Side A-1 夏の訪れ
西暦2054年、夏の某日、午前9時、
『ミレニアム王国』(旧宮城県仙台市青葉区)、西公園跡地…
「………今日も暑くなるなぁ…」
未だ東の空低い太陽を見上げながら、黒部ユウタは呟いた。右手には草刈り鎌、頭には麦わら帽子。太陽は未だ本気を出しておらず涼しいが、このまま1時間もすれば猛暑となるに違いない。ユウタはここで、野良仕事…公園跡に作られた畑の草むしりの仕事に来たのだ。暑いなんて言っていられない。彼の双肩には、足の不自由な妻と幼い乳飲み子の生活がかかっているのだ。
ふと公園の南を通る道路を見ると、見知った顔が走って行った。と言っても、フルフェイスのヘルメットを被っていたため顔は見えなかったが、あれは間違いなく、彼の友人である渡会アユムのスクーターだ。
「おーい、アユ…」
走るスクーターに声をかけようとして、ユウタの声は途切れた。アユムのスクーターの後ろを、見慣れないバイクが走っていたからだ。
スチームパンクとでも言うような、明らかに市販のどのバイクとも違う奇妙な形をして、青いカウルをつけ、そして乗っている男性も、青いプロテクター…いや、鎧を着ていた。
その奇妙な光景を呆然と眺めている間に、2台のバイクは走り去ってしまった。そして、残されたユウタは呟いた。
「………何だ、ありゃぁ………!?」
※ ※ ※
時はやや遡る。同日、午前8時…
「ふわぁ…おはようございます、カオリさん…」
あくびをしながらアユムは、キッチンを兼ねた食堂に入ってくる。テーブルの上には朝食が並んでおり、洗い場に向かって調理していたカオリが振り返り、
「あ、おはようアユム、あのね…」
「カオリさんいつもありがとうございます。カオリさんも疲れているのに、毎朝早く起きて、僕のためにご飯を作ってくれて!!」
「あ…うん…」
…本当は、『疲れている』のはアユムの方なのだが…ちなみにアユムはさっき、カオリの寝室から出てきた。
それから2人で朝食を取る。取り留めのない話の間に、
「そう言えばアユム、佐竹さんからご依頼があったわよ。」
「…それって、お急ぎみたいでしたか!?」
ピクっ!カオリの眉が若干動く。
「え!?う、うーん…特に急ぎじゃないみたいだったわ…」
「そうですか…なら、2〜3日したら取り掛かりますね。」
それからアユムは野菜を頬張り始めた。
「………あ、あのさ、アユム…」
「いや〜〜〜カオリさんの料理は天下一品ですねぇ…こんな女性と結婚できるなんて、僕は幸せ者だなぁ………」
カオリの言葉を遮るかの様に言うアユム。
「ごちそうさま!!それじゃあ行って来ますね!!」
食べ終えたアユムがそそくさと席を立って、キッチンを出て行く。
「あ、アユム、待って!!」
それを引き留めようとするカオリ。
「ごめんなさいカオリさん、僕もう行かなきゃ!!」
そう言ってズンズンと工場の中を入口へと歩いて行くアユム。
「待って、アユム!!」
それを追うカオリ。
外に停まっているスクーターに乗ろうとして、アユムはそこに2人の男女がいる事に気づいた。青い革鎧を着た青年と、赤い金属鎧を着た美女。女の方は透き通るようなプラチナブロンドのロングヘアで、しかも耳は長く尖っていた。まるでエルフだ。アユムはこの2人と、一度会った事があった。
「フィリップさん…モリガンさん………!?」
「アユム君…」
「あゆむくん…」
3人は同時に声を上げるが、工場の中から、「アユム待って!!」というカオリの声が聞こえるとアユムは、
「まずい!!すみません、僕、急いでいるのでこれで…」
スクーターを走らせて行こうとする。フィリップは、
「アユム君待って!!…しょうがない。僕はアユム君を追いかけるから、モリガンはカオリさんを頼む!!」
フィリップも自身の魔動バイク…『ツァウベラッド・ブラウ量産型』に乗ってアユムの後を追いかける。
「あーーーっふぃりぽん!!」
一人残されたモリガンだったが、
「アユム待っ………」
工場の中からカオリが走り出てくるのを見て、
「やっほーかおりちゃん!!」
笑顔で耳をピコピコさせる。カオリも彼女に見覚えがあった。
「モリガンさん………」
※ ※ ※
アユムのスクーターとフィリップのツァウベラッドは、仙台西公園脇の道路を走り、広瀬川の河原に降りて来た。それぞれスクーターとツァウベラッドをブリスターバッグとアイテムストレージに収納し、河原を歩きながら話すフィリップとアユム。
「そうか…カオリさんと結婚する事にしたのか…」
以前出会った時、一緒に旅をしていると聞いていたが、やはり収まる所に収まったんだなとフィリップは思った。
「はい…色々ありまして…」
「おめでとう…で、いいんだよな…」
「ありがとう…ございます。」
アユムにとっては様々な紆余曲折と回り道の末に結ばれたのだが、こうなってよかったと思っていた。
「それで…式を挙げようって事になってるんです。秋に、収穫祭に便乗する形で…」
「いいんじゃないか、そういうのも…」
アユムが河原の石を拾いながら、ふと言った。
「ありがとうございます、フィリップさん………」
「ん!?」
「その…自分の世界に帰りたいんでしょうけど、僕の事情に付き合わせちゃって…」
「気にしなくていいよ。」
フィリップは苦笑しながら言った。
「今回はあまりにもヒントが無さすぎるからね。気長にやるさ。それに、こういう事は僕にはうってつけだ。」
フィリップは直角に曲げた針金を2本、両手に並行に持っていた。そのままあちこち歩きながら、フィリップは言った。
「加えて言えば…もしかしたらスティーブ達も、こっちに来てるかもしれないし、まずはあの子らとも合流しないと…」
※ ※ ※
同時刻、『ミレニアム王国』、長町
1台の車椅子が道の真ん中にあり、その側には片手を地面につけ、片手で赤ん坊を抱き抱えた女性がうずくまっていた。
「だ…誰か…」
彼女の両足は太股から先が無く、車椅子は彼女の足代わりだった。その車椅子から何かの拍子に落ち、あいにく周囲に誰もいない中、戻れなくなってしまったのだ。
「誰か助けて…」
女性…小田カナコ…もとい、黒部カナコがか細い声を上げる。そこへ…
「お困りですか………!?」
3人の男女が声をかける。カナコが見上げると、そこにいたのは、鎧やローブを着た、耳の尖った男女…
ウィルとヴィッキーと、エリナだった…
※ ※ ※
同時刻、旧山形県山形市某所…
ウィィィィ………!! ヴィィィィィィ!!!
「「「う………うわぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」」」
3台のツァウベラッドが、数機のアレッツに追いかけられ、4人のバイク乗り達は悲鳴を上げていた。アレッツの方は今では数少なくなった野盗、ツァウベラッドの方は『フリューゲル』と『ブリッツ』と『ヴィント』、乗っているのはスティーブと、ライオスとエミリーと、テレサだった。因みに4人は今回は若い姿のままだ。異世界に転移させられていきなり、全高7mの機械の巨人に追いかけられ、スティーブは叫んだ。
「な…………何でこんな事になっちまったんだぁぁぁぁぁ〜〜〜!!??」




