Sinking Stars, Rising Fireballs
西暦2061年、旧宮城県仙台市青葉区匂宮、現『ミレニアム王国』…
一組の男女が、そこに立っていた。
男の方はチュニックを着た、ファンタジー世界ならどこにでもいそうな貧相な男。女の方はとんがり帽子に、胸元の大きく開いたへそ出しチュニックにミニスカートの、ファンタジー世界でも稀な美女。そして女は杖を持ち、男はチュニックの腰に短杖を差していた。まるで魔法使いだ。
そして2人の目の前には、古びた工場。門にかかっている看板の文字は、2人には読めないが、『渡会工業』と書かれている。
「「………」」
2人はしばしその工場を見つめた後、男はくるりと踵を返し、
「よし、義務は果たした。帰ろうアゲハ。」
「待ちなさい!ロクスケ!!」
逃げようとする男…ロクスケを、女…アゲハが首根っこを掴む。
「でもよぉ…」
「だめでしょ!?こういう事はちゃんとしないと…」
と、そこに…
「「「キャッキャッキャッ!!!」」」
向こうの方から歓声が聞こえた。4〜5歳くらいの子供数人が、駆けて来たのだ。周囲は工場以外はほぼ更地だが、その中にぽつりぽつりと、粗末な家も生えていた。
「バイバーイ、ケイちゃーん!」「ケイちゃんまた明日ねー!!」「うん、バイバーイ!!」
他の子供が次々と自分の家に消えて行く中、一人残った、一際やかまし…元気の良い幼児。タンクトップに短パン、そこから伸びたひざ小僧と鼻の頭には絆創膏まで完備している。
「キャキャキャキャキャ~~~~~ッ!!!」 ダダダダダ…
奇声を上げながら、両手を左右に大きく広げ、足を残像現象で何本にも見せ、土煙を上げながら幼児…ケイは、こっちに向かって走って来る。
「おい、あの子…」「ええ…」
ロクスケとアゲハは遠くから駆けてくるケイを見つめた。
「旅が終わってからしばらくして結婚したと聞いたが…」
「5歳くらいかしら…もうあんなに大きなお子さんがいるのね。」
あと、父親は穏やかで知的な人物だったが、この子は………大器晩成型なのか。
ケイと目が合った。ロクスケ達に気付いたらしい。ケイは両足を前に突き出し、バランスを取る様に両腕を後ろに曲げ、
「え〜〜〜〜〜い!!!」 キキィィィィィィィ!!!
両足が地面と擦れるそれとは明らかに異なる甲高い摩擦音と、さらにもうもうたる土煙を上げ、ケイは徐々にスピードを落として行く。
(あ、こりゃ俺達の前じゃ止まりきれないな。)
ロクスケがそう思った時、
コテっ!! たまたまそこに落ちていた石につまづき、ケイは前のめりに転び………
「危ない!!」ガバっ!! …そうになる直前にロクスケが前から抱き止める。もう少しで、絆創膏がまた増える所だった。
「………」
自分の身に起きた事をしばし理解出来なかったケイだったが、すぐにニパーと天真爛漫な笑顔になり、
「ありがとう、お兄ちゃん!!」
「お、おう………」
無条件の好意を向けられるのに慣れていないロクスケは思わず赤くなる。それからケイは、「あ!」と、何か思い出した様にロクスケから離れると、ぺこりとお辞儀をし、
「いらっしゃいませ、うちの工場にお客様ですか!?」
ロクスケはアゲハと顔を見合わせた後、
「アユムさんとカオリさんはいらっしゃいますか!?」
と訊ねる。
「パパとマ…お、お父さんとお母さんですね!?ちょっと待ってて下さい!」
もう一度ぺこりとお辞儀して、ケイはタタタ…と工場の中に入って行った。それを見送ったロクスケは、
「やんちゃそうに見えたが…」
「客商売だから最低限のしつけはされてるんでしょ。」
それからアゲハはロクスケをジト目で見つめ、
「あんな小さい子でも出来るんだから、あんたもお客さんに愛想良くしなさい!」
「へいへい…」
ケイが向かった工場の中から、ショートヘアにツナギ姿の美女が出て来た。
「あ、ケイちゃんおかえりなさーい。」
「ハジメお姉ちゃんただいまー!!パパとママはー!?」
ケイの問いにツナギの女性…ハジメは、
「師匠と奥様なら、中ですよ。」
「ありがとー、ハジメお姉ちゃん!!」
「お!ケイお帰り!!」「ケイちゃん幼稚園はどうだったー!?」
奥から何人か、ツナギ姿の者が出て来た。どうやらハジメも彼等もこの工場の従業員らしいいが…
「皆、若い、というより、幼いな…」
見たところ自分達と同年代なのを棚に上げてロクスケは言う。
「こっちの世界でも何年か前に大災害だか大戦争だかがあって、その時に出た孤児をここは預かって、働きながら学校で勉強する機会を与えてるらしいわよ。」
ロクスケは空を見上げ、
「孤児、か…いずこも同じか…でも、戦わにゃならんよりましか…」
※ ※ ※
やがて、ロクスケとアゲハは中へ通され、応接室で出迎えたのは、メガネにツナギ姿の男性と、アゲハと負けず劣らずの美女。アユムとカオリだ。ロクスケとアゲハは2人に深々とお辞儀をし、
「し、新入りでございます。ご挨拶に伺いました。」
アユムは戸惑いながら、
「は、はあ…それはご丁寧に…」
ドタドタドタ!! 奥からケイが駆け回る足音が聞こえる。
「こらケーイ!静かになさーい!!お客様がいらしてるのよ!!」
すかさずカオリが怒鳴る。そして4人は、顔を見合わせて苦笑い。
「げ…元気そうなお子さんで…」
ロクスケが言うと、アユムは、
「…男の子と女の子、いっぺんに授かったみたいですよ…」
「あたしもあと何年か遅かったら、あの元気についていけなかったかも…」
カオリも続けた。
「それで…あなた達はどういう…」
アユムに改めて問われて、ロクスケは、
「はい…『ファイヤーボールって、何だ!? 〜呪文屋ロクスケは術式を走らせる〜』というタイトルです。」
「ファンタジー…ですか。」
アユムがそう言うと、ロクスケは、
「あの、これ…」
持っていた物を、アユムに差し出す。それは…1巻の巻物。
「ろ、ロクスケ!!だめじゃない!!こっちの人は、魔法が…」
「分かってる!でも、これしか見せれる物が無いんだ…」
アゲハとロクスケが口論を始める中、アユムは静かに巻物を手に取る。
「これは…魔法の呪文書なの!?」
アユムが問うと、ロクスケは、
「はい…俺が、作った物です。」
「あなたが、主人公なの!?」
「はい………」
ロクスケは首を縦に振る。
「そちらの方…アゲハさんは、魔法使いなの!?」
カオリが問うと、アゲハは、
「はい…あたしは冒険者をしてます。」
「ファンタジーなのに、主人公は、冒険者じゃなく、魔法の呪文屋………」
何か思うところがあるのかアユムはそう呟き、渡された巻物を見つめる。
「スクロールで、ロクスケに、アゲハ…巻物…スケロク…アゲ…これ…開けてみて、いいですか!?」
アユムに渡されたスクロールには、封はされていなかった。
「どうぞ…」
ロクスケに促されるまま、アユムはスクロールを広げる。そこには、こう書かれていた。
spell fireball(position,rmax,rho,nmax,joule,ft,phit,thetat)
:
「ふむ…」
アユムの視線が左右に往復する。
「やっぱり…何も起きない…」
アゲハが言った。向こうの人がロクスケの呪文書を開くと、何が起きるのだろう…!?
:
deltad=0.1
d=rmax*deltad
:
form sphere(b,position,rmax,d,i2max,nitrogen)
form ball2(a,position,rmax,rho,nmax,phlogiston,2,oxygen,1)
heat(a,joule)
c=a+b
force(c,ft,phit,thetat)
:
「これは………」
アユムは真剣な眼差しで、スクロールを見つめた。やがてスクロールは、終わりを迎える。
:
end spell
「術式を………走らせる………術式を、走らせる。」
何かを納得したかの様に何度も頷き、アユムは広げたスクロールを元に戻し、微笑みながらロクスケに返した。
「…がんばって。」
それだけ、付け加えて。
「はい…ありがとう、ございます…」
ロクスケも応えた。
「また一緒に何かやるかもしれないけど、その時はよろしく…まあ、ファンタジーの人なら大変かもしれないけど…」
「はい…その時はよろしくお願いします。」
ファンタジーだと何が大変なのか分からないが、穏やかな人で良かったとロクスケは思った。
「…ところで、フィリップさんとモリガンさんはお元気だった!?」
アユムに問われて、ロクスケとアゲハは、
「いえ、そっちはまだ…」
「あたし達、この後行くつもりで…」
すると、アユムとカオリは声を上げた。
「「何やってんの〜〜〜!!!」」
「「ひっ!?」」
思わず悲鳴を上げるロクスケとアゲハ。
「何においてもあの人達を先にしなきゃだめでしょうーーー!!」
「あたし達は一番最後でいいのーーー!!」
これまでの温厚さが嘘の様に叫ぶアユムとカオリ。
「しょうが無い。僕達も一緒に行こう!」
「ウズメさーーーん!!いるんでしょう!?あたし達も連れてって!!」
※ ※ ※
『共和国』の首都、フィリップとモリガンの家…
フィリップとモリガンの眼前には、アユムとカオリに無理やり頭を下げさせられるロクスケとアゲハ。アユムとカオリもフィリップとモリガンに深々と頭を下げ、
「申し訳ございません!!新入りの教育は僕達がちゃんとしますから、どうか、平にご容赦を!!!」
フィリップは困惑し、
「…いや、僕達、そういう序列を作るつもりは無いから。」




