4ー7 英雄の試練 僕の挑戦
アユム機が岸から離れてもうどれだけ経っただろうか…
元いた北海道の岸も、行こうとしている青森の岸も、同じ位の距離にしか見えない。さっきからずっと、本州に近づいている気がしないのだが、コンソールパネルのエネルギー自体は、徐々に減り続けている。
(おかしい…進みが遅い…)
「アユム…」
緊急事態を察知したのか、後ろ後方から心細そうなカオリの声がする。
(どうして…計算ではもう、向こうに着いてるはず…)
確かに色々想定外の事があった。本来は松前から海に入るつもりだったが、その手前からの出港になった。それにカオリも乗せている。
「ん…!?」
アユムはシートから立ち上がり、後ろを向き、カオリを見つめた。
事前の計算は、僕1人で海を渡る予定だった。だが…今はカオリも一緒に乗せている。1人を想定していた乗員が、2人に増えている。
…そのせいで…機体重量が増え、エネルギーの消費が増えた!?
アユムはカオリを見つめた。
これって…SF定番の、『あれ』の展開か…!?
カオリもアユムを見つめ返した。不安げな目で…どうやらカオリもそれを察しているらしい。
…と、いう事は…この事態の解決法も…
………『あれ』しか、無いの!?
ビーーーーっ、ビーーーーっ!!
コンソールパネルの警告音でアユムとカオリは我に返った。アユムはコンソールに目を向け…機体の右から矢印がかかっているのを見た。
「海流!?」
「それで流されてたの!?」
よく考えたら異空間のコクピット内の乗員が増えても機体重量に影響は無い。
「そんな…日本近海に流れている海流は4つ…」
「あったんでしょう!?学校の授業じゃ習わない海流が…」
実際、津軽海峡には、日本海側から太平洋側へ海流が流れているらしい。津軽半島を目指したつもりが、西に流され、下北半島側に近づいていたのに気づかなかったのだ。
また、津軽海峡は確かに泳いで渡った人もいるが、世界中の泳いで渡れる海峡の中で、特に渡るのが難しい海峡とされているらしい。アユムはその事も知らなかった…
「下北半島…だっけ、そっちに上陸しちゃだめなの!?」
そう言えば、右に見える陸地(津軽半島)にいつまで経っても近づけない代わりに、左に見える陸地(下北半島)が段々と大きくなっていた。
「北に突き出て西に曲がってますからね…陸路が大回りになりますよ。」
「だからって、このまま海を行くよりは…」
「あああ…エネルギーゲージが…」
機体底から聞こえていた水中用推進機の駆動音が、徐々に弱くなって行き…
ウ ウ ゥ ゥ ゥ ゥ ……… ン
止まった。
「まだだ…コンバータにわずかだけど残留エネルギーがある…」
コンソールを操作して両腕をグルグルと回転させる。アレッツは息継ぎの必要が無いので、クロールの様に左右交互では無く、同時に回転させる、顔を伏せたままのバタフライだ。
「ね…ねぇ、アユム…」
後ろからカオリがおずおずと言う。
「おち………、使い道が無くて邪魔なんだったら、取っちゃったら!?」
「あれおち○○○じゃありませんから!!しれっと怖い事言わないで!!」
叫びながらアユムはおち…もとい、水中用推進機をパージさせると、確かにアレッツは少しだけ前へ進みやすくなった。
「ううう…『アユム』って女の子みたいな名前で、その事もいじめのネタにされててコンプレックスになってるのに…」
「なんか、色々とごめん…」
だが…元々コンバータにはほとんどエネルギーが残っていなかった。両腕の回転も程なくして弱くなり…
両脇に丁度揃えた位置で、止まる。
「あ………」
「………」
気まずい沈黙が、コクピットの中を流れ…
………アユムが、言った。
「やっぱり………無理だったんだ…」
「あんたッ!!」
不意に首根っこを掴まれ、ぐいと持ち上げられ、そのままぐるりと後ろを向かされる。カオリに持ち上げられたのだ。なんて力だ…そして怒りの形相のカオリと目が合い、開いた彼女の片腕が高く振り上げられ…
「ひ………ッ!!」
思わずたじろぐアユム。だが…
振り下ろされたカオリの手はアユムの頬に優しく触れ、もう一方の手も反対側の頬に触れる。
「………え!?」
「あたし知ってたよ。あんたは…ダイダと戦ってた時ずっと、怖くて足カタカタ震わせてたんだよね…」
何で今更そんな古い話を…
「あんたは本来、こんな危険な旅をする様な子じゃない。なのにあんたは旅に出た。こんなロボットまで用意して…そこには、何があっても成し遂げたい理由が、目的があったからでしょう!?」
「カオリ…さん…」
頬にあてられたカオリの掌が温かかった。
「向こうに着いたら、あんたの旅の目的を教えて。だから今は、もう少しだけがんばろう。
計画は完璧に練ったんでしょう!?用意してたんでしょう!?こういう時の準備も…」
アユムはブリスターバッグの収納から、2本の長い棒を取り出す。先端に板が着いている…ボートを漕ぐための、オールだ。
「上等!!あたしも外へ出して。」
「カオリ………さん!?」
「あんた一人に漕がせない!」
「カオリさん…ありがとうございます!」
それからアユムは、首から下げてるあのお守り袋を手繰り寄せ、
「カオリさん…一度、中身を見てますよね…」
袋の中から、あの青い石を取り出す。
「綺麗な石ね…」
「この石の名前は、『ラピスラズリ』。この石から作れる顔料の色が、『ウルトラマリン』…
『海を越える』という意味です。」
「いいね、それ。越えよう、海を!!」
「はい!!!」
※ ※ ※
それから2人は、うつ伏せのアレッツの上に並んで座り、
「アユム、あんた一応男なんだから、左のオールを漕げ。」
「は…はい。」利き腕の逆だけど…いいか。
「じゃあ…行くよ!」
「「うぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ !!」」
オールでアレッツを漕ぎ始めた。
今はまだ太陽は西の空に高い。だから…
数日前に見たヘラクレス座は、地平線から出てても太陽の光で見えない。
※ ※ ※
運命は理不尽で残酷だ。
運命は理不尽で残酷だ。
ゼウスは余所の女に俺を産ませた。
ヘラは俺に子殺しをさせた。
ダイダはずっと僕をいじめ続けた。
クラスメートは追随し、先生は知らぬふりをした。
ようやくいじめから抜け出せたら、星が降ってきて、両親は死に、僕は内地に帰れなくなった。
お前の苦難は、お前のせいじゃない。
あなたの苦難は、あなたのせいじゃない。
運命は本当に理不尽で残酷だ。
運命は本当に理不尽で残酷だ。
だから、俺は、
だから、僕は、
十だろうと十二だろうと、試練を成し遂げる。
この旅を、成し遂げる。この海を、越える。
どんな形であっても、運命に抗う!
どんな形であっても、運命に抗う!
例えその果てに得られるものが、暗い星ばかりの逆さの星座だったとしても…
例えその果てに得られるものが………




