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インターミッション2 北の城下町の とある春の夜

夢を、見ていた…


西暦2051年、5月、アユム高1の春…


一泊二日の宿泊学習で訪れた弘前の街…


「しっかしうちの学校も間が抜けてるよなぁ。こんな時期にやるなんて…」

黒部ユウタがそう言うと、


「弘前城は桜の名所みたいだからなぁ…私も桜、見てみたかったなぁ…」

小田カナコがそう答えた。


「カナ何で女みたいな事言ってんだ!?」


「私は女だ!!ぶっ飛ばすぞ!!」


「ははは…桜の名所だからこそ、時期を外したんだと思うよ。ただでさえ大勢の人でごった返すのに、僕らがやって来たら大変な事になるよ。」


アユムの言葉にユウタも、


「ま、それもそっか…」


宿泊学習の宿の廊下で、窓から夜空を眺めるクラス一堂…


1ヶ月前のいじめ疑惑以降、1年B組の結束は固まった気がする。


男子はユウタを中心にまとまり、ユウタはお調子者なムードメーカー兼トラブルメーカーとしてクラスに認知され、皆から慕われていた。まぁ、彼女は出来ていなかったが、その点については、暗黙の了解で紳士協定、淑女協定が出来ている様だった…そして迎えた宿泊学習である。


「桜もきれいだろうが、今夜の星もきれいだぜ…ほら、ごらんよ、あれがオリオン座…」


唐突にユウタはイケボを作って、大きな窓から見える星々を指差す。


「…あれは北斗七星。オリオンは冬の星座で、そもそも北の空には見えないよ。」

アユムの冷静なツッコミ。


「…知ってたよ!」

多分知らなかったな。


「本当にひしゃくの形してんだな…」

カナコが言った。


「あれがおおぐま座の北斗七星で、その下に見える小さなひしゃく型がこぐま座。」


「それなら知ってる!額にあたるあの星が北極星だろ!」


「それは1500年前の北極星だよ。今の北極星はしっぽの先。あの童謡は一般的な星座の見立てと違う所が多いの。」


「アユム詳しいんだな。ユータ、お前、どうせしばらくここ動けないんだから、北極星が本当にずっと動かないのか、見張ってたらどうだ!?」


「ひでぇ!!」


「それでそれで!?渡会君、他にどんな星座があるの!?」

クラスメートの女子の言葉に、アユムは、


「春の大曲線」って言って、おおぐま座のしっぽを伸ばして行くと、うしかい座のアルクトゥルスと、おとめ座のスピカにたどり着く…んだけど…」


「見えねぇな…」


ホテルの廊下の窓は、そんなに大きくない。四角く切り取られた夜空には、天頂から南天まで延びる春の大曲線は入り切らない。



「渡会君は詳しいですね…」


そう言ってやって来たのは、


「富士野先生!?」


アユム達の担任、富士野先生。温厚な初老の男性教師だが、教育熱心で躾には厳しい。


「しかし皆さん、クラスで仲が良いのは結構ですが…罰を受けている生徒と話しをするのはいただけませんね…」


ユウタだけは廊下に正座していた。いや、正座させられていた。


「先生〜、今の御時世、廊下に正座は体罰にならないんですか〜!?い、いい加減、足の感覚が…」


「今の御時世に宿泊学習のホテルで枕投げをやろうとした君が言いますか、黒部君!?」


…富士野先生は躾に厳しい人だ…


夕食後、ユウタを始めとする有志の男子が『女子部屋へ遊びに行こう』と言い出し、いくつかある女子部屋からカナコがいる部屋を避けて男子部屋から近すぎず遠すぎない部屋を選んで忍んで行ったのだが…その部屋にカナコが待ち構えていた。『お前の行動パターンはお見通しだ』と言って…部屋の女子達から枕をぶつけられ、悲鳴を上げて退散しようとしたユウタ一行に、騒ぎを聞いて駆けつけた学年主任が、連帯責任としてクラス全員に廊下で正座を言い渡したが…ユウタは『俺一人が、ふざけて枕投げをしようとしました』と言い出し…


「ったく、『みんなの分も俺が一人でかぶります』って言った所までは格好良かったのにな〜」


「これじゃ罰にならないので黒部君、もう立っていいです。ただし宿泊学習から帰ったら、反省文を提出する事。」


「あ…ありがとうございま…あ”」

立ち上がろうとしてしびれた足に力が入らず、再び倒れ込むユウタ。


「それにしても渡会君、星座に詳しいですね。どこでその様な知識を!?」


「実物を見て…産まれ育った場所が、星のきれいな所でしたから…まぁ、それは東北も負けてませんけど…」


「どこだっけ…ヒっ!!」

しびれる足をカナコにツンツンされる度に悲鳴を上げるユウタ。


「北海道…」

アユムの声が曇る。元いた街では、図書室で星座の本を読んでただけで取り上げられ、数人でキャッチボールされた上で、タコ殴りにされて泣かされ、笑われてた…


「北海道でしたか…すみません。プライバシーの考え方が厳しくなって、担任教師にもそういう必要以上の情報は入ってこないんです…」


「変…ですよね!?こういうの…」

海の向こうに置いて来たはずの苦い記憶が蘇って、声も沈むアユム。だが…


「なんで!?」

そう言ったのはユウタだった。


「…え!?」


「だってすごいじゃん、お前!」

ようやく足のしびれが取れたユウタはニパっと笑った。


「そう……!?だって…元いた学校では、男らしくないとか、変だとか言って、物笑いの種だったから…」


(((あ………)))


1ヶ月前、パシリをさせられていたユウタをいじめだと言って非難したアユム。富士野先生も人づてにその時の事を聞いた。そして今の反応。アユムのクラスメート達と、富士野先生は理解した。アユムがかつて、北海道でどんな扱いを受けていたのか…


「それ…多分、小学生か中学生の頃だろ!?確かに小学生に星座の話しは退屈だろうなぁ」

「男らしくないって…私達の大半は女で、しかも格闘系の部活に入ってる子もいて、先輩方は並の男より強いけど、みんな星とか花とか、きれいな物も好きだぞ。」

「他人の趣味を笑う奴の方が野蛮よねぇ…」

「素敵だと思います。私の産まれた所は星なんて見えなかったから…」


「いいですか、皆さん…」


富士野先生は言葉を選んだ末に、こう言った。


「皆さんはじきに、子供ではいられなくなります。」


いじめられの時期は、いつか必ず終わります。


「その時あなた達は、どんな人間になりますか!?」


富士野先生の言葉は、皆の心に沁みた。


「どんな人間になりたいですか!?それをよく考えて下さい。いいですね!?渡会君、黒部君、…小田さん。」


「はい…」「は、はい!」「はい!」


富士野先生は察していた。『枕投げ』の真相が、カナコのユウタ迎撃によるものだと言う事を…そう言う意味で、カナコも大人げが無かった。


「さて…皆さん、これからまだ時間はありますか!?」


不意に、富士野先生は言った。



「夜間の外出は禁止ですが、ホテルの駐車場なら外出とは言わないでしょう。これも宿泊学習の一環です。みんなで見に行きましょう、『春の大曲線』を。ただし渡会君、あなたがみんなに教えてあげて下さい。」



「え………は、はい!!」



それから駐車場に出て、満天の星々を眺めるクラス一同。


「あの北斗七星の柄を、ぐるっと天頂を通って伸ばして…あの尖った五角形がうしかい座、南天に回って、先端の明るいのがアルクトゥルス、その先にあるのが、おとめ座のスピカ。」


『ぐるっ』の部分で首を大きく回し、『ゴキっ』という音を鳴らして「痛っ」と悲鳴を上げるユウタ。


「おとめ座の右の、反転したハテナ印みたいなのの周りが、しし座。明るいのがレグルス。ししのお尻にあたるのがデネボラ、デネボラとアルクトゥルスとスピカで、春の大三角。」


「ああいう星にも名前があるんだな…」


「うしかい座はおおぐま座の熊を追いかけてる様な感じで、うしかいの手から紐が伸びてて、おおぐまを追いかけるりょうけん座の猟犬を連れてて…」


時に 2051年5月


仙台第八高等学校 1年B組…そこがアユムに新たに手に入れた場所だった。


     ※     ※     ※


目が、覚めた。


寝袋の中から見える夜空は、夏の夜中な事もあり、秋の星座に変わっていた。あの日見た春の星座は、見えない。


(ユウタ、カナコ、先生、みんな…あの城を取り戻しましたよ…いつか、春の桜を見に行きたいですね…)


掲載時期に合わせて春の星座の紹介回を書いてみましたが、第5話が長すぎたので、これが載る頃には夏の星空になっているかもしれません。

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