4ー6 見切り発進の 連絡船
ゴン!「うぐっ!」
カオリの肘鉄を食らって髭の男は壁に飛ばされ、カオリの顔が一瞬歪む。
「てめぇ!」
包帯男はカオリに襲いかかるが、
バキっ!ベキっ!「ぐぁーーっ!!」
殴られ、蹴られ、背負い投げられる男。カオリは武術の構えの様なポーズを取っている。アユムは他に誰かいないか辺りを見渡している。
「カオリさん…何でそんな事出来るんですか!?」
「昔のことは分からないって言ったでしょう!?でもあたし、並の男よりも強いみたいなの。それよりあの髭男、何でそんなに硬いの!?」
壁に突き飛ばされていた髭の男はゆっくりと起き上がりながら、
「結構丈夫なんだなぁ…ブリスターバッグってのはよぉ…」
懐から見覚えのある小さなカバンを取り出す。あれに守られて無事だったのか…
「やっぱり…あんた達、この辺をアレッツで荒らし回ってる海賊か…。」
「その、頭をしてる。」
「『どんな事をしてでも生きてやる』、その言葉の意味を取り違えてませんか!?」
「ガキの説教なんざ聞きたか無ぇ!子分が世話になった落とし前も着けねぇとな!!」
髭の海賊は床で呻いている包帯男を指さした。こいつは、アユムの故郷の街で半魚人アレッツでアユム機に倒されて、コクピットから焚火の中に出てきて火傷した海賊だ。
「くそ…このガキ…よくもこの間はやってくれたな!!何がDHMOだ!おかげで風邪をひきかけて、アレッツを失ってこっちの見張りに回されたんだ!!」
ただの水を毒だと思って、更に水を浴びたか。DHMOが何なのか気づくなんて、この海賊はアユムの元クラスメートより学があるらしい。
「あの時は一人だったのに、いつの間にそんな強ぇ女連れてたんか…」
「まあいい、こいつらはもう終わりだ!!アジトの手下にはもう知らせを入れた。海賊をコケにした報いを受けてもらおう!!」
海の向こう…島になってしまった山から何体もの魚型アレッツがこっちに泳いで来る。あの山が海賊の拠点だったのか!
「それだけじゃないぜ…客人ーーーー!!こいつらを締めてやって下せぇーーー!!」
「グェフフフフフっ!!おうよ!!!」
聞き覚えのある笑い声と共にドンゲンドンゲンと現れた、1体の重量級アレッツ。
「お前…ダイダか!?」「うそ!どうしてこんな所に!!」
「グェェっ!?渡会にあの女!!てめぇらどうしてまた出やがった!!」
果たしてコクピットの中にいたのは、アユムをずっといじめ続けていた、元同級生の野盗、ダイダだった。
「ダイダお前…アレッツ乗りも野盗も廃業したんじゃなかったのか!?僕のアレッツにやられて…」
「グェフフフフフっ!やめらるるぇっかよぉ、こんな面白ぇ事!!すぐに別の宇宙船から、3体のアレッツを手に入れてやったぜぇ!!」
なんて悪運の強い奴だ…だが…アユムは他に気になることがあった。今のダイダ機は、パワー積載量重視の重量級。こんな短時間で、どうやって一からここまでアレッツをビルド出来たのか、そしてもう1つは…
「お前…あの時一緒にいた、2人の子分…ハゲとケチはどうした!?」
「いや、あいつらハゲでもケチでも無いから。」
カオリがすかさずツッコミを入れる。
「グェフフフフフっ!!あいつるるぁカスだったが、最後ぁ俺の役にたってくれたぜぇぇ!俺ぁゲームなんてガキの遊びやんねぇが、ああいうのでは敵をブッ殺すと経験値って奴が貯まるんだるるぉお!?」
「まさか…」
「ある程度強くなった時点で、後ろから…ベキっ!!バキっ!!!…経験値にしてやったずぇぇぇぇぇ〜〜〜!!グェハハハハハ〜〜〜!!」
本当になんて奴だ…
「アユム、あれ!おっきな魚と、半魚人が!!」
島の方から、次から次へと魚型アレッツが岸に近づいて、半魚人に変形して陸に上がって来る。5体、10体…こいつら何でこんなにたくさん…そして…
「アレッツ、出てこい!!」
髭の海賊頭がブリスターバッグを開き、中から頭に角を生やした半魚人アレッツを出し、コクピットに消える。
「やっぱり…隊長機には角が生えてるのか…」
アユムが変な事に感心してる。
海から上がってきた半魚人アレッツの海賊が、
「お前ぇら、こんな所に何しに来た!?」
「安っぽい正義感に駆られての海賊退治か!?」
「海賊のお宝が目当てなら俺達にゃそんな物無ぇぞ。」
「言っとくが俺達の仲間になりてぇならこっちからお断りだ。一度敵対した奴は信用出来ねぇ。」
「おいお前ら!こいつら、本州に渡ろうとしてたそうだぞ!!」
髭の海賊頭がそう言うと、手下の半魚人アレッツからガハハハ…、と笑い声が上がる。
「なんだそっちか!」「残念だったな!!北海道はここで行き止まりだ!!」「いいカモだぜ、こういう奴らは…」「いつもの様に、身ぐるみ剥いでやるかぁ〜〜〜」
こいつら…海賊の副業で雲助紛いの事もしてたのか…
「よってたかっていじめ…あー考えただけでワクワクするるぅ〜〜〜グェフっ!!アレッツもスクーターもブッ壊して、アユムは魚のエサに海に撒いてやるるるぅぅぅぅぅ〜〜〜」
こっちからはダイダ機がマニピュレータの指をポキポキ鳴らしながら迫ってくる。
(海賊もダイダも全部倒す…だめだ。一体一体は弱いが数が多すぎる。スクーターで逃げる…だめだ。陸伝いの海岸移動に長けてるから、どこまでも追って来る。)
どうして上手く行かないんだ…!?ロボットまで手に入れたのに、海を渡る方法はカオリさんから反対され、海賊に目をつけられ…
(こうなったら…方法は1つ!)
アユムはびしぃっ!と、海賊頭のアレッツを指差し、
「おいお前!!お前も僕には無理だ、出来っこ無いってバカにするのか!?」
唐突かつ意味不明な質問に、海賊頭は、
「あ”あ”!?」
その声を肯定と捉えたか否定と捉えたか、定かではないが…
「無理かどうか………よぉく見よやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
アユムはカオリの手を掴み、
「アユム………!?あ…!」
カオリはアユムの意を介し、
「「う ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ!!」」
2人は、海へと走り出す。
「てめぇ!」「待ちやがれ!!」
半魚人アレッツは水陸両用と言っても、あんな脚で陸上では素早く動ける訳がない。そして武装も鉤爪だけ。迫り来る半魚人アレッツをひょいひょいと躱し、もう少しで海という所で、小さなカバンの様な物を取り出し、
「ブリスターバッグ、オープン!!」
海の上に現れたのは、舟型のフロートの上にうつ伏せに寝かされているアユム機。そしてアユムとカオリは、腰のコクピットの中に消える。
コクピットの中は、前方下と後方上にシートが2つ。前方下のシートはこれまでアユムが座っていた操縦席、後方上の新しく出来たシートには、カオリが座らされていた。
「へぇ…結構いい眺めね…」
「行きますよ。」
「ええ!」
アユムは両足のペダルを思いっきり前へ踏み込む。水中で推進機のスクリューが回り、
ブ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ!!
「「行っ け ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ!!」」
アユム機は未だ水中にいる海賊機を右に左に避けながら、海岸線を離れて行った。
「あのガキ!あの装備!!」
「アレッツで内地へ渡る気か!?」
「まちやがるるぇ!!渡会!!」
ダイダ機がドンゲンドンゲンと走り、アユム機を追う。ジャブジャブと足元から海に消えて行き、あっという間に水中へ沈んで行った。
コクピットの中でアユムが、
「予定とは違ってしまいましたが、このまま津軽半島の突端を目指します。」
「ねぇ、アユム、見て、あれ…」
カオリが左手に見える島になった山を指差す。
島の裏側の斜面には、宇宙船が突き刺さっていた。
「何てこった…あいつら、それであんなにたくさんアレッツを…それと…」
アユムは手元のサブモニターを見た。レーダーに機影。後下方、海底…
「こいつもいい加減しつこいな…」
※ ※ ※
一方、アユムを追って海中を走るダイダ機は、
「待て渡会!!ぶっ殺してやる…」
最早視界の至る所が海となってしまい、レーダーではるか前方上(水面)に見えているアユム機を頼りに前へと走って行く。だがアユム機の反応が段々遠くなって行き、
「待て、渡会…待ち…やがれ…」
ダイダの声が段々心細くなって行く。そして…
ガっ!!、と、ダイダ機のコクピットに通信が入る。
「渡会か!?」
だが通信はただ一言。
『虐げられし者の恨み、思い知れ!!』
通信は途絶え、レーダーもアユム機の機影をロストする。
いじめの興奮から冷めたダイダはモニターを見つめた。陽の光の届かない海底。海洋ごみと思しき様々な細かい物が、わずかに届いた日光を反射してきらめく。
まるで、SWDの夜に見た、星空の様に…
「グェ ア ア ア ア ア ァ ァ ァ ァ ァっ!!」
ダイダの叫びは、誰にも届かない。
※ ※ ※
アユム機、コクピット内…
ダイダ機との通信を切ったアユム。スクリーン上の後方を映すサブウィンドウの中で、陸地があっという間に小さくなって行った。
この1年間、色々あったけど…これでさようならだ、北海道…
※ ※ ※
同時刻、陸上…
「あのガキ!それに客人も…待ちやがれ!!」
2機を追おうとする半魚人アレッツを、
「よせ。追わんでいい。」
海賊頭機が止めた。
「あの質問はそういう意味か…なら答えはイエスだ。
あいつらは二度と陸へは上がれん。
バカな奴らだぜ。あんな装備で海を渡ろうなんて…」




