5ー3 あの人とちゃんと 話せない
展覧会で観た一枚の絵が、今でも心に残っている…
仙台で迎えたアユム高1の秋…
北欧の画家の個展が街の美術館にやって来て、教科書にも載っている彼の代表作の禍々しくもユーモラスな画風に中二心を刺激されたアユムは、その展覧会を観に行った。そこで出会った一枚の絵…
暗い部屋でベッドに腰掛け、両手で股間を覆い隠す少女の裸婦画。羞恥とも不安とも取れる表情を浮かべ、背後に真っ暗な影を伸ばしている…
一説にはこれは、夜中に初潮を迎えた少女の像なのだと解説にあった。股間を隠しているのはそのためか…いずれにせよ、思春期を、第二次性徴を迎え、変わってしまった己の身体と心への不安を表すものだと…
でも…アユムはその絵を観て思った。
その不安は、決して女性だけの物ではなく…
※ ※ ※
屋根の上に登り、発電機を設置するアユム。作業は順調だ。だがその表情は晴れない…
(またカオリさんを怒らせてしまった…)
作業は終わった。なのに…アユムはいつまでも、開いた発電機の扉を閉じずに呆けていた…
「アナタ…よっぽど危ない事が好きなのネ。そんな高い所に登って…」
下から声がした。そこに立っていたのは、津軽海峡でアユム達を助けてくれた、大柄な男性。
「あなたは…!!」
あの空飛ぶ可変アレッツのパイロット!!
だが彼は片目を閉じつつ右手の人差し指を立て口に当てる。
(そうだ…この人も僕も、アレッツ乗りだってみんなにバレる訳にはいかない…)
男は大柄な身体に似合わず、ヒョイヒョイと掛けてあったはしごを登って屋根の上にやって来た。そしてアユムの隣に腰掛ける。
「こんにちは。私はアミキソ…」
「網木…さん!?」
「え…ええ。網木ソラ。よろしくね。」
「はぁ…僕は渡会アユムです…」
何だろう、この馴れ馴れしい人…でも、この人のお陰で僕らは生きて海を越えれたんだよな…おまけにあんなすごいアレッツまで持ってて…
「アユム君、一緒にいた女の人はどうしたノ!?」
網木さん…不躾な事を聞いてくるなぁ…でも…
「………ちょっと…怒らせちゃいまして…」
アユム自身、どうしたらいいか分からなくなっていた…
「姉弟喧嘩…ってワケ!?」
「あの人は僕のお姉さんじゃありませんよ。全然似てないでしょ!?」
「え…あ、そ、そうヨネ…」
「僕は…仙台に住んでたんですけど、北海道に里帰りしてた時にスペースウォーズ・デイに遭遇して、両親を失って、僕自身も向こうに帰れなくなったんです…
それで…1年かけて、準備して、仙台へ帰る旅に出たんです。途中であのアレッツも手に入れて…」
そこまで話すと、眼の前に目をウルウルさせたソラの顔があり、アユムの手を両手で握りしめてくる。
「苦労したのネ…あなた…」
「そ…そんな事はないですよ…あなたも…大変だったんでしょう!?」
この人もアレッツ乗りだ。他人には言えない事情があるに違いない。
「え…あ…そ、そうよネ…」
「カオリさんとは…旅の途中で出会ったんです。色々会って、一緒に行く事になって…」
「でもケンカしちゃったのネ…」
「ケンカというより…僕がいけないんです…」
「あら…どうシテ!?」
「その………は、恥ずかしい話ですけど…僕は…子供の頃から、い、いじめられてて…」
「………」
「………分からないんです…他人とどう接していいか…う、産まれてこの方ずっと、僕の周りには、両親とじいちゃん以外、僕を攻撃する人しかいなかったから…」
「他人が怖いのネ…」
アユムはコクリと頷く。
「そのカオリって子も怖いノ!?」
「いえ…カオリさんは怖くありません。ただ…」
「ただ!?」
「ああいう人、今まで僕の周りにはいませんでしたから…」
アユムは一人っ子。幼なじみもいなかった。中学までのクラスの女子はいじめの傍観者。担任の女教師は論外。高校で出会ったカナコはあれだけ美少女なのに、何故だか女を感じさせなかった。それは多分、彼女にはユウタが…
ともかく、初めてなのだ。大人の女性と接するのは…それもあんなに美人の…顔だけじゃない。事故とはいえ、見てしまったのだ…彼女の裸を…おっぱいも大きくて、腰もくびれてて、それから…
(な…何、考えてんだ、僕は!!駄目だろ、そんなの!!なんでそんな目であの人の事見てるんだよ!!)
思春期を迎えて変わってしまった身体と心への不安…それは決して、女だけの物では無い。
真っ赤になって頭をブンブン左右に振って、頭の中に沸き出す想いを振り切ろうとするアユム。そんな彼をほのぼのと見つめていたソラは、
(本来、この子はこんな冒険をする子じゃないのネ…最後に赤くなったのは分からないケド…)
「ネェ、アユムクン…」
ソラはポン、と、アユムの肩を叩き、
「アナタにとってこの旅は、ものすごく背伸びする事なのヨネ!?だったら…
思いっきり背伸びしなサイ。思いっきり背を伸ばして、手を伸ばして、指先に触れる物全てを手に入れる位のつもりで挑みなサイ。
カオリさんとの事も、その一つヨ。ちゃんと話をしなサイ。」
「は…はぁ…」
ポカンとするアユム。その時、
「おーいガキ、いつまで上でしゃべってんだ!?」
下の方からこの家の主の声がした。
「アラ…お邪魔だったみたいネ。」
そう言うとソラははしごに手をかけ、すいすいと降りていく。
「それじゃショーネン、頑張ってネ!!」
手を降ってソラは去って行った。
「あの人どうしてあんな事言ってくれるんだろ…!?」
残されたアユムは、
「仕事…進めないと。」




