5ー5 僕(あたし)はあの人(あの子)と 向かい合った
道を歩きながらカオリは思った。
(どうしよう…これからの事…あいつとの事…)
考えるだけでも憂鬱だ…
(よく考えたら…今更だけど…年頃の男女が、野宿の可能性もある二人旅って…その、倫理的にも、問題あるわよね…)
熱が出て来た…熱い…
(アユム…あの人は、話をしろって言ったけど…お風呂で鉢合わせた時、あの子…あたしのはだ…か、身体を、二度見したのよね…つまりあの子、あたしの事を…そういう目で…)
気づいたら世界は壊れていて、あたしには何も…自分が誰かという記憶すら無く、ただあったのは、この引き締まってる癖に妙に胸の大きい女の身体だけ。元いた村で食堂に来る男達がどんな目であたしを見てるのか、薄々気づいていた。男にとって女は、服の下に女の身体を持っている事そのものが業なのだろう。ましてやあの子はまだ高校生だ。
何を考えてるのだ、あたしは…
とにかくあの子の所へ行こう…
最初に見かけた、あの家だ…いた…
「アユム…」
「あ…カオリさん…」
家の前で、誰かと話をしてた様だ。
「ちょうどよかった。あのー、この人が、前に話してた人です…」
「ふむ…」
この家の家主だろうか…いやらしそうな顔をした中年男性だ…値踏みする様な目でカオリを見ている…
「よろしくお願いします…」
というアユムに、その男も、
「まぁ、任せてもらおう…」
と言い、カオリに、
「おい姉ちゃん…中に入って、上脱いで横になりな。」
「………っ!!」カオリの顔が赤くなり、
「アユムっ!!」「え!?」
左腕でアユムの首根っこをひっつかみ、右腕を振り上げ、
「見損なったぞ!!お前!!!」
この子…あたしを売ろうとした!!
「カオリさん!!止めて下さい!!!」
そして、カオリは、
「痛っ!!」
アユムを離し、左肘を右手で押さえた。断っておくが、アユムは何もしていない。
「痛たたたた…」
腕を抱えてその場に座り込むカオリ。
「やっぱり…カオリさん、あなた…左肘を怪我してますね!?」
「捻挫…だな!?」
男が言った。
「あんたが気にする事じゃない…あたしの身体の事は、あたしが一番よく分かってる…」
アユムはカオリの耳元に顔を近づけ、
(海賊の頭に肘鉄を食らわせた時ですよね!?硬いブリスターバッグで防がれ、痛めた…)
その後、動かなくなったアレッツを漕いで海を渡ろうとした時、カオリは右手でオールを漕いだ。左腕をかばっていたのだ。その後、左腕を海水に浸けていた。冷やしていたのだ。それからも、左腕をかばっていた動作があちこちに見られた。スクーターで並走した時も、停車するアユムにカオリは何度も行き過ぎた。左ハンドルのブレーキレバーを握る力が弱くなっていたのだ。
「だから何だって言うの…!?あたしはあんたの足手まといなんかになりたくない!!最悪、あたしは置いて行って構わない!!」
「(やっぱりこの人、僕に気遣って…)とにかく中に入って下さい…」
そう言えば、ここは何なんだろう…
言われるままに入ってみると…広い部屋に並んでいたのは、狭いベッドがいくつかと、壁一面に機械…何に使うのかは分からないが、見覚えがある…
「電気治療に、赤外線…ここ……接骨院!?」
「ま、ワシ自身は形成外科医だから、レントゲンも撮れるがな…」
よく見たらこの男、白衣を着ている。医者だったのか…
「その子に感謝しな。その子、ワシの前で土下座して、『ここの電気系統をバグダッド電池も含めて全部修理するから、カオリさんを治して欲しい』って…」
「まさか…この温泉に来ようって言ったのも…」
「ここ、打ち身に効くらしいです。」
「あんた…何でそれを言わなかったのよ!!」
「言おうとしたけど、カオリさん、聞いてくれなくて…」
(あたしのせいだ…捻挫の痛みと動かなくなる腕の恐怖で、精神的余裕が無くなってた…ただでさえこの子は人付き合いが苦手なのに…あたしと話しにくくなっていた…なのにこの子は、あたしのために…)
「ワシも、もう怪我人を何も出来ずに見てるだけなのはもうたくさんじゃ!独自で湿布薬も作ってみてたんじゃ。ぜひ、やらせてくれ!!」
その時…外からガヤガヤと声がした。いつの間にか村人たちが集まっていたのだ。
「接骨院から光が…」「機械が動いてるぞ!!」「誰か直したのか!?」
「ちょっとごめんなさいよ。」
人垣をかき分け、ソラが入ってくる。
「ソラさん…」「あなたどうしてここに!?」「え!?カオリさんもこの人と!?」
「ねぇ、アユムクン、このお家、一体どうなってるノ!?どうしてこのお家、電気が通ってるノ!?」
「バグダッド電池を、僕が直したんです。」
「直した!?」「こんな子供が!?」「あれ直すの、専門の知識が要るんだろ!?」周囲がまた騒ぎ出す。
「『バグダッド…電池』!?」ソラが首を傾げる。
「知らない訳無いでしょう!?この世界の電気は全部、これで賄われてるんですよ!?」
「屋根の上で何か着けてたワネ…太陽電池と風力発電みたいだけど、それでこれだけの物を動かす電力が賄えるノ!?」
「…エネルギー保存則に反してるんじゃないかって言われてます。」
それを聞いたソラはニヤリと微笑むと、みんなに聞こえる様な大声で、
「みんな聞いた!?この子すごいワヨ!!」
ざわざわざわざわ…うちも直してもらおうか…うちも…待てよ、打ち身に効く温泉に接骨院があったら、この村は…
「あなた…カオリさん、だっけ!?」
温泉で会った中年女性が出て言った。
「温泉で見たあなたの肘、ひっどい色してたわ…ここが接骨院だって知ってたから、その子がやろうとしてた事が一目で分かって、だから私の事は『またこの次』にしてもらったんだけど…今度こそ、お願いしていいかしら!?」
「姉ちゃんにはしばらく、この接骨院に通ってもらうぞ。温泉にも入るといい。その子も向こう数日、この村でしなきゃならん事が山ほどあろう。」
「カオリさん…これであなたの腕も治りますよ。」
「アユム…」ありがとう、ごめんなさい…そう言おうとしたが…
「…ここの温泉、アンチエイジングの効果もあるのよね。あんたがシワシワのおじいちゃんになっても、あたしは今の若いままでいるから、それが嫌なら、あんたもここの温泉に入りなさい。臭いわよ!」
「へ…!?」アユムは自身の腕をクンクンと匂いを嗅いでみて、
「カオリさん、それはひどいですよ〜〜〜!!」
村中がドっ、と笑った。




