北極星の指す下へ
『ダイダラボッチとワタライ様信仰』
北海道〇〇郡に、渡会村と呼ばれる村がある。元は別の名で呼ばれていたらしいが、少なくともSWD後には、現在の村名になったらしい。
(中略)
この渡会村には、ダイダラボッチに関する伝承と、村名の由来となった『ワタライ様信仰』なる土着宗教がある。
(中略)
伝承によると、ある日、巨人ダイダラボッチがこの村に現れ、巌の様な拳で村人達を殴り、巨木の様な脚で村人達を蹴ったとされる。怪我人や死人が相次いで困り果てた村人達は、ワタライという名の大人しく気の弱い美少年をダイダラボッチの生贄に捧げ、自分達は安寧を得ようとしたところ、ダイダラボッチはワタライをたいそう気に入り、七日七晩殴る蹴るの暴行を加え、八日目の朝が開ける頃、ワタライは死んでしまったという、それ以降ワタライは怨霊となり、七年七月の間、村に毒の雨を降らせ、畑仕事も漁も出来なくなった村人達は困窮し、ダイダラボッチの時以上の死人が相次いだという。
それでも己が罪を認めぬ村人達に、ある日、羽根を生やした天の遣いが現れ、村人を次々に殺してまわった。生き残ったわずかな村人達は、ワタライ様を祀る事で、ようやく赦しを得た。
以降、『自分達はワタライ様を見殺しにした咎人であり、この世で自分達が受けるありとあらゆる災いや不幸は、全てワタライ様による罰である』という、『ワタライ様信仰』が生まれたという。
(中略)
この信仰では、まず、『ワタライ様』が選ばれ、『ワタライ様』に選ばれた者は、他の村人達から、ありとあらゆる肉体的、心理的暴行を受け続ける。日照りが続いた、雨が続いたと言っては殴られ、夫とケンカした、道を歩いていたら転んだと言っては蹴られる。彼等にとってこの世の全ての災いや不幸は、『ワタライ様』が下しているのだから。『ワタライ様』はやがて暴力による怪我の悪化や心を病んで死んでしまうが、その場合は新たな『ワタライ様』が選ばれ、村人の不平不満のはけ口にされる。
(中略)
本伝承の奇妙な点は、古代において大和朝廷の支配が及んでいなかったはずの北海道で、日本神話由来のダイダラボッチにまつわる伝説が存在している点と、他の神話では山を作ったり湖を作ったりする等、人間に対して中立、あるいは益なす存在であったダイダラボッチが、明確に悪役として描かれている点、そして、伝承の途中でダイダラボッチはフェードアウトしてしまう点、『ワタライ様』が信仰の対象であると同時に畏怖の対象でもあり、また、『ワタライ様』と同様に信仰と畏怖の対象となっても不思議ではないダイダラボッチについてはその後一切触れられない点、唐突に現れた天の遣いが、日本と言うより西洋の天使風だと言う事が挙げられる。この、『ワタライ様』が信仰と畏怖の対象である点については、他の怨霊への信仰と同様、自分達に害なす存在を信仰の対象とし、祀る事によって加護、あるいは赦しを得ようという精神も存在するのかも知れない。
(中略)
前述の理由により、ワタライ様は多くの場合、余所者、あるいは村の嫌われ者…ワタライ様信仰を否定したり、先代のワタライ様を庇う等した者が選ばれる。このため周囲の村々に住む者達の間には、『渡会村には近づくな』という暗黙の了解があり、結果、渡会村は近年に至るまで、SWDの復興からも取り残されて来た。また信仰を守るためか、渡会村の村民は村外への移住を固く禁じており、村民はたとえワタライ様に選ばれても、村外へ逃げる事は稀である。同様の理由により、渡会村の村民に直接取材を行う事が困難であったため、本著を書くにあたっての情報収集はワタライ様に選ばれた、ワタライ様信仰に疑問を持った等の理由で、渡会村から逃げてきた数少ない者達へのインタビューによってのみ行われた。ただし彼等の口も非常に固く、特にワタライ様信仰については限定的な供述しか取れなかった。その点はご容赦願いたい。
(中略)
いずれにせよ本伝承、本信仰の中心はダイダラボッチではなくワタライ様であり、従って本伝承の根幹はダイダラボッチによる国造りではなく、祟り神であるワタライ様にある。であれば、前述の他の怨霊信仰が、史実にまつわる物である様に、本伝承も基となった何等かの事件があったのかもしれない。この点については、SWDによって、それ以前の資料の多くが失われた事が悔やまれる。
(中略)
一説によると本信仰はSWD後の混乱と不安のはけ口を求める人間心理によって作られた、一種の弱者迫害、いじめであるとされており、だとしたらこんなに馬鹿げた話は無い。
(後略)
※ ※ ※
パタン… 『ダイダラボッチとワタライ様信仰』と銘打たれた本が床に落ちた。その近くにはデッキチェアに座ったまま眠る青年。窓の外はひたすらの暗闇。ここは列車の中だ。
『ご乗車のお客様に申し上げます。只今本車両は新青函トンネルの最深部を通過しました…』
車内アナウンスにも青年は眠ったままだ。トンネルに入り、車窓の景色が見えなくなったために本を読み始め、それにも飽きて眠ってしまったらしい。
青年の上着のポケットのスマートフォンのメーラーには着信が1件。トンネルに入る前に受信した『桂へ』というタイトルのメールで、最後は『気を付けて旅を楽しんでおいで。くれぐれも危ない場所や物には近づかないでね。父より』と締めくくられている。
青年は、あと1時間足らずで、自身のルーツの一端である北海道の地を踏む事になる………
※ ※ ※
※ ※ ※
西暦2053年末、『ジョシュア王国』…
「久しぶり………だな。」
舞鶴アカネは言葉を選びつつも、そう言った。彼女の目の前には、壮年男性と少女。アカネの元夫と、娘である。
「久しぶり………だね。危険な仕事なのは分かっているけど、無理してないだろうね…!?」
男性…元夫も、言葉を選びつつ、そう言った。
「今日は………これを届けに来たんだ…」
そう言って、アカネは後ろに置いていた物を出す。大量の紙オムツ。そして、赤ん坊用と思しき、手縫いの衣服。
「これは………!?」
元夫が言うと、アカネは、
「こういう時代だ。この様な物でも入手には苦労するだろうからな。服も、男の子でも女の子でも着れる色を選んでおいた。どうか………今度こそ幸せになって欲しい。」
「………」
ポカーンとしたまま、状況の読めない元夫。続いてアカネは娘の肩を抱き、
「お前もしっかりしないとな。もうすぐお姉ちゃんになるんだし………」
しかし、娘も呆然としたまま、
「お母さん………お父さんと、縁りを戻すの………!?」
「え………!?」
どうにも話が噛み合わない事に気付くアカネ。そこへ、1組の男女………以前、元夫と娘と一緒に歩いているのを見かけた妊婦と、自警団の制服を着た男性がやって来る。
「兄さん………お客さんなの!?………お義姉さん!?」
妊婦がそう言う。兄さんに、お義姉さん!?そう言えばこの女性は、元夫の妹だ。妊娠とSWDで雰囲気が変わってて気づかなかった。
「お義兄さん、留守の間、妻を預かってていただいてありがとうございます………ま、舞鶴団長殿!!」
自警団の制服の男性がそう言って、最後にアカネに敬礼をする。この男は自警団の団員で、アカネの部下だ。栃木…『ユニバレス連合』へ遠征に行った際も連れて行った。アカネの元夫の妹のそのまた夫だと聞いていたが………
「………お互い非番だ。敬礼は無用だ。」
アカネは男を制しながら、内心、苦い顔をする。遠征中に、彼の子を身籠っていた妻を、実家である兄…アカネの元夫の許へ、預けていた!?栃木遠征の何日か前から、団員は皆、準備で詰所に泊まり込んでいた。元夫と、娘と、妊婦の妹の3人で歩いていたところを、たまたま目撃した、つまり………
…全部、アカネの勘違いだった………!?
「………」
無表情のまま、口角をひくつかせるアカネ。不意に妊婦がうずくまる。
「痛たたたたた………」
「え!?これって…」「もしかして………」
動揺する元夫と自警団の男。
「予定日は…近かったのか!?」
アカネが尋ねると、2人は、
「あわわわわ…」「ど、どうすれば………」
ただただひたすら、慌てふためく。
(やれやれ、これだから男は………)
アカネは内心苦笑すると、
「2人とも上着を脱いで担架を作るぞ!!助産婦の手配はもうしてあるんだろうな!?」
2人の男を一喝する。
「私が先導する!お前は頭の方を持て。奥さんを見ていてやれ!!」
「りょ、了解しましたぁ!!」
それから、娘も含めて4人で助産婦の下へ妊婦を連れて行き、夜が更け、朝日が登る頃、
大きな産声とともに、1つの新しい命が誕生した。
赤ん坊を抱きかかえ、妻を労う男。やがてアカネの方を向き、
「お願いします、舞鶴団長。抱いて…あげていただけませんか!?」
「わ、私がか!?」
「私からもお願いします。お義姉さん………」
義妹からもそう頼まれ、アカネは赤ん坊を抱き上げる。慈愛に満ちた笑みを浮かべるアカネに、元夫は意を決した様に、
「なあ、アカネ………」
「な、何だ………!?」
「話が………あるんだ。以前から考えてた事なんだが………」
旧姓、舞鶴アカネ、元夫と復縁。後に第二子の産休、育休のため、2年間の休職に入る。
※ ※ ※
※ ※ ※
西暦2054年、春、名取川河畔………
ついさっきまで、『スーパーノヴァEX』とダイダ・ホワイトドワーフの戦闘が行われていた場所に、奇妙な物体が転がっていた。巨大な左腕………戦闘の最初期に、『スーパーノヴァEX』に斬られた、ダイダ機の左腕だ。斬られた肘から新たに『天使』アレッツの腕を生やす事を選んだため、そのまま放置されていたのだ。
時刻は深夜………ダイダ機の左腕の指が、ピクっと動く。くるっ!手のひらを上に向けていた左腕が反転し、手のひらが下になる。
むくむくっ!!左腕の上になっている部分が瘤のように丸く盛り上がると、ついには腕に匹敵する大きさになる。その中心が横に切れると、上下に開き、中から金色の単眼カメラアイが現れる。
カタツムリの様なウミウシの様な、不気味な形になったそれは、最早自分が何者で、何に憤っていたのかを忘れてしまっていた。しばし夜空を見上げていたそれは、やがてズルズルと地を這うと、じゃぽん!と、近くを流れていた名取川へ飛び込むと、ジャブジャブ…と、流れに乗って川を下って行った。
川の行き着く先は仙台湾、そこから太平洋に出て北上すると、北海道がある…
※ ※ ※
※ ※ ※
日時、場所、不詳………
1台のバスが、高原に伸びる一本道を登っていた。バスの左右には、高い高い雪の壁。何mも降り積もった雪の、このバスが通る道の部分だけ除雪したかの様だ。
雪の壁に入るまで、左右の車窓には、荒涼とした湿原の風景が広がっていた。高原特有の背の低い草むらの間に、広くて浅い池の様な物が点在している。まるで餓鬼界に堕ちた亡者どもが、終わらぬ飢えを満たすために作った粗末な田んぼの様だった。
バスには、『彼』しか乗っていなかった。運転席は『彼』には見えないが、誰か座っているのかも分からない。
『彼』は何故このバスに乗っているのか、いつからこのバスに乗っているのか、分からなかった。気づいたら、このバスに乗っていた。その前の記憶は………自分に挑もうとする、蒼い鎧武者の様な巨人の姿。そして自分は………6本の腕を生やした、白い天使の様な巨人に乗っていた。
程なくしてバスは、大きな建物に到着する。バスが停まったので、『彼』はバスを降りる。ふと、運転手が乗っているのか確かめるのを忘れていた事に気づいた『彼』は、後ろを振り向いたが、そこにはもうバスは消えていた。
もう、元いた場所へは帰れない事に、『彼』は気付く。
建物を出た『彼』が見た風景は、目の前にそびえる高い山。日差しが強いのに薄ら寒い事を考えると、あの山の標高は3000m近いのかもしれない。何故か神々しさすら感じる。
そして、左手の道を下ると、血の池を思わせる大きな池の側を通って、火山性有毒ガスが吹き出す谷へと至る。草木1本生えていない、青や緑の不気味な水たまりと、硫黄の黄色があちこちに点在し、中央には吹き出す硫黄が作った何mもある黄色い塔。まるで、地獄だ。とすれば、先程見た山は、極楽か。
山の上の、極楽と地獄。死んだ者は皆、ここに至る。
そして…ここには、『彼』以外、誰もいない。
生まれてこの方ずっと苛まれていた他者からの迫害からようやく解放された『彼』は、この極楽と地獄に一番近い場所で、大きく伸びをした。
※ ※ ※
※ ※ ※
西暦2053年、11月、『北斗七星作戦』当日、
北海道、アユムの故郷の街………
東京で行われている一大決戦は、謎の配信者『ウォッチャー』によって、山も海も隔てたこの様な場所にまで伝えられていた。
当初は7機7色のアレッツと、1000機近い迎撃部隊との戦闘が、場面を度々変えて配信されていたが、途中から雰囲気が変わってきた。7機のアレッツの抵抗虚しく、宇宙へ飛び立たんとしていた宇宙船『アルゴ』が、突然上昇を停止し、天使の様な死神の様な、異様な形へと変貌して行ったのだ。
「何だ、ありゃぁ!?」「地球人を皆殺しにするって…」「いじめの復讐だっても言ってたな………」
途切れ途切れの電波では、断片的な情報しか伝わらない。
「………渡会だ!」
誰かがボソっと言った。
「渡会が…俺達がいじめたのを根に持って、俺達を殺して復讐しようとしてるんだ!!」
次の瞬間、
皆の見ていた画面はホワイトアウトし、新宿副都心のビルの残骸は、残らず蒸発した。
しばしの沈黙、その後、
「うわぁぁぁぁぁ!!」「わ、渡会だぁぁぁ!!」「渡会が来るぅぅぅ!!」
村中を、ありとあらゆる悲鳴が飛び交った。
「あいつは真っ先にここに来るぞ!!」「また毒の雨を振らせて街を滅ぼすぞ!!」「バカ!!そんなんじゃ済まないだろう!!あの動画見たろ!?」「お、俺達はどうなるだ…!?」
そして、誰かが、未だに広場に置かれていた、『DHMO』と書かれた散水弾ににじり寄り、手揉みしながら深々と頭を下げる。
「頼む、渡会…渡会様………もう堪忍してくれぇ!!」
それを見ていた他の者も、楽になりたい一心から真似し出す。
「渡会様、お許し下さい!!」「渡会様!!お怒りをお鎮め下さい!!」
もちろん、東京を焼いた『天使アルゴ』は、アユムのアレッツでは無い。だが、極限状態においては本当の真実より大きな声で語られた偽りの方が真実だった。
「渡会様、渡会様、怒りをお鎮め下さい!!」「渡会様、渡会様、我らをお赦し下さい!!」
皆、競い合う様に祈り始める。が、それで不安は収まらず、却って募るばかりだ。その時、
バキっ!! 一人の女性が、隣にいた男の頭に、側に落ちていた大きな石を振り下ろした。男は頭から血をどくどくと流しながら倒れる。周囲の者も、女の異様な行動の意図を計りかねた。女は、アユムの中学時代の担任だった元女教師だ。彼女は血走った目で叫ぶ。
「みんなよく聞けぇぇぇぇぇっ!!私達は、渡会様をぞんざいに扱った咎人だぁぁっ!!この世で私達に降りかかる全ての災いと不幸は、全て私達の罪への罰として、渡会様が下された物だぁぁぁっ!!そして…」
狂乱の女教師は両手に持った石を、再び倒れた男の頭に勢いよく振り下ろし、叫ぶ。
「こいつが渡会様だぁぁぁぁぁっ!!!!!」
呆気にとられていた他の者達だったが、
「お、おう、そうだ!」バキっ!!「こいつが渡会様だ!!」ベキっ!!「こいつのせいで、俺達は!!」ドスっ!!
村人達による集団リンチが始まった。とにかくみんな、一刻も早く楽になりたかった。
「渡会様、渡会様、怒りをお鎮め下さい!!」バキッ!!「渡会様、渡会様、我らをお赦し下さい!!」ドスっ!!
やがて、血の入った頭陀袋になった男が事切れると、「今度はこいつが渡会様だぁぁっ!!」誰かが、他の誰かを殴り始めた。
こうして、渡会様と決めつけられた者を集団で殴る蹴るの暴行で殺し、死んだらまた新たな渡会様を選ぶという、集団による一方的な暴力の狂宴を、村人達は繰り返した。やがて…
いつの間にか沈んでいた日は朝日になって再び登り、白々と照らす中に広がるは、
血の海に転がる、何十体もの死体の中で、腕と言わず足と言わず、身体じゅう血まみれの、数人の村人…
自分達が何をやっても贖いきれない大きな罪を背負ってしまった事に、ようやく気づいた彼等は、再び『DHMO』のご神体ににじり寄り、祈った。
「「渡会様、渡会様、怒りをお鎮め下さい、渡会様、渡会様、我らをお赦し下さい…」」
※ ※ ※
※ ※ ※
西暦2054年、秋、『ミレニアム王国』…
1組の男女が、結婚式を挙げた。
タキシードを着たアユムは、壇上で緊張の面持ち。
式自体が収穫祭への間借り、料理は参加者全員で持ち寄り、衣装は貸衣装屋の廃墟から掘り起こした物、指輪に至っては、河原で拾った天然石を研磨し、廃材の銀を溶かした新郎の手造りだ。
やがて、花嫁が現れた。ウェディングドレス姿の、カオリだ…
皆の拍手と羨望の眼差しの中、しずしずと歩を進め、アユムの隣に立つカオリ。
きれいだ…アユムは思った。
誓いの言葉、指輪の交換…式は粛々と進む。誓いの口づけ…普段勝ち気な花嫁が真珠の涙を溢した。そしてカオリがブーケを投げると、それは過たず、車椅子に座ったカナコの太腿の上に落ちた。ブーケを手に少し頬を赤らめてユウタを見つめると、彼女の夫の顔は青くなった。どうやら来年の収穫祭の挙式予定者は決まったらしい。
式のフィナーレ。アユムはカオリと並んで、一辺が30cmくらいのカバンを取り出し、叫ぶ。
「「ブリスターバッグ、オープン!!」」
濃紺色に金の差し色が入った、鎧武者の様なアレッツが現れ、参加者一同がどよめく。アユムとカオリは消え、タキシードとドレスのまま、アユムはパイロットシートに、カオリはリアシートに座る。
「行きますよ、カオリさん!!」
「ええ、アユム!!」
アレッツは腰の飛行ユニットを展開させ、宙に浮き、空の彼方へと飛んで行く。
目指すは、北、北海道。アユムの両親と、祖父が眠る地へ。彼等の墓前で、この女性が僕の好きな人ですと告げるために………
完
※ ※ ※
※ ※ ※
※ ※ ※
西暦2057年、春、宇都宮駅…
一組の親子が、子の巣立ちの時を迎えていた。
佐藤ヒスイ、ハジメ母子である。
ハジメの元の姓は小鳥遊だったが、ヒスイの養女となり、『ユニバレス連合』の自警団に勤めつつ、学校にも通った。
中性的な美少女に成長したハジメは、『ビッグ・ディッパーの青』である事も含め、学校では男女問わず人気者だった。
その学校も、SWD後の空白期間によって本来の年齢より1年遅れではあるが、この春卒業した。
母と子は、最後にもう一度抱き合った。互いに重ね合った絆と思い出が、何物にも替え難い贈り物だ。
ハジメは列車に乗り、ヒスイ夫妻はホームに残り、ドアが閉まり、列車が動き出す。
ヒスイと、その夫は、しばし走る列車を追いかけてホームを駆け、ホームの端で立ち止まり、一筋の涙を流した。
ハジメは母と父の姿が小さくなるまで見届けると、ようやく自分の席へと移動した。
少女の希望を乗せて、列車は北へ走る。寒いけど、温かい人達が待つ地へ…
※ ※ ※
仙台駅西口…
駅を出たハジメは、街を歩く。大きな街だ。私は今日からここで生きていくのだな、ハジメは感慨深く思った。街角で男性が拡声器を持って呼びかける。
『来たる、「ミレニアム」国会議員選挙には、何卒、この黒部ユウタに、清き一票を…』
程なくしてハジメは、小さな工場にやって来た。手書きの看板には、『渡会工房』と書かれている。
「ごめんくださーい。」
ハジメが言うと、奥から一組の男女が出て来た。男性はツナギを着て眼鏡をかけた、優しくて芯の強そうな人、女性は気の強そうな美女だ。
「ようこそ、ハジメちゃん…いや、もうハジメさん、か…」
「ごめんなさい。あたしもアユムも手が離せなくて、駅まで迎えに行けなくて…」
渡会アユムと、カオリである。
「いえ…おかげでこの街を見る事が出来ました。すごく、大きな街ですよね。」
ハジメは言うと、アユムも、
「ああ…度重なる災害をも物ともせず、何度も立ち上がった、素晴らしい街だよ…」
ハジメは今日から仙台で、この工房で生きて行く。返済不要の奨学金制度を利用して高校に通いながら、アユムに弟子入りし、エンジニアになる勉強をする。
「…まあ、大変な事も多いだろうし、僕自身、弟子を育てるのは初めてだけど、お互い、協力しあっていこう。」
「はい、アユムお兄ちゃ…師匠!!」
「だーーうぅーー!?」
不意に奥の方から可愛らしい声がした。見るとそこには、1歳くらいの赤ん坊が、柱につかまって立っていた。もし、アユムの両親や祖父が見たら、『この子は幼い頃のアユムとそっくりだ』と思ったろうし、カオリの両親が見たら、『この子にはカオリの面影がある』と思ったろう。ハジメはこの赤ん坊と、ビデオ会議越しではあるが会った事があった。
「ああっ!!ケイ!?」「ケイちゃん…後で会わせようと思ってたのに、出てきちゃったの!?」
父と母の言葉に、ケイ…渡会桂は、クリクリした目を見開いてハジメを見つめ、コテン、と、首をかしげる。いつもは画面の中にしかいないお姉ちゃんが、今日はどうして外にいるんだろう!?
次の瞬間、
「きゃわ〜〜〜!!」
歓声を上げながら、ケイは、まだおぼつかない足取りで、てち、てち…と、ハジメに歩み寄ってきた。お姉ちゃんが画面の外へ出てきてくれて嬉しいよ!ぼくもパパやママみたいに、足だけで歩ける様になったんだよ!!
こてっ! ケイは途中で転んだ。ハジメ達3人が心配そうに見つめる中、ケイは泣きもせずにゆっくりと立ち上がり、再びてち、てち…と歩き出す。
「おいで、ケイちゃん!!」
ハジメは身を屈めて両手を広げると、ケイはハジメの腕の中に飛び込んで行った。歓声をあげるケイを、そのまま抱き上げるハジメ。
「私達、これから一緒に住むんだよ、よろしくね、ケイちゃん!!」




