6ー8 足跡に咲いた花
その時、
ウィィィィィィィ………「アユムぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜!!!!!」
村から爆走する1台のスクーター。乗っているのはノーヘルのカオリだ。
エイジ機の横をすり抜け、エイミングウィンドウの中に割って入り、アユム機に近づいて行く。
「なんだあの女は!?死にたいのか!?」
「…っ!! カオリさん…!?」
アユム機は歩みを止め、カオリのスクーターが近づくと、呆然となったアユムがコクピットから出て来る。
カオリはスクーターを横倒しに止めると、アユムにツカツカと歩み寄り、彼の胸ぐらを掴み、
パシン!! 頬に平手打ちする。
「あ………」
刺す様な頬の痛みに放心状態のアユム。
「命令だ、アユム………もう二度と、こんな事すんな!!」
カオリは泣きながら怒っていた。
「あとお前…いつまでいじめられっ子でいるつもりだ!?」
「……………っ!!」
ここへ来てようやく、自分が何をやったか理解したアユム。
「は…い。ごめん…なさい…カオリさん…」
力が抜けてその場にへたり込むアユム。
ほら立て、と、カオリはアユムの腕を引っ張る。
「あんたがあたしの故郷の街を探してくれると言うなら、
あたしがあんたを仙台まで連れてってやる!!」
その光景を何とも言えない心境で眺めていたエイジだったが…
ワ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ っ!!
一部始終を見ていた村人たちから湧き上がる歓声。
「皆さん…」「みんな…」
「修理屋さーーーーん!!」「渡会くーーーーーん!!」
アユムに修理を依頼した人も、そうでない人も、2人が街で出会った大勢の人々が、2人に声援を送っていた。
「頑張れよーーー!!」「道中気をつけろよーーーーー!!」「何があっても負けるなよーーーーー!!」「俺達も負けねぇからなーーーーー!!」
さっきアユムがアレッツのコクピットの中で漏らした不安は、村人たち全員の…いや、この地球上に生き残った…生き残ってしまった者たち全員の不安でもあった。
「今度来る時までに街を今まで以上に復興させてやるからなーーーーー!!」
巷がどんなに荒んでいても、明日の朝には日は昇り、墓穴に入れない以上、僕らは荒んだ巷を歩いていかなければならないのだ。
「忘れるなよーーー!!!私達は君達を、遠くの空から見守ってるからなーーー!!!」
カオリに促されてようやく立ち上がり、並んで立ったアユム。
「みなさん…ありがとうございます。この様な形で出ていく事をお許し下さい。皆様もどうか、お元気で!!」
アユムはアレッツをブリスターバッグに収納し、代わりにスクーターを出す。カオリも倒していたスクーターを起こし、2台は西へと走り去っていく。
「か…勘違いするなよ!!」
2人の後ろ姿に、我に返ったエイジは叫んだ。
「私はお前の事を、認めた訳でも許した訳でも無いからな!!君には一刻も早く、そのアレッツを手放す事を強く推奨する!!でないと君は、命より大事な物を失う事になるぞ!!
君は、弱すぎる!!」
※ ※ ※
アユムとカオリが去った後、復興村の村長はエイジに言った。
「なああんた等…色々物資をくれて申し訳ないが…あんた等もこの村を出て行ってくれないか!?
大体あんたら、何の権限があって、わしらにあんな事したんだね!?」
村人たちの理解が得られない以上仕方がない。エイジ隊は出ていくしか無かった。村人たちに迷惑をかけもしたし…
天幕の撤去を急ぐエイジ達。
「許さんぞ…あのガキ共!!人殺しのくせして私達を悪者扱いして…」
「あのータイチョー…ちょっといいっスか!?」
「なんだねシノブ君!?」
「そもそもタイチョーがあのショーネンに拘った理由…旧青森市街地の三角ピラミッドビルに巣食っていた野盗の殺害容疑なんスけど…」
「ああ…あんなにひどい惨殺死体は初めて見た。そして、あの子が青森に現れてから、あの事件は起きた。」
「疑わしいのは確かっスけど、アレッツに付属していた科学捜査アプリとやらを信じるなら、野盗どもの死因は素手で殴られた事による撲殺。しかも拳を振り下ろした角度から計算すると、犯人の身長は最低でも180cmだそうっス…」
アユムもカオリも身長が足りない。アユムは素手で人を殴り殺せる腕力が無いし、カオリは武道経験者の様だが、強いと言っても女のそれだろう。あれをやったのがあの2人じゃないのは間違いない。
そもそも蒼いアレッツが関与していると思しき他の案件…津軽半島と、弘前城、そしてこの街の城の野盗退治では、彼等は一切人を殺していない。特殊兵装のスタン弾まで用意して、極力コクピットへの直撃を避けいた。弘前城では桜を燃やすまいと水まで撒いて、周囲への物的被害を最小限に食い止めようとしていた。こうやって見ると青森の野盗虐殺だけが異質だ。
考え込んだエイジに、シノブは「あ、そうだ」と言って、
「さっき村長さんが、ショーネン達がタイチョーにって残していった物があるって渡してくれたんスよ。」
はいこれ、と差し出したのは、目覚まし時計。エイジがアユムと会話する口実に、そこいらに落ちてたのを拾って、修理する様に依頼したのだ。
バグダッド電池を初めとする全機構が修理された上、SWDでも大鷹鳥谷山の電波塔は動き続けていたため、充電を終えた目覚まし時計は完全に正確な時刻を刻んでいた。
目覚まし時計を受け取りながら、エイジは思い出していた。アユムの胸ぐらを掴んだ時、彼がエイジの手首を掴み返した、その時触れたアユムの掌…
「…あの少年の手は、ものづくりをする者の手だった………」
※ ※ ※
その夜、奥羽山脈の峠で野宿する事にした2人…
「カオリさん…今朝はすみませんでした…」
カオリを半ば見捨てる様な事をした上に自殺行為に等しい事までして、正論を垂れるエイジをいじめ呼ばわりまでした。
「いいよ…誰だって不安になる時はある。」
あんな事があってさすがに気まずい2人、そこへ…
「…メールが来ている…」
アユムはスマートフォンを取り出すと、たしかにそこには2通のメールが届いていた。
1通は北海道のおばさん。『お元気ですか、旅の安全をお祈りします』という内容の物。
「おばさん…でもどうして!?ここはもう本州…」
「僕が…インターネットの中継機を直して来たから…立ち寄った場所…あちこちで…それらが全部、繋がって…」
もう1通は…あの親子連れのアレッツ乗りの父親の方。おばさんのいる村に子供共々受け入れてもらい、平穏に暮らしているとの事。『今までして来た事が許されるとは思っていないが、息子を守って懸命に生きていくつもりだ。君にはいくら感謝しても足りないくらいだ。』と締められていた。
「あ………あああああ…」
アユムの涙がボタボタとメガネに落ち、頬を伝って流れた…
「無駄じゃなかったんだよ、アユム。あんたが今まで歩いてきた道のりは…」




