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25ー10 カサンドラの雄叫び

数時間前、『ミレニアム王国』、ユウタの家…


「アユム!?あんなクソガキ、あたしの方から振ってやったわ!!」

カオリががなり立てる。


「今思い出すだけでも気色悪いわ!夜中にウトウトと起きたらあいつ、あたしに覆いかぶさっていたのよ!!投げ飛ばしてやったわ!!!バーン!って!!結局あいつも一皮剥いたら前の彼氏と同じだったわ!!」


今日も朝からカオリがユウタの所にやって来て、いつもの様にカナコの家事を手伝ってくれたのだが、カオチの様子がいつもと違って変だった。何があったのかは薄々感づいてはいたのだが、ユウイチを寝付かせた後、恐る恐る聞いてみたら、カオリは噴火した。


「聞いてよ!あいつすっごくだらしないのよ!!部屋片付けなくて、足の踏み場()()無いの!!そのくせあたしが片付けようとしたら怒るし、あいつのお守りはもうたくさんよ!!」


カオリは一方的にまくし立て、カナコはそれを黙って聞いていた。ベビーベッドのユウイチは、元々両親が賑やかな者達であったため、カオリが騒いでいる中でも悠然と寝ていた。


「みんなあいつの事を若き天才エンジニアみたいに言ってるけど、結局あいつは趣味で物作りをしてるだけなのよね。カナコも見たでしょう!?あの工場の前庭にずっと停まってる4号車!!あれが売れないのにあいつどんどん新しい車造るのよ!!だからあたしも、4号車が売れるかちゃんと注文が無い限り、新しい車を造るなっていいつけてたの!!

おまけにあいつ、人付き合いが苦手なんて言っておいて、女に弱いの!!女のお客さんに『もう少し勉強して下さらないかしら』って言われたら、ついつい報酬をおまけしちゃうの!!お客さんの側もそれを知ってるから、あの工場、お客さんの男女比が半々なのよ、明らかに女の人が欲しがる物なんて無いのに!!男の人が車なりラジオなりを欲しくても、奥さんや恋人をあの工場に寄越すのよ!!だから値段交渉の時は必ずあたしが付き添う事にしてたの!!あたしがいなくなったあの工場が何日保つか見ものだわ!!

あいつはおとなしいわ頼りないわ甲斐性無いわ年下だわ、あんな奴と別れられてせいせししたわ!!!吊り橋効果って奴ね。極限状態の危機感を恋愛感情と勘違いしちゃだめね!!」


「カオリさん………」

カナコは自分が座っている車椅子の脇に着いているポーチから………ハンカチを取り出し、

「…これで、涙をふいて。」


「………え………」

カオリの頬は涙でガビガビになっており、目は真っ赤に泣き腫らしていた。

「あり………がと…」

カオリはカナコからハンカチを受け取ると、顔に当て、


ちーーーん!! 鼻をかんだ。


(…今どきは変えのハンカチを手に入れるのも洗うのも難しいのに…)


叫び疲れたカオリは、ふぅ、と、一息つき、

「…分かってたの…そんなあいつを好きになったのはあたしの方だって………!!

あいつはあれで、頼りになるの!!北海道からの危険な旅も、あいつのおかげで仙台までたどりつけたし、

汚い部屋だって、その汚い部屋で描いた図面で造った物が、たくさんの人を幸せにしてるの!!

4号車の事だって、しょうがないの分かってる!!あいつの腕は日を追うごとに上がってるから、あたしでも新しく造った車の方を買うわ!!

あいつはすごいの!!天才なの!!21世紀のダヴィンチなの!!ニュートンなの!!ノーベルなの!!枕崎ナゴミなの!!!」

…全員、生涯独身だったけどいいのか!?あと、最後の1人は21世紀の人間だぞ。


「女に弱い!?あたし自身がそこにつけ込んだ一人でしょう!?おとなしい!?頼りない!?甲斐性がない!?ああいうのは、『優しい男』って言うのよ!!」

一呼吸おいて、カオリは、

「………まあ、そういう子ならあたしが主導権握れるかなとも思ったのは確かだけど…」

「あ…やっぱりそういう打算もあったのね…」

それからカオリはさらにまくしたてる。

「吊り橋効果!?それがどうした!!年下!?だから何!?あたしが馬鹿な女なのはようく分かってるわよ!!あたしはあいつのダメな所だけじゃなく、いい所もいっぱい見てきたわ!!あたしが本当に馬鹿だったかどうかは、あいつと一緒の墓に入る時に分かるわ!!」


カナコは穏やかに聞いた。

「…で!?どうするの!?やっぱりアユムと別れる!?」

「誰が!!あたしはあの子の優しさを独り占めしてやるんだから!!」


はぁ…はぁ…泣き腫らし叫んで息も切れ切れのカオリに、カナコは穏やかに微笑んで、言った。


「…実はアユムは今、福島から仙台に帰って来てるの。」

「え…!?だって今日は夕方まで帰らないって…」

「向こうでもアユムを気遣ってくれた人がいたみたいなの。ユータがアユムを引き取りに呼ばれて、2人でこっちに向かってるところで、あと少しで、仙台の南の大きな橋を渡るはずなの。だから…

ここはもういいから、橋までアユムを迎えに行って、さっきカオリさんが言った事を、残らずアユムにぶつけてあげて。」


     ※     ※     ※


カオリが去った後、カナコはスマートフォンを取り出す。相手はユータ…は、運転中だろうから、アユム本人に…ピッ!

「ああ…アユム、ユータは運転中だろうから、あんたに電話したの。いい、よく聞いて。仙台へ入る時に愛宕大橋を渡るだろうけど、その時、橋の向こう側をよく見て。私からはそれだけ。じゃ、切るね。」

ピっ…!!カナコはスマートフォンを切り、カオリが出ていった玄関を見つめ、

「カオリさん…がんばってね。」

その時…


「…ふわぁ!!」

ベビーベッドのユウイチが、急に泣き出した。

「ユウイチ!?起きちゃったの!?」

「ふわぁぁん!ふわぁぁぁん!!」

さっきまでカオリがどんなにうるさくがなり立てていてもスヤスヤ寝続け、これまでほぼ何があっても動じなかったユウイチが、火が着いた様に泣き出したのだ。カナコも慌ててユウイチを抱きかかえてあやす。

「ちょっと、ユウイチ!?おおよしよし!!急にどうしたの!?おっぱい!?おむつ!?うるさくて起きちゃった…じゃないわよね…カオリお姉ちゃんだったらまた明日遊びに来てくれるわよ!」

「ふわぁぁぁん!!!ふわぁぁぁぁぁん!!!!」

「ちょっとユウイチ………カオリお姉ちゃんがいなくなっちゃったのがそんなに悲しいの!?」


     ※     ※     ※


アユムが好き、ずっと一緒にいたい。

そう叫んだカオリだったが、昨夜、夜這いをかけようとしたアユムを投げ飛ばし、今朝方手ひどくふった手前、どんな顔してアユムと会えばいいのか…なんて言ってよりを戻せばいいのか…カオリ自身も恋愛沙汰には不慣れ。仲直りの仕方が分からないのだ。しかし…

そうこうしている内に時間は経っていき、まだ春先の太陽も、早くも西に傾きつつあった。このままではアユムは仙台に着いてしまう。臆病にも工房で夕ご飯作って待っていようかとも思ったが、結局、カオリの足は南の橋まで着いてしまった。待つことしばし、遥か南に小さな影が現れた。ユウタの1号車…という事は、アユムも乗っている。逃げ出したい想いと、ここで待たねばならない想いが綯い交ぜになる中、1号車の影は段々大きくなって行く。未だアユムと会って何て言うのか決まらないまま、向こうの車内のアユムも、こちらに気づいた様だ。助手席の窓が開き、顔を出したアユムが、

「カオリさん!!」

と、叫ぶ。カオリの中にもう、迷いも躊躇も無かった。


「アユ………」


叫びは途中で途切れた。西の陽光が唐突に暗くなる。大きな影が橋の下から飛び出し、カオリの眼前、アユムの1号車を遮る形で着地し、立ち上がる。全長7m、全身真っ黒に両腕だけどす黒い血の赤、アレッツと呼ばれるロボット兵器に似ているが、腹部のコクピットブロックが無く、単眼のカメラアイは金色………ホワイトドワーフと呼ばれる、アレッツとは似て非なる存在だ。


     ※     ※     ※


「な…何だありゃあ!?」

突然現れたホワイトドワーフに、ユウタが車を止めると、アユムは足元に置いていたリュックを持って助手席のドアを乱暴に開け、車外に飛び出す。

「カオリさん!!」

「よせアユム!!やめろ!!自警団を呼ぼう!!」


「カオリさーーーん!!」

アユムは走りながら、リュックに手を突っ込む。ユウタも叫ぶ。

「戻れアユム!!お前もう、アレッツは無いんだろ………」


アユムは荷物から何かを取り出し、リュックを投げ捨てる。アユムの手元に残ったのは、一辺30cmくらいの、取っ手のついたカバンの様な物…ブリスターバッグと呼ばれる、アレッツの輸送・管理手段だ。

「お前…どうしてそれを…!?だってお前のバッグは、昨日俺が借りて、今朝、無人の工場に返したはず…」

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