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8ー8 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば

1時間後…


ホワイトドワーフは、荒野に立ちすくんでいた。


普段、後ろに向けていた本来の脚で地面に立って、足に見立てた2組目の腕を前に突き出した不格好な姿で…


全身に残ったエネルギーをジェネレータに集め、回生させる…


いつからこうしていたのだろう…


いつまでこうしているのだろう…


壊し、殺せという、いつ、誰から、何の目的で下されたかも分からない命令(コマンド)に、ただ動かされて…


レーダーに着く動くモノ全てを、屠って来た…


そうする事が、***のためだ…


誰のために戦っていたのかも、最早希薄になってしまった…


疲れた………


ふと、レドームの頭をもたげてみる。


今夜はこの星の衛星が出ている。この惑星には不釣り合いな、大きな衛星…


自分は大きな衛星の無い惑星を知っていたのだろうか…


そもそも、


自分はあの月より、更に向こうの星の海から来たのだったか…


不意に、月に影が差す。雲か…!?


いや、


月にかかった影は、尻尾の生えた人型…


昼間倒したはずの、蒼いアレッツ………


     ※     ※     ※


1時間前…


「………それだ!ご飯だ………」

ホワイトドワーフに再戦すると言い出すかと思ったら、いきなり変なことを言い出したアユムに、カオリは、

「あんたまで何言い出すのよ!!」

だがアユムの顔つきはさっきまでとは打って変わって冷静だった。


「ご飯…エネルギーですよ、カオリさん、ソラさん…ずっと疑問だったんです。あいつはどうして、さっきの戦いで、長射程パーティクルキャノンを一度も撃ってこなかったのかって…こっちの射程外からあれを撃たれたら僕たちは終わりでした。あいつだってそれが分かっていたはずです。なのに撃ってこなかった。それで思ったんです…」

アユムは一つ一つ指を折りながら、

「長射程パーティクルキャノンの他、全身にキャノンを積んで、空を飛んで、おまけに腕を2組持っててブレードまで…それだけの武装を使用するにはものすごいエネルギーを要するはずだって。」


「アユムクン…つまり、どういう事!?」


「あいつのエネルギーは尽きかけている。現にさっきの戦いで、長射程パーティクルキャノンは使わず、全身一斉発射も最初の一度だけ。その後はまるでエネルギーを出し惜しむような戦い方をして、最後の僕を吹き飛ばした一撃は、パーティクルブレードの刃を消した物で叩きつけてました。」


「ふむ…言われてみればそうネ…」

ソラまでアユムに同調する。


「で…でも、相手はホワイトドワーフよ!?」


白色矮星(ホワイトドワーフ)アレッツです。少なくとも、かつてはそうだった物のはずです。だから、出力や容量がものすごく大きいだけで、理屈はアレッツと同じはずです。戦闘でエネルギーを使い果たしたアレッツは、ブリスターバッグの中で休息させなければならない。今のあいつも、それと同じ状況になっているはずです。」


「…叩くなら今、トイウコト!?」

ソラは顎に指を置いてしばし考えた後、

「………試してみる価値はありそうネ…」


「あとは…」

アユムとソラは、カオリを見つめる。


「………」

ヒートアップするアユムとソラを後目に、後ろめたそうに目を背けるカオリ。だったが…


「…分かったわ。可能性があるというなら、あたしもやる。毒を食らわば皿までよ!」

カオリさんは気丈な人だ。


「そうと決まれば急いでアレッツを修理しましょう。」


「分かったワ。」


「僕のアレッツは…あ、ブリスターバッグ、ここにあった。」


     ※     ※     ※


1時間がかりでの応急修理をして、アユム機とソラ機は再び空にいた。


アユム機の右脚はジェネレータから伸びるケーブルを優先して修理し、膝下を構造材で太ももに直接接合させ、修理中だった左腕も同じく構造材で補強。従って右膝と左肘は曲がらない。ソラ機も両腕をアユム機の腰に直接結合させた。そして…


アユム機の右腕に持たされているのは、長短2振りのアンブレラウェポンを縦に接合させた、急造の長射程パーティクルキャノン。


 『アユム機リペアード−ソラ機リペアード合体形態』


一度だけ飛べれば、一発だけ撃てればそれで良い、急ごしらえ。


満身創痍のそれが、今、月を背景に夜空にあり、


地上のホワイトドワーフに、右腕の銃を向けていた。


ホワイトドワーフは、命令に従い、今すぐ頭上の標的を排除しようとしたが………


…もう、力が残っていなかった。


指一つ動かせない中、天を仰ぐホワイトドワーフのレドーム型の頭が、ガクガクと震えている様に見えた…


アユム機のグリーンとゴールドのカメラアイが、ギン!と輝く。



「僕たちはこの先へ行く。邪魔をするな。


虐げられし者の恨み、思い知れ!!」



タァァァーーーーーン!!



頭部と胸部を吹き飛ばされて、機能を停止させるホワイトドワーフ。


『彼』の、地球時間で1年越しの任務(コマンド)は、終わった。


頭部レドームが砕けざまに、割れ目から金色の光が見えた気がした。



ボン!


アユム機の右腕のアンブレラウェポン二振りを連結していた構造材が、発射の衝撃に耐えられず砕けた。


「今度こそちゃんと修理しないとな…」


     ※     ※     ※


「ミッション・コンプリートヨ!お疲れサマ、アユムクン、カオリチャン!!」


いつの間にか夜は明け、登る朝日の中、満面の笑みを浮かべたソラは言った。


「ソラさんもお疲れ様でした。これで僕たちも仙台へ帰れます。」


それだけではない。岩手県南部と宮城県北部との途絶えていた往来が可能となったのだ。徐々にその事が伝われば、この近辺の復興は一層進むだろう。


「ワタシもこの先に用があるカラ、これで失礼するワネ。」


ソラはアユム機の腰と接続していた構造材を再び無理やり剥がしたため、無惨な姿になった自機に乗り込もうとする。


「ソラさん…」


アユムの呼びかけにソラは足を止め、


「何カシラ?」


「その…僕のアレッツは、宇宙船の中で手に入れた…プロトアレッツの時から、左右のカメラアイの色が違っていたんです。…何か知ってる事は無いですか!?」


「………何故その事をワタシに聞くのカシラ?」

ソラの口調は、ひどく冷ややかな物となっていた。


「………その…それだけじゃないんです。僕のアレッツは、勝手に動いた事が何度かあるんです。」


「…津軽海峡で救難信号を出したリ!?」


「盛岡ではコクピットの僕を勝手に外に出しました。」


「それは初耳ネ。そして昨日は、ホワイトドワーフのパーティクルブレードからアナタを庇って勝手に左手が動いた!?」


「………何か、知りませんか!?」



「さあ…デモ、他にない物だったら、得難き出会いという事じゃないカシラ!?せいぜい大事に乗るノネ。」


ソラは、自機に乗り込み、南へ去っていった。


「あの人、方角が同じなら一緒に行ってもよかったのに…」


     ※     ※     ※


「カオリさん…」

「ん!?」

アユムはカオリに向き直り、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい。無茶なことをして…」


だがカオリは微かに微笑み、



「あんたがやれば出来る子だって、分かってたよ。」



アユムの胸を、手の甲でコツンと叩く。


「…もう…子供扱いしないでくださいよ…」

むくれるアユムに、カオリは、


「子供でしょう〜〜〜!?多分、あんたの方があたしよりずっと年下よ。」


それからカオリは、ポケットからスクーターの鍵を取り出し、『香車』のキーホルダーを自分の目の前でちらつかせて見せ、



「行こう、アユム。宮城県へ…仙台へ!」


「カオリさん…はい!!」


アユムも自身の『歩兵』のキーホルダーを握りしめる。



それから2人はスクーターにまたがり、ソラが去った南を目指した。


走ることしばし…地平線に何かが見えた。


「アユム!あ、あれ!!」

後ろを走るカオリから声が上がった。


「ええ…もしかしてあのホワイトドワーフ、これを守っていたのか…!?」


ホワイトドワーフ戦の最中にも、何度か南の地平線に見えた物体…


墜落した宇宙船の残骸だった。


キっ! 後ろからブレーキ音がして、カオリのスクーターが停まり、アユムもスクーターを停める。


「どうしたんですか!?カオリさん!?」


カオリは真面目な顔で、

「アユム…あんた、ソラさんに最後に変な事言ってたわよね…」


「ええ…」

アユムもカオリの隣に立って、宇宙船の残骸を見つめる。


「アユム…あんた、何を知ってるの!?」


しばしの沈黙の後、アユムは、



「宇宙人は、人……人型ロボット兵器を作った存在は、僕らと同じ姿をしてます。」



悲鳴に近い声で、カオリは叫んだ。



「私達…何に巻き込まれたの!?」


     ※     ※     ※


同時刻…


墜落した宇宙船のハッチの側の端末に、ソラは自分のブリスターバッグを接続させていた。


アレッツのパイロット強制排出用である『マスターキー』をはじめとして、彼のブリスターバッグには、怪しげなアプリがいくつも入っている。


「『お腹空いてない?』で『エネルギー切れ』、か…我ながら見え透いてたカシラ!?」


お陰でアユムから怪しまれてしまった。


「デモ……アユムクンには感謝しなきゃネ。こっちの仕事もはかどるワ…」

遠くからカオリの叫び声が聞こえた気がするが気のせいだろう。やがて開いたハッチから、ソラは宇宙船の中に入って行った。

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