25ー17 ささやかな事件
薄暗いカオリの寝室の、床の上には、むしり取られて散乱したカオリのパジャマ…
「………ま、まあ、お互い初めてだったんだし、こんな物だよ……………あんたが、初めてだったんだよ、あたし………こ、こういうのは、回数を重ねないと上手くならないって………な、何、言ってんだろ、あたし………」
床の上には、脱ぎ捨てられたアユムのパジャマ…
「あ、あんたやっぱり男だったんだねぇ…あは、あはは…………あたしも、女なんだよ………」
床の上には、脱ぎ散らかされた、2人分の下着…
「…それにしてもあんた、いつの間にあんなの手に入れてたの!?そんなにあたしとしたかったの!?このスケベ!!………分かってる。あたしの身体、気遣ってくれたんだよね………」
ベッドの上には、アユムとカオリ…カオリはうつ伏せでベッドに両肘をつき、アユムの方を見ている。アユムは仰向けに両腕を後頭部に回して、天井を見つめている。
「………あたし、どうだった!?何か変じゃなかった!?ねえ、アユム…!?」
ここだけ見ると、まるで映画のワンシーンの様な光景。だが、つい数十分前まで繰り広げられていたのは、プロレス張りのドタバタだ。カオリの協力もあり、何とか様になった程度の…
カオリは普段より饒舌に喋り、アユムは黙って天井を見つめたまま、微動だにしない。
「ねぇ!アユム!!黙ってないで何とか言ってよ!!このままじゃあたしがあたしじゃ無くなってどうにかなりそう!!」
「カオリさん…」
それまでずっと黙って微動だにしなかったアユムが、ベッドの上でゆっくりと半身を起こし、カオリを見つめ、
「…僕と、結婚してくれませんか!?」
「…え!?」
カオリがその言葉の意味を理解するのに数秒を要した。そして、
「………何、言ってるの!?」
ぽかんとしたままそう言った。
「だ…だめ…!?そ、そう…やっぱりだめだよね、僕なんかじゃ…」
慌てて取り繕うアユムに、カオリは、
「そうじゃなくて…それ、今までと何が違うの!?」
「え…!?」
「だってあたし達、もう一緒に住んでんだよ!?言っとくけど今更出て行く気なんて無いからね。」
「え…えーっと………だから法律上でも夫婦になって…」
「もう日本の法律は機能しなくなってるの知ってるでしょ!?『ミレニアム』の憲法も絶賛整備中だし…」
「役所に届けを…」
「市役所も区役所も廃墟よ。こないだ片付けを手伝いに行ったんでしょ!?」
「ふ………夫婦生活を………」
「セッ○スの事!?もうしちゃったわよね!?ついさっき、あたし達、結婚もしてないのに!!」
ガバっ!!思わず起き上がってアユムに迫るカオリ。カオリの全身を二度見して思わず赤くなるアユム。
「何、思い出してんのよーーー!!」ポコポコポコ!アユムを殴るカオリ。
「その…何て言うか…」殴るカオリの手を両腕で受け止めながら、アユムは言う。「…僕とずっと一緒に生きてくれませんか…!?」
「え………!?」
殴る手を止めるカオリ。
「…僕は、やっぱりカオリさんの事が好きです。今回の事で、改めてそう思いました。あなたとずっと一緒に生きて行きたい。あなたを失うなんて考えられない。あなたのためなら、僕はどんな事も出来るし、あなたとなら僕はどんな事だって出来ると思います。」
「………」
ゆっくり、振り上げた両手を下げるカオリ。
「僕じゃ頼りないかもしれませんが、あなたと釣り合う男になってみせます。この工場も、もっと盛り立てますし、4号車も、必ず引き取り手を見つけてみせます。部屋も………出来るだけ片付けるようにします。だから…」
アユムは両手てカオリの左手を握り、
「………僕の、人生という旅の道連れになってくれませんか………!?」
ぶ わ っ!! 次の瞬間、カオリの両目から大粒の涙がいくつもいくつも流れ落ちた。アユムは慌てて、
「か…カオリさん…!?ご、ごめんなさい…そんなに嫌でしたか…!?」
「違う、そういうのじゃなくて…」
両目からこぼれる涙を右手で拭いながらカオリは、
「…嬉しかったの………だってあたし、ずっと女子校で、並の男より腕っぷしが強くて気も強くて、生涯初の彼氏は投げ飛ばしちゃったし、だから………あんたと…男の人と結ばれて、プロポーズされるなんて………
………あたしにこんな日が訪れるなんて、思ってもみなかったの………!!」
(あ………!!)
アユムは思った。人付き合いが苦手で、女の人と付き合うなんて一生無理だと思ってた。けど…
「あたし………あんたより年上だから、あたしがあんたをリードしないとって…それで、み、ミニスカ履いて誘惑しようとしたり、そのくせ、あんたに迫られてら、また投げ飛ばしちゃって…」
(…それはカオリさんも多かれ少なかれ同じだった…)
恐らくは、これまでにこの地球で生まれた、何組もの番達も、きっと………
「アユム………あたし、本当に面倒くさい女だよ…!?それでもいいの!?」
「あなたじゃなきゃだめなんです。」
「アユムぅぅぅぅぅ〜〜〜!!」
アユムの胸に顔を埋めて泣きじゃくるカオリ。そんなカオリの髪を撫でながら、アユムは、
(僕より年上の、気の強い恋人。僕も彼女も恋愛経験は皆無。僕自身、人付き合いの苦手意識を完全に克服出来たとも思えない。
世の中は宇宙人が壊してグチャグチャ。頼れる大人もいない。素人経営の工場で2人食べて行かなければならない。
そして、再び落ちて来た星、戻って来てしまった星落としの大砲。
僕のこれからの人生は、何から何までが、端っから過ぎた挑戦、苦労と苦難の連続だ。ダイダの事は、それがたった一つ減ったに過ぎない。でも、夜空に星は見えている。だから…)
「カオリさん…僕達の平穏と安寧は、僕が必ず守りますよ…たとえどんな手を使ってでも、ね…」
「アユム…2人で、がんばって行こう…」
「焦る事は無いですよ。僕らの関係を、僕らのペースで、築き上げて行きましょう。」
「うん………」
「あ、そうだ!!」
不意にアユムはシーツの端をつまみ、裸でベッドの上にペタンと座るカオリの頭にかける。まるでドレスのベールの様に…
「…せめて結婚式挙げませんか!?富士野先生に仲人をお願いして、ユウタやカナコ、みんなを呼んで!!」
「アユム………」
カオリの顔が上気する。そしてカオリは、
「あんた何考えてんのよぉぉ!!この工場2人が食べてくだけでギリギリなのよぉぉ!!あたしがどんなに苦労してるか分かってんのぉぉ!?ウェディングドレスもチャペルも牧師さんもどこにいるのよぉぉ!?指輪も披露宴のごちそうも、用意したらあたし達破産よぉぉぉぉっ!!!」
怒ってアユムの首根っこ掴んでぐらんぐらんぐらん………
「そ………そう…洋式が…いいんです…ね………」
…そう言い残すと、ついさっき、カオリを女にした男は、彼女の腕の中で、「きゅぅ…」と、情けない声をあげて気を失った…
「あーーーっ!!アユム〜〜〜!!!起きてよ〜〜〜っ!!返事してよ〜〜〜っ!!」
工場の周りが無人の廃墟でなければ、さぞ近所迷惑だったろう叫び声を上げるカオリ。果たして2人の旅路に、本当に平穏と安寧は訪れるのだろうか。
※ ※ ※
時に、2054年、春…
地球は、少しずつではあるが、平和を取り戻しつつあった。
少なくとも、その片隅の小さな街で、一組の男女が結ばれるという、ささやかな事件が起きる程度には………




