December's Night, 10P.M.(冬の星座)
本編が夏から秋にかけての出来事だったため、今まで出来なかった冬の星座の話です。
なお、作中でアユムが言っている「冬の星座に明るい星が多い理由」は、あくまでアユム個人の意見であり、天文学の定説ではありません。
西暦2054年、秋…
渡会アユムとカオリは、皆から祝福を受ける中、結婚し、夫婦になった。
そして月は変わり、12月のとある日の夜10時…
アユムとカオリは、2人寄り添い、窓の外の、天然のプラネタリウムを眺めていた。
「今夜も星が綺麗ですよ、カオリさん…」
アユムが言うと、何故かカオリはプクーっとふくれ、
「…こういう時は、『君の方が綺麗だよ』って言いなさいよ…」
星と比べられて綺麗だと言われて嬉しいんですか、アユムはその言葉を呑み込んだ。いかに人付き合いが苦手なアユムでも、これを言ったらカオリの機嫌は却って悪くなる事ぐらい分かっている。それに、最近ではこう言う理不尽な我が儘も可愛いと思える様になって来た。アユムは少し考えて、
「さっきのカオリさんはとっても綺麗でしたよ。」
ボ ン! カオリの顔が真っ赤になる。そして、
ボ ンっ!! 言ったアユムの顔も爆発した。
「~~~~~っ!!!」
ポカポカポカ!!真っ赤になって頬を膨らませたまま、アユムの胸を叩き続けるカオリ。自分にまで精神的ダメージを被るなんて、やっぱりアユムはまだまだ人付き合いが苦手な様だ。
それから2人は、お互い見つめあって苦笑する。窓の外は初冬の寒さだが、2人の周りは36度5分に保たれている。
カオリさんはとても温かく、柔らかい。アユムの左腕が少し重いが…
「それにしても…本当に星が綺麗ね…」
カオリが言った。窓で四角く切り取られているが、それでも南を向いた窓からは、いくつもの明るい星々が見えた。
「冬の星座の方角は、銀河の外側の方角なんです。」
アユムはこの手の話に詳しい。
「あなたと出会って間も無い頃にも、2人で夜空を見上げた事があったわね。あの時は、夏の空で、天の川が綺麗だったわ…」
「夏の夜空の方角は、銀河の中心なんです。ずっと遠くまで星々が広がっていて、それが天の川なんです。冬の夜空は逆に遠くに星が無いんです。それで…ここから先は、僕個人の見解なんですけど…」
そうアユムは前置きした上で、
「冬の夜空は、星があるとしたら、地球の近くにしか無い。だから、明るい星が多いのかも…」
「へえ…」
「それで…明るい星が7つ、見えませんか!?六角形を描いて、真ん中にも1つ…」
「あれ、かしら…」
カオリが細い指で星をなぞる。
「真ん中の赤い星と、左下と左の青白い星を結んだのが、『冬の大三角』です。」
「学校で習ったかも…」
「それぞれオリオン座のベデルギウスと、おおいぬ座のシリウスと、こいぬ座のプロキオンです。」
「オリオン座はあたしでも知ってるわ。えーと………どれだっけ!?」
「ベデルギウスの右下の青白い星がリゲル、ベデルギウスとリゲルの間の、鼓みたいな並びの星座がオリオン座です。こん棒と毛皮の盾を掲げた、狩人。」
「あー、あれが三ツ星かぁ…」
アユムは不思議な人だ。底が知れない人だ。カオリは思った。バグダッド電池やアレッツジェネレータを加工する理知的な一面と、この様に星や星座の話をするロマンチストの一面を併せ持つ。二面性…に見えて、実はそれらの根は同じなのかもしれない。それが何なのかを知るために、彼を一生涯観察し続けるのも良いだろう。カオリの想いを知ってか知らずか、アユムは続ける。
「そのオリオンが対峙する、右上の橙色の星、アルデバランとその周りの星々がおうし座です。アルデバランの周りのV字がヒアデス散開星団、その右隣にうっすら見えるのが、プレアデス星団…『昴』です。」
「えーっと…オリオンと雄牛って、神話的に何か関係あるの!?オリオンが雄牛を倒したとか…」
「…あんまり関係無いですね。おうし座の雄牛は、ギリシャ神話の主神ゼウスが美女エウロパを攫うために化身した白い牛の姿ですから…」
言いかけてアユムはしまったと思う。するとカオリが、
「女のあこがれよねぇ…白馬に乗った王子様も、白牛に化身した神様も…あたしの場合は、蒼いロボットに乗ってたけど…」
「あ、あは、あはは…」
言われてアユムは苦笑しつつ赤面する。
「…言っとくけど、『スーパーノヴァ』に他の女乗せたら承知しないからね!!」
カオリに釘を刺される。ゼウスにとってのエウロパは浮気。そして、夜空には他にもゼウスが浮気のために化身した星座やら、浮気相手やその間に出来た子が星座としてあちこちに残っている。どうやらカオリは、『アユムは女好き』と思っているらしい。何なら冬のダイヤモンドの左上、ポルックスのあるふたご座は、ゼウスの浮気で出来た子だが…言わないほうがいいだろう。
「僕はカオリさん一筋ですよ。」
「…はいはい。」
何度言っても信じてくれない。でも、カオリさんの気持ちも分かる気がする。アユムも時々用事で長町を訪れ、カオリと並んで歩いた時に、周囲の男達からカオリに向けられる熱い視線を快く思えないのだ。
「ま、まあ、星座は元は古代メソポタミアで羊飼いが作った物に、後付けでギリシャ神話が当てはめられたんでしょうから、元々は二本角の獣に対峙する狩人に見立てたのかもしれませんね。猟犬も2匹連れてますし…」
「おおいぬ座と、こいぬ座ね…」
「オリオンの連れている猟犬だって言われてます。」
また一説には、ダイアナの沐浴を見てしまった狩人アクタイオンの猟犬だともされている。アクタイオンは裸を見られたダイアナの怒りで鹿に姿を変えられ、連れていた猟犬に食い殺された…こんな事話したら、またカオリの不評を買いそうだ。事故でカオリの沐浴を見てしまったアユムは逆に彼女と結婚してしまったのだが…
(これって…責任取らされたって事!?)
「!?」
「な…何でもありません!!」
思わずカオリを見つめてしまっていた。僕達は夫婦だ。でもだからこそ、カオリさんの僕への想いが本物なのか、不安になるし、疑ってしまう事がある。そしてカオリもアユムの不安に感づいた。アユムはカオリよりも年下で、しかも本人が自分に自信が無い。だからなのか、自分がカオリの彼氏で本当にいいのか、という不安が常につきまとっている様だ。アレッツで世界を救った『スーパーノヴァ』だと言うのに…
(ただ励ましてもいいけど、そう言えばさっき、恥ずかしい事言われたわね…ならお返しに…)
「アユム…あんたもっと自信持っていいのよ…何たってあんたは、このあたしから一本取った、数少ない一人なんだからね。」
言われてアユムの顔が赤くなる。
「そ、その発言は、武道家としてどうなんですか!?」
「あんたの奥さんとしてなら問題無いでしょ!?アユムったら、あたしが何度『参った』って言っても止まらないんだもんねぇ…」
「………………」
更に真っ赤になるアユムにカオリはクスっと笑うと、窓の外の星々に手を伸ばして、
「アユム…あたしがあなたに会わなかったら、あの星にも、名前がある事なんて知らなかったと思うわ。」
「カオリさん………」
生涯、この不安は消えないだろう。でも…
「…僕も、あなたと出会わなければ、その星を誰かと見上げる悦びを知らなかったと思います…」
生涯かけて、カオリに釣り合う男になろう…
「それで…ダイヤモンドはあと2つあるけど…」
「はい、あの右上の星。おうし座の牡牛の角の先端の、あれがぎょしゃ座のカペラ、その左に2つ並んでいるのが、ふたご座のカストルとポルックスです。」
「えーと…あれかしら!?」
そう言いながら、カオリは上体を起こし、2人を覆っていたシーツがはだけ、
「「くしゅん!!」」
2人は揃ってくしゃみをし、互いを見つめて苦笑いする。
「…やっぱり、パジャマを着ましょうか。」
「そうね…さすがにこの季節だと寒いわ…」
愛する人と、過ごす夜。愛した後に、過ごす夜。
朝は、まだ何時間も先である…




