下鉄南北線、泉中央駅…
家からは正反対の方角だったが、アユムの高校からほど近いこの駅には、放課後何度も足を伸ばして、ユウタ達と楽しいひとときを過ごしたものだった。
だが…
「…上ったら崩れそうだな…」
洒落た駅と評判のペデストリアンはあちこち穴が空き、崩壊の危険があった。
思い出の場所が、きれいだった景色が無惨にも壊された事に、何とも言えない想いを抱くアユム。そして…
ザ っ …
「う………っ…」
カオリの脳裏に何かが横切り、頭を抱える。
「カオリさん…大丈夫ですか!?」
※ ※ ※
30分後、仙台市泉区、八乙女…
仙台第八高校…
アユムが通っていた高校であり、かつて仙台第八女子高校時代からの学舎…だがそこも廃墟となっていた。SWD後周囲の住民の避難場所となり、その避難民もどこかに移動したらしい。きれいに使われ、黒板には『ありがとうございました』という住民たちの寄せ書きが残っていた。
ザ っ …
「ううっ…」
カオリがまた頭を抱えた。
30分後、仙台市青葉区、台原森林公園…
仙台から来た地下鉄は、ここから地上へ出る。深い森の中に、唐突に地下鉄のトンネルが現れる不思議な風景。アユムはこれを、登下校時に地下鉄の車窓から毎日見ていた。地下鉄のトンネルが唐突に開けて森になる風景を…だが、今は一面の畑が作られている。食料調達のためだろう。
ザ っ … !!
「ぐ………っ!!」
カオリの様子が段々悪くなっていく。まるで、何かに抵抗しているかのように…
※ ※ ※
30分後、仙台市青葉区、匂宮…
青葉神社からもほど近いこの場所は、付近に大学のキャンパスが点在する事から、大学生向けのマンションが林立していた。だが、少子化やキャンパスそのものの移転でそれらの需要が減り、老朽化して取り壊された学生向けマンションの代わりに家族向けのマンションが建ち、アユムとその家族もそこに住んでいた。だが…
アユムのマンションは、非常階段が途中で落ち、1階の入り口に立入禁止のトラテープが貼らられていた。
「これは…もう無理だな…」
自宅に入ることを断念したアユムに、気分が悪いカオリは、傾いて立っていた道路名標識に手を着いた。ふと、標識を見上げてみる。
『北六番丁通り』…
ザ … っ !!
「ぐぅぅっ………!!」
「カオリさん…大丈夫ですか!?」
アユムが苦しそうなカオリの肩を抱きとめる。
何かを思い出す度に散らつく誰かの面影…
「せん………い………」
「カオリさん………!?」
これって、もしかして………
※ ※ ※
「カオリさん、あなたの故郷の条件って、『山があって、川があって、碁盤の目の様な街があって、お城がある』でしたよね!?でも以前、弘前城に入った時、あなた言いましたよね。『お城の中って、こんな感じなのかな』って…お城がある街に住んでたのに、天守閣の中を一度も見たことが無いって変ですよね…
それから僕は、『碁盤の目の様な街』という条件から、小京都じゃないかと考えました。でも、小京都は、実は条件が非常に厳しいらしいんです。碁盤の目の様な街程度では、小京都にはならないそうなんです。だから、小京都は条件から外すべきだったんです…
そう考えたら…山があって川がある街なんてどこにでもありますし、そこに近代的な都市計画を施したら碁盤の目の様な街になります。だから、これらは大きな手がかりにならない…でも思ったんです。住民が、『自分は碁盤の目の様な街に住んでいる』と思うのは、どの様な状態か、と…
…そこで、僕に心当たりがあるんです。青葉山という山があり、広瀬川という川があり、街の中心から北に東西に延びる道路が北一番丁、北二番丁…北九番丁と並び、そこに南北に延びる道が交われば『自分は碁盤の目のような街に住んでいる』という認識になる。そして、お城はあるけど、徳川家に配慮して天守閣が作られなかった青葉城…仙台城のある街………仙台。」
すみません、最初に話を聞いたときに似てるなと思いましたが、いくら何でもそんなうまい話があるはず無いと思って今まで言えなかったんです。アユムは頭を下げた。
「で…でもアユム、あたしのスマートフォンのロックで出身地を聞かれて、『仙台市』って答えたけど、違うって言われたわよ…」
「それ、『あなたの出身地(市町村)は?』でしたよね!?これ、出身地(市町村)だから、答えに市町村はいらないんじゃないですか!?」
「え……そ、それじゃあ、この場合は…『仙台』、と…」
スマートフォンの画面に『しばらくお待ち下さい』の文字が出て、待ち受け画面になる。
「うそ…!!」
「み…身分証明書になるものはありませんか!?運転免許証アプリとか…」
さすがにアユムまで興奮しだした。
「あった………」
起動してみると、明らかにカオリの顔写真が出てきて、『宮城県仙台市太白区…』という住所が書かれている。そして、氏名欄には、
『相川 香』
「あいかわ…かおり…それが…あたしの名前!?………ぐっ…!?」
その場に跪き、苦しそうに荒い息をするカオリ…相川カオリであった。
※ ※ ※
仙台市青葉区、地下鉄南北線、北四番丁駅入口…
「カオリさん大丈夫ですか!?ここで休ませてもらいましょう…」
「ううう…」
スクーターを停め、歩道だった場所に座り込む二人。
「失礼します。スマートフォンを見ますね…何だこりゃ!?」
他に何か、手がかりになるものでもあればと思ったが、メールもメッセージも、個人的な送受信と思われる物は何も残っていなかった…フォトも、誤作動で撮ったと思われる例の北海道新幹線のチケットだけ…
「住所は太白区…八木山か…市街地を挟んだ反対側だな…休んだら行ってみますか!?」
しかしカオリは、頭を押さえたまま、
「いい。そこには、誰もいない…」
「カオリさん…」
あなた記憶が戻って…
「おーい…お前らも故障…じゃないよな…」
向こうから声がする。北の方から大きなリュックを背負い、スクーターを押す男性が歩いて来た。
「スクーター、故障してるんですか!?」
アユムは男に駆け寄る。
「すみません、連れの体調がよくなく…て…」
アユムは男の顔を覗き込む。
「そうか、それはお困りだろう…な…」
男もアユムの顔を覗き込む。
お互いに見覚えのある顔だった。
「ゆ…ユウタか!?」
「お前…アユムかぁ!?」
北海道からはるばる数百キロを旅し、仙台にたどり着いたアユムは、ついに、
仙台の高校で出来た親友、黒部ユウタと再会を果たした。




