Side A-7 抱擁
『ミレニアム』と山形の自警団達は、事後処理に追われている。残されたのは異世界から来た者達と、アユムとカオリ…
「アユム…」
「カオリさん…」
カオリはアユムと向かい合い、見つめ合う。フィリップとモリガンを始めとするおおよその事情を知っている異世界の住人達も、固唾を飲んで見守った。
「…あんたがあたしのためを思って色んな事をしてくれてるの知ってる。さっきだって、アミキソープ星人との戦いから、あたしを逃がそうとしてくれたし…でも、ちゃんと言ってくれないと、あたしも不安になるの!お願い教えて、アユム!!ここ数日、あんた、何をしてたの!?」
「これを…」
アユムが自身のツナギの胸元から下がっていた物をゴソゴソと取り出す。首から下がっていたのは、細い紐に通された、2つの…
「指…輪…!?」
鈍い銀色に輝く、指輪だった。
「僕達、この秋に結婚するんですよね。でも、式は収穫祭の間借り、料理もみんなで持ち寄りです。世が世なら女の人にとって、一世一代の晴れ舞台になるはずなのに…だから、せめて指輪だけでも、自分で作ろうと思って…」
カオリはアユムの首からかかった2つの指輪を手に取る。
「これ…銀よね。どこから手に入れたの!?」
「電子機器の基盤とかから集めました。ジャンクの山って、ちょっとした鉱山なんです…」
「女の人と一緒にいたのは…!?」
「あの人、趣味で彫金をやってたそうなんです。細工の仕方を教えてもらいました。言っときますけど彼女、既婚者ですよ。」
「今日、フィリップさんとどこかに出かけてたのは…!?」
「指輪に填める天然石を探そうと…フィリップさん、異世界で鉱山の街に住んでたそうで、ダウジングも出来るみたいなんです。お陰で良いのが見つかりましたよ…」
そう言ってアユムは、ポケットからきれいな緑色の石を取り出す。
「エメラルドとかサファイアとか言う訳には行きませんが…あと少しで指輪は完成します…」
その輝きにカオリは見入りながら、
「…あたしの指のサイズは、どうやって調べたの…!?」
「………あなたの身体に触れる機会なんて、いくらでもありましたから…」
「そ…そうよね…」
流石にカオリも赤くなる。
「こんな物しかあなたにあげれませんが…受け取って…くれますか…!?」
アユムは2つの指輪のうち小さい方を紐から外し、両手でカオリに差し出す。
「………あなたが填めて頂戴。」
カオリは左手を差し出す。アユムはその細い薬指に、銀の指輪を填める。サイズはぴったりだった…
「嬉しい………」
ホロリと涙を流し、ぎゅっ! カオリはアユムに抱きつく。
「カオリさん…」
アユムもカオリをそっと抱き返す。
「アユムありがとう。あんたやっぱりあたしのためにしてくれてたのね…」
ぎゅっ!カオリはアユムを強く抱きしめる。
「よかったね…アユム君」「かおりちゃん…」
フィリップとモリガン、異世界の住人達も、そんな2人を微笑ましげに見守る。
「でも………」
不意にカオリの声が低くなり、アユムを抱きしめる…いや、締め付ける両腕に更に力が入る。
「か…カオリさん…!?流石に痛いですけど…痛たたた!!」
「…いつも言ってるでしょう!?うちの工場は生活ギリギリなんだって…こんな物作るために他のお客さんを待たせんじゃないわよ!!何よりここ数日間、あたしがどんな思いでいたと思ってんの!?」
カオリの締め付け…いや、サバ折りに更に力が入る。
「カオリさん…痛たたた!」バキバキバキ!!
アユムの悲鳴。モリガンやエリナがカオリの台詞にうんうんと頷き、フィリップとウィルの顔が青くなる。
「仕事しろ!!!」メキバキボキッ!!!
「あんぎゃ〜〜〜っ!!!」
2人の未来にかすかな不安を感じつつも、異世界の住人達は帰って行った…
※ ※ ※
1年後、西暦2055年、夏………
工場で事務仕事をしていたカオリは、ふと左手の薬指にはめられた緑色の石の指輪に目が止まり、しばしうっとりと見つめていた。そこへ客がやってくる。若い男女の2人組だ。
「いらっしゃいませー!!」
カオリが応対すると、2人の注文はカオリの予想通りの物だった。サイズを測り、色やデザインを書き留め、引き渡しの日程と報酬を取り決めると、
「ありがとうございましたー!!」
カオリは2人を見送る。そして、さっきの注文を書き留めた紙を持って、奥の作業室へと向かうカオリ。
「アユムー!また注文が来たわよー!!」
室内のアユムにそう言うと、
「えーーーっ!?またですか〜〜〜!?」
作業机に向かって背中を丸めていたアユムが、頭をこっちへ向けて情けない声を上げた。
机の上には虫眼鏡と、万力で固定された円環状の銀、周囲にはやすりが置かれている。
「いい加減修理屋の仕事させて下さいよ〜〜〜!!」
「だーめ!この工場生活がギリギリなの知ってるでしょ!?今が稼ぎ時なんだから頑張りなさい!!」
…実は昨年秋のアユムとカオリの結婚式の後、2人がはめていた指輪が注目されたのだ。SWD後に出会った若い男女が何組も式を挙げると言い出し、アユムの工場に結婚指輪の注文が大量に舞い込んでいるのだ。秋の収穫祭に間に合わせるために、アユムは大忙しである。
「あーーーっ!!また指輪外してる〜〜〜!!」
カオリが声を上げる。
「しょうがないでしょう!?指先の細かい作業するんですから…」
そう言いながらそろそろ休もうと思っていたアユムは、左手の薬指に指輪をはめ直す。
「あの…カオリさん…」アユムはふと思い出した。1年前の夏の日を…
「あの時出会った、『レッドジャイアント』のパイロットって………」
カオリはアユムの背中から手を伸ばし、彼の左手に自身の左手を重ねる。そして揃いの指輪がはまっている薬指を絡ませながら、
「言ってたでしょう…!?『近い内に、また会える』って………」
空いている右手で、自身の下腹部を優しく撫でた。
絡まった蛇の足 Side Ayumu 完




