1ー2 今夜は曇りで 星が見えない
ダイダが逃げ帰った後…
「はぐっ…むぐ…っ…ごくごく…」
アユムはカオリと「おばさん」と呼ばれた女性の食堂で、「余り物で悪いけど」と言って出された食事に貪りついていた。昨日から何も食べていなかったらしい。外はいつの間にか、夜になっていた。
渡会アユム、17歳、SWD前は高校生。
北海道出身で、ここから西にずっと行った街で中3頃まで暮らし、両親とともに仙台に引っ越し、向こうの高校へ通っていた。
そして、高2のお盆の里帰りで祖父の実家…この村をの北にあった街に戻って来た所で、SWDに被災、両親を亡くした上に内地に戻れなくなり、
それから1年近く経った今、仙台を目指してスクーターで旅をしている、
というのが、カオリやおばさんから問われる度にぽつぽつと語った、彼のこれまでの経緯だった。
「……食料とか、十分な準備をしてからの旅だったはずだったんですけど…色々うまく行かなくて…道もあちこち寸断されてて、スクーターでも思う様に進めなくて、持ってきた食料も底をついて…ついでにヘルメットも外せなくなって…」
「それ関係無いでしょう!?」ヘルメットの恩人になったカオリが、呆れつつも言った。
アユムは「ごちそうさま」と、空の食器に手を合わせた。彼曰く、食べ物の好き嫌いは『無くなった』らしい。SWDで彼も相当苦労したらしい。
「…それにしても…ダイダがあんな事になってたなんて…」
アユムの言葉におばさんは、
「…西の方から流れ着いた半々グレだって聞いてたけど、SWDの後、宇宙船の中からアレッツを手に入れて野盗を始めて…時々、ああやってこの村を襲いに来るのよ…」
そして、ふぅ、とため息をついて、
「おばさんが小さかった頃に、日本の東半分が揺れた大地震があって、若い頃に、世界中で伝染病の大流行が起きて、結構大変な事になったけど、それでも私達は、その度にみんなで助け合って生きて行ったから、日本人はどんなひどい世の中になっても、漫画みたいに野盗なんかにはならないんだと思ってたけど…」
「…数少ない例外が、こいつの知り合いだったのよね…」
「……ごめんなさい…」
「あんたは悪くないでしょ!?」
「………ごめんなさい…」
「だから謝んないでって…」
「それにあれ…アレッツ…だったかしら!?」
「盗み働く奴らに力があるのが厄介よね…」
「…アレッツじゃないですよ。『プロトアレッツ』。宇宙船からサルベージしたままの、無改造品です。」
「……あんた何でそんな事詳しいのよ…」
「ネットで…そういうの説明してるサイトがありましたから…」
「『バグダッド電池』か…お陰で私達は最低限不自由せずに済んでるけど…悪いやつらに知恵をつけるのは考えものよね…」
「バグダッド電池」…エネルギー保存則に反しているのではとさえ言われているくらい、破格のエネルギー効率を誇る、次世代の動力源。太陽電池と風力発電のハイブリッドらしい。既存のエネルギー資源から取って代わり、SWDで水道もガスも止まった中でも、彼らは電気だけは得ることが出来ていた。この食堂の天井照明も、アユムが食べていた食事を温めた電磁調理器も、果てはアユムが乗っていたスクーターも、この時代の自動車全ても、バグダッド電池で動いている。
そして、電気が使えるため、インターネットも限定的だが使えた。非常時であることを考慮して、残ったプロバイダが無料で稼働させ続けているらしい。回線が物理的に寸断されていたり、有線から無線に置き換わった末にその基地局がSWDの被害で一部破壊されたため、通信速度が非常に遅くなっているが…
そして、宇宙船の中に眠っている異星人のロボット兵器の運用、カスタマイズの方法に至るまでを紹介する便利なサイトを、おせっかいなどこかの誰かが作ったらしいのだ。
「…どうでもいいけど…『アレッツ』って、どういう意味かしら…」
カオリの何気ない問いにアユムが、
「色々説があるよ。異星人の言葉で『労働者』って意味だとか…」
「それ言った人はどうして宇宙人語を知ってたのかしら?」
「SWDの時、最初にその存在を発見したアレッタ某という人から…」
「その某って人も迷惑ね…」
「イタリアのアレッツォで最初に目撃された…」
「…段々適当になってない!?」
「『ALiens' LEft TrooperS(異星人の残した騎兵)』の略だとか…」
「トルーパーズってどうして複数形…」
「あと………ラテン語の『星』、”STELLA"の逆さ読みで”ALLETS"。」
「あー…確かに、落ちてきた星の中から出て来たわよね…」
「真っ逆さまに落ちてきた、星のかけら、か…」
「…何、詩人みたいな事言ってるのよ!」
アユムの言葉にジト目を飛ばすカオリ。
でも…と、おばさんは一呼吸置いて、
「おばさんはそれちょっときれいすぎると思うわね。だって…
私達の街も家もメチャメチャに破壊して、人を大勢殺して、その中から出てきた物が、1年にも渡って野盗の道具として私達を苦しめつづけといて…『星』なんて…」
「そう…ですね…」アユムは日が傾いてきた窓の外を仰いだ。
今夜は曇っていて星が見えそうにないな…