8-1 天の15光年 地上の600km
あれから…
エイジ隊は逃げたダイダを追いかけて行き、ソラも『先に現地へ行ってる』と言って去り、アユムとカオリは再び2人で旅を続けた。
奥羽山脈を越えて、再び北上盆地を南に…
夜…
アユムは南に足を向けて、寝転がって夜空を見上げていた。
眼前には、下に尖った二等辺三角形を描く、3つの明るい星。
天頂付近の左上の星が、はくちょう座のデネブ、
やや下って右上の星が、こと座のベガ、
そして、更に下って下の星が、わし座のアルタイル。
夏の大三角。もっとも、9月も半ばを過ぎてしまったので、かなり西に傾いているが…
そして、その背後には、薄ぼんやりとした光の帯が、南の地平線から天頂を通って続いている。
天の川である。
はくちょう座とわし座は、いずれもギリシャ神話の主神ゼウスが化身した姿、こと座はオルフェウス愛用の琴だとされている。が、こと座のベガとわし座のアルタイルは、東アジアでは別の名前の方が親しみ深い。
織姫と彦星。
各々機織りと牛飼いの夫婦だったが、仲が良すぎて仕事を疎かにする様になったため、神の怒りを買って天の川の両岸に離れ離れにされてしまった。今度は悲しんで仕事が手につかなくなったため、1年に1度、七夕の夜にだけ会うことを許されたという。
天の川の両側に輝く2つの星を見て、昔の人は川の両岸の恋人に見立てたのか…
まぁ実際には、「近くに見える星」は、「地球から見て同じ方向にある星」であり、織姫…ベガと彦星…アルタイルは、15光年近く離れているらしい。どんな方法を使っても、一晩で彦星が織姫に会いに行く事は出来ないのだが…
「15光年か…」
何気なくアユムは、スマートフォンの地図アプリを起動させ、
この旅を始めた旭川と、仙台との距離を測ってみる。
「直線距離で600kmか…」
実際の道のりはもっとあるのだろうが…
「長かったな…結構…」
織姫と彦星の距離とは比ぶべくもないが、それでも…
僕は、ここまで来た。
「アユムーーーっ!!」
向こうでカオリが呼ぶ。
「明日も早いんでしょう!?もう休みましょう。」
「あーそれなんですけど、カオリさん…」
アユムは『ブリスターバッグ』を取り出し、
「ちょっと、見てもらいたいものがあるんですけど…」
※ ※ ※
夜の山中に出現したアユム機の左手には、長銃身のリボルバーの様な武器。周囲には誰もいない。
『特殊兵装』というそのまんまの名前で呼ばれているそれは、攻撃以外の目的のための特殊弾を射出するための武器…というより、装備である。
主に使用しているのは、スタン弾。撃たれたアレッツの動きを短時間であるが封じる事が出来る物である。1対多の戦闘が基本で、しかも相手を殺したくないアユムは、相手の動きを封じるために多様していた。他にもアレッツのレーダーを封じるスモーク弾もある。そして…
アユム機は左手を上方へ掲げると、特殊兵装から弾を一発射出した。
タァァァァン………!!
ライフリングによって旋回しながら上昇したそれは、天高くでプロペラを展開し、下方から水を噴出、その勢いで自身を回転させてプロペラの揚力を得、滞空しながら水を噴霧し続けた。
「消火用の散水弾だよ。」
コクピットの中でアユム機が言った。戦闘で広範囲の火事が発生した時、これを消すための特殊兵装だ。
「あんたってこういう所、やる事が細かいわよね…」
後部座席のカオリが言った。
中に入っていて散布されるのは、純度99.99%の水。名水として売られていてもおかしくない程、飲めば美味だ。
「でも…弾の表面に書かれている『DHMO』って何!?」
「まぁ…それは、色々と…」
たった1人を生け贄に、残り全員の安寧を得ようとした連中である。生け贄に捧げたたった1人の呪いで滅ぼされても文句は言うまい。
「でもアレッツって、身長7mくらいでしょう!?特殊兵装の弾も、大きめのペットボトルくらいしか無いんじゃない!?あれに入る程度の量の水で、広範囲の火事が消せるの!?」
「あー、それはともかく…」
アユムとカオリはアレッツのコクピットから出る。
「両肩にも着いている散水機なんですが…」
「ああ…弘前城でも盛岡城でも、火消しに使った…」
「あれの、水温を調整出来る様にしました。」
「それって…」
「シャワーが使えますよ。」
「それは助かるわ!!さすがに体が痒くて…」
表情がぱぁっと明るくなるカオリ。
「でも身長7mのロボットのどこに、そんな大量の水を…」
「…シャワーいらないんですかカオリさん!?」
「…分かった。もう言わない…でも…」
カオリはアユムをにらみ、
「…あんたがいるんでしょう!?」
「ぼ…僕は向こうに行ってます。終わるまでこっち来ません!!」
「………あんた前科あるじゃない…」
「あれは事故ですってばーーーーー!!」
睨みつけることしばし…
「まぁいいわ…またやったら、そこで旅は終わりだからね!」
「は…はい!!それじゃあ、テントに入ってます!!」
側には寝るためのテントが2つ。その一方に入って、カオリのシャワーが終わるまで出なければいいだろう。
「織姫と彦星と言うより、僕らはダイアナとアクタイオンだな…」
月の女神ダイアナの沐浴を、事故とは言え見てしまった狩人アクタイオンは、ダイアナの怒りを買って鹿に姿を変えられ、自身が連れていた猟犬に食い殺されてしまったと言う。ギリシャ神話由来でも特定の星座にまつわる話ではないので、本作で取り上げにくかったのだがそれはともかく、
月の女神でなくとも、女にとって好きでも嫌いでもない男に裸を見られるのは、殺されても文句の言えない恥辱なのだろう。ましてやあの女神様は物理で男を殺しかねない。
※ ※ ※
アユム機の左肩の散水機がこっちを向いており、コクピットからケーブルで繋がれたリモコンが伸びている。これを操作すれば水量も水温も調整可能だ。
「まぁ、あの子にわざと覗きに来る度胸があるとは思えないけど…」
言いながらカオリはシャツの裾に手をかけ、めくり上げようとして…
ふと、手が止まり、
アユム機のアレッツの顔と目が合う…
「………」
カオリはめくり上げた裾を元に戻し、
テントの中のアユムの元へ行く。
カオリから話を聞かされたアユムは、「えーーー…!?」と、迷惑そうな声を上げたが、カオリが懇願するかのような目で見つめて来たため…
「分かりました…」
5分後…
アユム機は首から上だけ右を向かされ、大きな布でカメラアイに目隠しされ、おまけに開いた右手で目隠しの上から覆わされていた。
「まぁ…いいでしょ。」
アユム機は迷惑そうな顔をしている様な気がした。
程なくして聞こえてきた水音とカオリの鼻歌を頭から追い払うかの様に、テントの中でバグダッド電池の拡張生成項の第一係数と第二係数を暗証するアユムであった…




