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4ー3 きれいな理由 汚い理由

「でも…」


アユムは声を潜めて尋ねた。


「あのー…これ、僕が言うのも何なんですけど…それでも、このご時世に旅をするのは危険だと思うんですよ。カオリさんは…まあ、あんな事もありましたけど、あの村で、みんなと上手くやって行ってたみたいですし…あのままあの村で暮らした方が良かったんじゃないんですか!?」


アユムの言葉に、カオリは一瞬、目を閉じて、


「SWDから何ヶ月か経った頃なんだけど…廃墟からご遺体が出たの。」


スクーターをブリスター・バッグの収納に入れて、2人は海辺を歩き始めていた。


「幸いにも身元を示す物があって、ご家族の元へ戻ったんだけど…ささやかなお葬式をして、お墓を作ったんだけど、その時、ご家族の方が言ったの。


『おかえり』って…」


「………っ!」


「それ見てあたし思ったの…あたしにも…あたし自身が忘れてるだけで、この世のどこかに、今でもあたしの帰りを待ってる人がいるのかもしれないなぁ、って…」


その人は、カオリが生きている事を知らず…どんな思いで日々を過ごしているのだろう…


「…ま、これはきれいな理由の方だけど…」


「きれいじゃない理由も、あるの…!?」


聞いていいのだろうか…


「本当に聞いてもどうしようもない事よ…あのね…運命って残酷よね…


ある日突然、交通事故に遭う。


ある日突然、病気になる。


ある日突然、家が火事になる。


ある日突然、戦争が起きる。


ある日突然、世界規模で感染症が流行る。


ある日突然、星が落ちて来て、


あたしから記憶を…これまで生きてきた何もかもを奪って行く…


運命って、本当に、残酷で理不尽に、人を地獄へ落として行く。


だから…あたしは抗いたいの。

どんな小さな事でもいい、どんなくだらない形でもいい。

この、理不尽にあたしを叩き落とした運命に。


…それが、汚い理由。本当に独善的で小さな、理由。」


「………」


引かれるかな…カオリは思った。だがアユムも悪いのだ。自分が半ば諦めていた事を為さんとする少年に、彼女は突き動かされたのだ。


アユムは…


他人と一緒にいるのが苦痛だと思っていた。


一人がいいと思っていた。


ましてやカオリさんはかなり気の強い、はっきり言って苦手な部類の人だ。そもそも好意を持てる部類の人がいるのかどうかも分からないが…おまけにお風呂場であんな事があったから、正直気まずい。


でも………



「カオリさん…」


アユムはカオリの目をまっすぐ見つめて、言った。


「一緒に、来ませんか!?」


…自然と、その言葉が、出た。



こんな世の中だ。誰しも自身を叩き落とした理不尽な現実に思うところはあった。


「本当!?ありがとう!!」


カオリの表情がぱぁっと明るくなり、アユムの両手を掴んでぎゅっと握った。その温もりに一瞬ドギマギしながら、必死に胸中に芽生えた物を振り払う。


「そ、それで…カオリさんの故郷は多分内地だと思います。僕も仙台を目指してます。だから、僕達は…」


アユムは目の前の海を見つめ、


「渡らなければならない。この津軽海峡を…」



第四話 津軽海峡越え

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