25ー15 さまよえるダイダ
『星落とし』の直撃を受けたダイダ・ホワイトドワーフは、文字通り全身を焼かれる感覚に身を捩った。
『グェアァァAAAAA〜〜〜っ!!!』
装甲が溶けて削れていくが、溶けて削れた先から再生し、また削れてを繰り返す。その内に荷電粒子の嵐の一部が装甲を貫いて内部の骨格を侵し始める。だがそれすらも失った先から再生して行く。
止まない荷電粒子の激流から身を守ろうとする自己防衛反応で、正面の装甲だけが岩のように厚く硬く再生されるが、蒼いアレッツの持つ大砲から発せられる荷電粒子の嵐は、その分厚い装甲すらも削って行く。
ついに、ダイダ・ホワイトドワーフの再生能力は『星落とし』の破壊のスピードに負け、本来の形での再生を諦め、ウネウネと何本も伸びるパイプや、ささくれ立った枯れ葉の様なフレームが全身を覆う様になる。照射開始からもう何分経っただろうか、だが『スーパーノヴァEX』のエネルギーは尽きる様子が無い…
※ ※ ※
時は今より2ヶ月程遡る。西暦2054年、春先、新宿副都心跡地…
『グェーーーっフッフッフ!!ついにぃ〜〜〜つぅいぃにぃ〜〜〜手に入れたずぇぇぇぇ〜〜〜っ!!』
不気味な雄叫びが無人の廃墟に響き渡った。雄叫びの主は言わずと知れたダイダ・ホワイトドワーフだ。
『こるるぇでぇ、俺は不死身だぁぁぁぁぁ〜〜〜っ!!もう渡会には負けなぁぁぁ〜〜〜い!!』
人間の中学生だった頃は、テスト勉強はおろか、机に5分と座った事が無かったダイダが、一冬かけて『天使アルゴ』から再生能力を習得してしまったのだ。
ダイダ・ホワイトドワーフは行き掛けの駄賃に『天使』の残骸をマテリアル変換すると、単眼カメラアイで遥か北を睨んだ。
『待ってるるぉよ渡会!!お前をブっ殺してやるるかるるぁなぁぁ!!』
※ ※ ※
数日後、大宮…
ダイダの旅は始まった途端に終わりを迎えた。
上半身と下半身を支える4本のパイプを斬られ、ダイダは倒れた。目の前にいるのは、肩に『V』、『W』と書かれた2機のアレッツと、同じく肩に『R』と書かれたプロトアレッツ…
『ホワイトドワーフだってんで身構えたが…』
『何だこいつ…てんで弱ぇの…』
2機のアレッツのパイロット…『Vの字』と『Wの字』が嘲る様に言うと、『R』のパイロット、医師である折場ダンが、プロトアレッツの背中の操縦席から、
「欲しい薬や消耗品は手に入ったし、こんな奴がいるなら長居は無用だ。引き上げるぞ!!」
3機の駆動音が遠ざかって行く…しばらくして、ダイダ機の腰のパイプはフレキシブルに伸びて曲がると、元通りにくっついた。ダイダ・ホワイトドワーフはムクリと起き上がり、
『グェーーーーっハッハッハ!!!俺は不死身だぁぁぁ!!さぁ、旅を続けっぞぉぉぉ!!』
※ ※ ※
数日後、旧群馬県館林市近辺…
ダイダ機は全身に銃弾の跡を着けて地面に横たわっていた。目の前には数機の朱色のアレッツ。
『舞鶴団長、ホワイトドワーフ撃破しました!!』
リーダー格と思しきアレッツが通信を行う。
『遅い!!帰ったらシミュレーションのやり直しだ!!』
通信機の向こうから舞鶴アカネ団長の声がする。
『了解!!…しかし、大丈夫なのでありましょうか、こんな所で戦闘行為を行って、「ユニバレス連合」や、埼玉の連中を刺激するのでは…!?』
『そこはあくまで我が「ジョシュア王国」領内だ。それに相手はホワイトドワーフだ。害獣退治をして感謝こそされ、非難される筋合いは無い。』
ここは群馬県の県境が、栃木と埼玉の間に角の様に伸びた場所だ。アカネの言う通り、一応、自分達の領内ではある。
リーダー格の朱色アレッツは『りょ…了解』と通信に答えると、部下達を見回し、
『………お前等、「ユニバレス」に見つかる前に撤退するぞ!!』
『『『了解!!!』』』
アレッツ部隊の駆動音が遠ざかって行き、しばらくすると…地面に転がっているダイダ・ホワイトドワーフの全身に空いた穴が徐々に小さくなって行き、ついには穴は1つも無くなった。ダイダは体を起こすと、
『無駄だっつってるだるるぉう………』
※ ※ ※
数日後、『ユニバレス連合』、某所…
「うぉぉぉぉっ!!」ドガガガガガ!!
ダイダ・ホワイトドワーフは蜂の巣にされていた。ダイダ機の周りを、青い雌のケンタウロスが、手に持ったアンブレラ・ウェポン(ガトリング)を連射しながら、輪を描いて走り回っている。
小鳥遊ハジメ機は、東京での戦いで獲得した大量のマテリアルでSSRにグレードアップし、ガトリングの使用上のジェネレータやコンバータの出力や脚部の荷重制限の問題をクリア出来たのだが、ハジメ自身が四脚型に拘ったため、彼女の機体は戦場を縦横無尽に駆け回ってパーティクルの雨を降らす高機動機となった。
『ハジメちゃん、やるぅ…』
側で見ているアレッツのコクピットで、チャラ男が呟いた。冬の間に何やかんやあって、彼は自身の小隊を持つに至り、『ビッグディッパーの青』は、彼の部下になった。
「ゴルフスリーよりゴルフワン!目標、沈黙!!」
ハジメからチャラ男に通信が飛ぶ。
『はいはい…ゴルフワン、確認。こりゃどう見てもスクラップだわ…第七小隊、お仕事終了。全機帰還すっぞ。』
チャラ男の緩い指示にハジメや他の隊員も「了解」と返し、青いアレッツ部隊は去って行く…
しばらくして、蜂の巣になったダイダ機は全身をボコボコと泡立たせて再生して行く。人間だったらホラーの様な光景だ。ダイダ機はムックリと半身を起こし、(また生き返ったぜ)、そう言おうとして、
『また死に損なったぜぇぇ…』
次の瞬間、ダイダはハッとなる。
『お…俺ぁ、何を考えた!?』
※ ※ ※
数日後、旧福島県郡山市周辺、現『アイスバーグ共和国』…
ザクっ!! 胸に猛禽の仮面を着けたオレンジ色のアレッツ…氷山レオ機のパーティクルブレードで斬られ、ダイダ・ホワイトドワーフは再びバラバラにされた。周囲の部下のアレッツには、四脚の獣型に混じって人型の機体も数機いる。
「こちら氷山レオ、領内に侵入したホワイトドワーフは撃破した!」
すると通信機から真面目そうな女性の声が、
『了解。食事の用意が出来てます。直ちに帰還して下さい。』
「おう!いつも済まねぇな、マオ!!それじゃ、人型は俺と一緒にホワイトドワーフの残骸を運んで…」
『ちょっと待って下さい、レオ君!!』
レオとマオの通信に犬飼が割って入る。
『それ、最弱のCですよね!?要りませんよ、そんなガラクタ。』
「いらない!?でも、ホワイトドワーフの足にもアレッツジェネレータが…」
『今時そこいらのチンピラ野盗だってRくらいのには乗ってますよ。うちはレオ君が東京で倒して持ち帰った大量のアレッツジェネレータに加えて、「ジョシュア王国」から輸入された信州産もありますし、周りの村も、どこも欲しがらないと思いますよ、そんなの…』
オレンジ色のアレッツは人型から四脚の鷹…グリフォンの姿に変型し、
「そうか………ならここに放置だな。お前等引き上げるぞ!!」
レオ機は踵を返して空に飛び去り、周囲の部下達の機体もそれに続く。コクピットのレオは、
「しかし………あの黒いアレッツ、どこかで見た様な気が…」
とは言え、野盗アレッツの襲撃は日常茶飯事のこのご時世、弱すぎるホワイトドワーフの事なぞ、福島の首脳会談の頃にはすっかり忘れていたレオだった…
※ ※ ※
夢を…見ていた。
まだ中坊だった頃の、もう何年も前の、遠い北海道の故郷の街。その小さな公園に、何体ものロボットのプラモデルを地面にバラ撒いて、ゲシ!ゲシ!!太い脚で踏んづけて行く。バラバラに潰れたプラモデルは、気づけばバラバラになった黒いアレッツだった。見上げればバラバラになった俺を、不気味な笑みを浮かべて見下ろしているのは俺自身だ…いや、冷たい目で見下す渡会だ!渡会の手には火の着いたライターを持っており、ポイ…渡会はそれを落とすと、手足をもがれてバラバラになったダイダ自身が火だるまになる!!熱ぃ痛ぇ熱ぃ!!!
『ハっ………!!』
ダイダの意識は回復した。機体を斬られた跡は、きれいさっぱり消えている。
『………』
虚しく空を見上げるダイダ。あと何回、こんな事が続くのか…そして、さっき見た夢は…俺は、渡会にずっとあんな事をしてたのか…!?
生まれて初めて手に入れた、倫理観と罪悪感が、ダイダの精神を蝕んだ。
そして、生まれて初めて手に入れた論理的思考で、ダイダは理解した。
『俺ぁ、不死身だ。どんだけ傷つこうが生き返る。だが、アレッツとしては最弱だ。だから…俺はこの先、何度も死んで生き返ってを繰り返す運命だ………』
ダイダはふと右手を見つめる。右拳に3つ並んで開いている銃口…アレッツの標準装備の、ナックルマシンガンだ。威力は弱く、アレッツを傷つける事は出来ない。だが…
ダイダ・ホワイトドワーフは右拳を自身の単眼カメラアイに向ける。マシンガンの銃口深くまでよく見える。
タタタタタっ!!ナックルマシンガンのトリガーを入れる。銃口深くから飛び出た無数の弾丸が段々迫って来て…視界にバキバキのヒビが入り、カメラアイは、中に収納されているダイダの首ごと吹き飛ばされ、ダイダの意識はそこで途切れる。
※ ※ ※
ダイダの意識は再び回復した。あれから何分経ったのか分からないが、潰したはずのカメラアイは、元通りに戻っていた。
『…ま…まタ………』
ダイダ・ホワイトドワーフはヨロヨロと立ち上がり、再び虚空を見つめ、
『ぐ………グェアァァァァAAAAA〜〜〜!!』
叫んだ。
※ ※ ※
時は巻き戻って、福島首脳会談当日…
ダイダは『ミレニアム王国』に近づいた所で自警団のアレッツ部隊に見つかってしまった。
『グェェェEEEEE〜〜〜!!』 ドンゲンドンゲン…
かつての彼からは想像もつかない悲鳴をあげて逃げるダイダ機。
『やめるrro!!撃つ………NA!!』
だが彼を追いかける数機のアレッツは聞く耳を持たず、パーティクルキャノンで攻撃する。
『ホワイトドワーフだ!!やっつけろ!!』『国民の平和を脅かす、全人類の敵だ!!』『倒して俺達に留守番をさせた奴らを見返してやろうぜ!!』
数刻後、腕をもがれ足を千切られ頭を潰されてダイダ機が倒れると、満足した様に『ミレニアム王国』自警団機達は去っていった。ダイダ機は頭が復元出来たところで、千切れた腕と足を抱えてひょこひょこと移動して行った。
この2ヶ月、何度死んで生き返ってを繰り返したかはもう分からない。
(……俺ぁ化け物だって事ぁ自分で分かってんだ…だかるるぁこっちぁ…目立たねぇ様に…見つかるるぁねぇ様に…逃げてんのに………手前等かるるぁ…石ぃ…投げに…追っかけて…来んじゃねぇよぉ………)
何もかも嫌になって、仙台の南を流れる川にかかった橋の下で隠れ、ようやく腕や足がくっついたところで、上の橋にアユムとカオリがやって来たため、ダイダは歓喜した。
『渡会、ついに見つけた、つぅいぃにぃ会えたぞぉぉぉぉ!!』
※ ※ ※
そして再び現在、名取川河畔の上空…
最早、ダイダ・ホワイトドワーフは、『星落とし』の破壊速度に回復が追いつかず、全身からパイプやらフレームの小枝やらを出鱈目に生やした不気味な姿になって宙に浮いていた。ウネウネ動くパイプの中に埋もれた金色の単眼カメラアイ。
『渡会iiiii〜〜〜ッ!!』
その意識の奥で、ガーガーとワーニングメッセージが鳴っていた。"Material Near Empty"…どうやら、終わりが近いらしい…
『スーパーノヴァEX』のコクピットで、モニターに映った異形のホワイトドワーフを見つめながら、アユムは叫んだ。
「ダイダ!!僕はずっと、自分は人付き合いが苦手なんだと思ってた。でも最近、僕の何がいけなかったか、分かった気がするんだ。
お前と会って、お前との事で、人付き合いが苦手だと思った。それがそもそも間違いだったんだ。
今のお前を見ればよく分かる。
お前は、人間では無かった!!」
『ガァァァァァっ!!』
抗議するかの様にダイダ機が叫ぶ。単眼カメラアイからは冷却材が幾筋も流れていた。
「消えてなくなれっ!!この世からっ!!僕の人生からっ!!!!!」
ダイダ・ホワイトドワーフは、パーティクルの奔流を全身に受けて、段々と先端から溶ける様に小さくなって消えて行く。だが何故かそれが心地よかった。両足が、腕が…最後に単眼カメラアイの頭部だけが残り、それすらも削れて小さくなって行く。消えゆく意識の中、ダイダは思った。
(ああ、俺の思った通りだった…渡会の突かれて嫌がる所は、あのカオリという女だ…あの女にちょっかいを出せば、渡会は本気で怒り、
………俺を、完璧に殺してくれ…る………)
ダイダ・ホワイトドワーフは、塵も残さず消滅し、『星落とし』の銃口から伸びた光の柱も、徐々に弱くなって行き、消えた。
※ ※ ※
同時刻、福島…
エイジの台詞にレオは叫んだ。
「待てよ!!全部そう言う可能性があるってだけの話だろう!?『スーパーノヴァ』がアユムの手元に戻ってる可能性!ミシカルを超えてる可能性!!ヤバい兵器を制限無く使える様になってる可能性!!!」
「その危険な兵器を我々に向ける可能性も含めてな…」
レオの脳裏にマオと、父親の顔が浮かび、慌ててかぶりを振り、
「アユムは一緒に戦った仲間だろう!?」
「彼との付き合いは私の方が長いのだよ。君だって知っているだろう、彼が、友人のために車椅子を造るその手で、ロボット兵器の動力源をスクーターに組み込む様な奴だって!?」
そう言うエイジのブリスターバッグが、ビーッ!と、アラームを鳴らす。エイジはバッグを操作しながら、
「山形の常時監視システムに感があったらしい…」
出た映像をレオにも見せる。映っていたのは、最大望遠に拡大された映像。川の上空で、蒼いアレッツが、光の柱を伸ばした大砲を構えて、異形の怪物を焼いている…
「…どうやらアユム君とは、改めて会合の機会を設けねばならん様だな。可能な限り1日でも早く、な…」
エイジの言葉に、レオは再び背筋が寒くなった。
(アユム、お前…本当に信じていいんだよな……!?)
※ ※ ※
同時刻、『ミレニアム王国』南部、名取川河畔上空…
『スーパーノヴァEX』のコクピットの中のアユムは、ふぅ、と、ため息をつくと、後部座席でぐったりと座るカオリに、
「終わりましたよ、カオリさん…帰りましょう、工房へ…僕達の家へ………」
これからカオリさんは、遠くへ行かなければならない。でもその前に、あの家に帰ってもらおう。ただ…
僕はもう二度と、女の人を好きになる事は無いだろうな………




