6ー7 どうぞ僕を 撃って下さい
明日、ここを発つ。などと思っていた僕が甘かった。
翌朝、開拓村はエイジ隊のグリーン迷彩アレッツ達に取り囲まれていた。
村人たちは村から出ることを禁じられ、無理やり外へ出ようとする者は、アレッツに行く手を阻まれた。
「村民たちに告ぐ!!この村に、あの蒼いアレッツのパイロットがいる。その者は名乗り出て、今この場で、自身のアレッツを破棄せよ!!それまで村人は誰一人、村から出る事を許さん!!」
隊長機のエイジがそう告げた。
「あの蒼いアレッツの事は知らん。」
村長はそう言ったが、
「嘘をつくな!!さっさとパイロットを差し出せ!!」
「何なんだ、あの人達は…」「いい人たちだと思ったのに…」「あれじゃあ野盗どもと変わらないじゃない…」
「あ”ぁ”!?何か言ったか!?」
隊員機がギン!と、陰口を叩く村人を睨むようにカメラアイを光らせ、
「「「ヒっ!!」」」
村人たちから悲鳴が上がる。
(これでいい…SWD後の壊れた世界に秩序と安定を…そのためには誰かが危険人物を消去しなければならない。たとえ私に、その力も権限も無くても…この事が元で善良な市民たちの間でアレッツを忌避する風潮が強まれば、自衛のためと称してアレッツを所持している者たちも所持し続けづらくなる。彼らだっていつか分かってくれる、私は正しかったと。だから今は私を憎んでくれていい…)
「あ~あ…タイチョー、変なスイッチ入っちゃった…でもタイチョー、それで本当にいいんスか!?」
オペレータのシノブがエイジ機と周囲の村人を交互に見つめて呆れていた。
「なああんた、あんたから隊長さんにこんな事は止めてくれって言ってくれないか!?」
何人かの村人がシノブに詰め寄ったが、
「あー…ごめんなさい…ああなると止められないっス…」
「さぁー出て来い、蒼いアレッツ乗り!!」
出てきたまえ、渡会君!
これは、君のためなんだよ!!
君には…生け贄になってもらう!!
(タイチョー、あんたそれじゃあ…)
ザ っ … !!
不意に、彼は現れた。
メガネをかけてツナギを着た、中学生と言っても通る小柄で童顔な少年…
「修理屋さん…」「渡会君…」
村人たちが動向を見守る中、彼は無言でザっ、ザっ…と、エイジ機に近づいて行き、
「………っ!!」
ブリスターバッグを目の前に掲げ、蒼い巨人を出す。
(ほう…力ずくで押し通ろうというのか…やはり度し難いな…この間の城での戦闘では、剣筋が妙だったので要注意だ…)「ん!?」
アユムの蒼いアレッツは、武器も盾も佩いていない丸腰だった。
「あの城を開放した蒼いアレッツ!!」「あの修理屋の子供がパイロットだったなんて!!」
村人たちも騒ぎ出す。
アユムは自機のコクピットに消えると、蒼いアレッツは一歩、一歩とエイジ機の側を通り過ぎ、村の外へと出ていった。
「…っ!!な、何の真似だね!?」
それからエイジ機は「貸せっ!」と叫んで、側に立っていた部下機からロングバレルのパーティクルキャノンを奪うと、それをアユム機の腹部…コクピットに狙いを着ける。
「止まり給え!!アレッツから降りて、それを放棄したまえ!!でないと撃つぞ!!」
「ヒィっ!!」「キャアっ!!」
村人たちからも悲鳴が上がる。
「…最上さん…あなた、ほうぼうのアレッツ乗りに、アレッツを手放す様に説いて回ってたと仰ってましたが…」
蒼いアレッツからアユムの声がした。
「……他の人達にも、ここまで強硬手段に訴えたんですか!?」
しばしの沈黙の後、エイジは、
「ここまでの事をやったのは、今が初めてだ。しかしそれは、君なら言うことを聞いてくれそうだと思ったから…」
「それって僕が気弱でひ弱だから、強く出れば屈すると思ったって事ですよね!?」
「………っ!!」
図星だった。
「僕はこんな見た目でこんな性格だったから、今までずっといじめられて来たんです。僕が心も身体も弱かったから!!最上さん、
あなたも、あいつらと同じですか!?」
「何を言ってるんだ君は!!」
大声を張り上げ合うアユムとエイジ。その間もアユム機は一歩一歩と村から離れていき、エイジ機はパーティクルキャノンをアユム機のコクピットを狙ったままだった。
「最上さん、あなたはいい人だ。SWDで困ってる人を助け、野盗を退治して、物資を配給して…あなたはいい人だ。だから僕はあなたを攻撃しません。」
「だったら…」
「…でも、僕からアレッツを奪うのがあなたの正義なら、どうぞ、僕を撃って下さい!!」
「「「!!!」」」
エイジ隊も村人たちも凍りついた。
「僕を撃ってもいいですから、カオリさんの話を聞いてあげて、他の何を差し置いても、カオリさんの目的を叶えてあげて下さい。」
「無茶を言うな!!そもそも私は、一般人の武装を非難しているのであって…」
「ここでアレッツを手放したら、僕は旅を続けられません。北海道に帰る事も出来ません。この村にも僕らを養う余裕は多分ありません。あなたの言ってる事の方が無茶苦茶です。それに結局、あなたも弱い者いじめである事に変わりありませんよね!?」
「問題をすり替えるな!!私は子供のいじめの問題を議論しているのでは無い!!」
「どうぞ僕を撃って下さい!!大の虫を生かすために小の虫を殺すのがあなたの言う『秩序と安定』なんだったら。その他大勢の安寧のために、たった一人の弱者、異端者、余所者を生け贄に捧げるのが社会だと言うのなら。そしてあなたも、『あいつら』の仲間入りをして下さい!!僕をいじめてきた、何百人もの同級生達の!!」
「君は歪んでるぞ、渡会君!!」
「うるさぁい!!僕にとってはエイジ隊もいじめっ子のダイダも同じだ!!」
「ちょっと待て!ダイダって誰だ!?」
「僕は『みんな』から生け贄に捧げられた『たった一人』なんです!」
(生け贄…)
「虐げられし者の想い、解って下さい!!」
アユムは気弱でひ弱な人間。そんな人間ほど、追い詰められたらとんでもない蛮勇に出る事を、エイジは思い知らされた。
「大体、強い者が一方的に弱い者をいたぶる醜さ、いたぶられる側の痛み、理不尽さは、今、この地上に生き残っている全ての地球人が、身にしみて実感しているはずですよ。なのにあなた達は、いつまで、弱い者いじめを止めないんですか!?」
「だから待ちたまえ!!…君こそ、一体いつまでこんな危険な事を続けるつもりなんだね!?」
「いつまで…」
アユムは一呼吸置いて、
「…知ってたら教えて下さい。いつまで、こんな事をしなきゃならないんでしょうね…」
「あぁ…!?」
エイジは急に弱々しくなったアユムの口調に戸惑った。コクピットのスクリーンの、エイミングウィンドウ内のアユム機は、段々と小さくなっていっていた。
「僕は1年前まで高校生で、村の皆さんも普通の社会人で…野盗たちだって、多くは元は善良な人だったかもしれないんですよ…なのにあの夜、宇宙人が攻めて来て地球はボロボロになって人が大勢死んで、僕はお父さんとお母さんを失って北海道から帰れなくなって、善良だった人達は野盗に堕ちて…」
「渡会君…」
「僕はアレッツに乗って修理屋をやって、村の皆さんは慣れない農作業をやって…最初は『僕は何で旅の修理屋をやってるんだろう』と思ってましたが、最近では『僕は何で街で学生をしてたんだろう』って思うようになってしまってたんです…あちこちの村のジャンクを拾って修理して…今はなんとかやって行けているけど、世界中のジャンクが無くなっても工場が動かなかったら、僕は…僕らはどうすればいいんでしょうね…」
もし、血の涙というものが本当に流せるのであれば、アユムは今、血の涙を流していただろう。これは旅の最中にずっと、自問自答してきた事だった。
「教えて下さいよ、最上さん!!僕らは一体、いつまでこんな事をしなければならないんですか!?
この辛く厳しい日々の先に、いつか1年前の日常を取り戻せるんですか!?ねぇ!!」
「修理屋さん…」「渡会君…」
それは、村の人々も、エイジ隊の隊員も、ずっと自問自答してきた事だった。鍬持つ手に豆を作る日々は、所属していた組織も崩壊し、自身の補給もおぼつかない中で各地の市民を守る日々は、いつか本当に明けるのか、いつ明けるのか…
「最上さん…あなたも僕に、『お前にこの旅は無理だ』と言いますか!?だったら今すぐ、その銃で僕を撃って下さい。あなたが僕の旅を終わらせて下さい。さあ、早く!!」
コクピットの中で、操縦桿を握るエイジの右手が振るえていた。
(何をしている!?撃て!!撃つんだ!!あいつはただのテロリストだ!!犯罪者の戯言に耳を貸すな!!撃て!!でないと今度こそ、私は公僕たる資格を失うぞ!!)
だが、『SWDで混乱した日本に再び秩序と安定を。』自分の歩む先に本当にそれはあるのか、それはいつ来るのか、それこそエイジ自身がずっと知りたかった事だった。
エイミングウィンドウ内には射程限界を示す警告が明滅しだした…




