25-9 再会
旧宮城県白石市…
山中の盆地を進む、一台の自動車があった。
「そう言えば、レオ君から聞いたんですけど、落合さん…『ウォッチャー』は、アミキソープ星人で、ソラさんが連れて行ったそうじゃないですか。」
アユムの事を『スーパーノヴァ』と呼んで『奴を倒せ』と喧伝した『ウォッチャー』は、当初、『落合』と名乗って『パンサーズ』に潜伏し、犬飼に獣形アレッツのビルドを教えていたが、実はソラと同じアミキソープ人で、日本を混乱させる事が目的だった。
「…あの人は悪い人で、俺達『パンサーズ』を利用して、悪い事をしてたんでしょうけど…俺はあの人に感謝してるんですよ…俺にアレッツの事を教えてくれて、お陰で今の俺にはエンジニアの道が拓けたんですから…」
「…そういう気持ち、僕も分かる気がするよ…」
車中での犬飼とアユムとの会話は、犬飼が話しかけて、アユムがそれに応える物だった。犬飼も、福島でアユムに何があったのか知らなかったが、話してくれないなら聞かない分別は持ち合わせていた。
「それで…どうっすか、この車…俺がレストアした、アレッツジェネレータ搭載車ですよ!!」
運転席の犬飼が言うと、助手席のアユムは、
「うん、すごいね…レオ君が東京に乗ってきたバイクも、君がレストアしたそうだね…」
「いやぁ、アユム君に比べれば、俺なんかまだまだですよ…」
「いや、君の方がすごいよ…」
犬飼…彼はアユムと同じギーク系だが、『パンサーズ』で落合に師事し、レオの下でメカニックをしていたらしい。集団に群れ、他者と交流する事が出来たのだ。
彼の方が、僕よりすごい。
(どうして僕は、普通の人が当たり前に出来る事が出来ないんだろう…)
ザっ… 山中を行く車中の沈黙を破る様に、カーステレオが鳴り出した。
『…「ミレニアム王国」にお住まいの皆さん、こんにちは。時刻は午後3時となりました…』
「…そう言えば、つけっぱなしにしてたのか…向こうじゃラジオ局なんて無いですからね…」
「……そっちでも作った方がいいよ、ラジオ局。いつまでもスマートフォンやインターネットが使えるとも思えないし、新しい物を作れるとも限らないからね…」
「聞きましたよ、これもアユム君の発案だそうですね。」
「大した事無いよ。自分に出来る事をしただけさ…」
「いや、その『自分に出来る事』が、他の人に真似できない事だからすごいんでしょう!!」
「………そんな良い物でも無いよ…」
(他の人に出来ない事が出来る代わりに、他の人が当たり前に出来る事が出来ないんだから…)
やがて山中の坂道は頂点に達し、そこに1台の車が停まっている。山に入る前に犬飼のスマートフォンに、福島のレオから着信があったのだ。マオが仙台と掛け合ってくれて、向こうからも車が迎えに出るから、山中で落ち合って、アユムをその車に引き渡して福島へ帰るように、と…停まっている車の横には『1』の数字が書かれており、側に立っていたのは…
「ユウタ…」
SWD前からのアユムの数少ない友人、黒部ユウタだった。
キっ…!!犬飼とアユムの乗る車も停まり、2人は車から出てくる。
「あんたが仙台からの迎えか…アユム君は確かに引き渡しましたよ。」
犬飼が言うと、ユウタは、
「おう!後は任せろ!!」
実は2人は、大宮でやった三カ国ビデオ会議に出席しており、顔を合わせていたのだが、直接会話した訳では無いので、さすがに互いの事を覚えていなかった。
「ユウタ…迎えって、君だったのか…」
アユムがリュックを持って犬飼の車から出てくる。
「畑仕事から帰ろうとしたら呼び出されてさ、お前を迎えに南へ走ってくれってな…」
「ごめん…手間を取らせて…」
「いや、そもそも俺にも原因があるみたいだし…とにかく帰ろう。」
それからユウタは1号車の運転席に、アユムは助手席に座り、リュックを足元に置くと、バタン!ドアが閉まる。
「じゃあ、今度また機会があったら、アレッツジェネレータの話しとかも、色々聞かせてくれよな!!」
犬飼が言うと、1号車は緩い駆動音を上げ、山道を北へと下って行った…見えなくなったのを確認した後、犬飼はスマートフォンを取ってレオを呼び出し、
「ハウンドよりライオンへ、蒼のポーンは敵陣に戻った。オーバー!!」
『………わざわざ見え透いた暗号使う必要ねぇだろう…お前もこっち戻れ。』
ピっ! スマートフォンを切る犬飼。そして1号車が下っていった仙台への山道を見つめ、
「そう言えばアユム君、どうしてこの首脳会談に来てたんだろう。俺は何となく外の様子が見たかったからレオ君について行っただけで、今回はエンジニア同士の会談なんて予定してなかったのに…」
※ ※ ※
更に山中の道を北上するユウタとアユムの1号車。
『…ここで臨時ニュースです。今日昼過ぎ、「ミレニアム王国」自警団は王国南部でホワイトドワーフと戦闘、これを撃破した事を表明しました…』
「昨日は本当に済まなかったな。俺が馬鹿な事言ったせいで、カオリさんとの仲がこじれちまって…」
「元々こじれる仲なんて無いよ…僕達は姉弟みたいな物だったんだ…カオリさんはお姉さんとして、僕の事が心配だから、一緒にいてくれてただけなんだ…」
「………」
車中の空気が、重い…
「…あ、そうそうアユム、昨日借りてたブリスターバッグ、玄関のいつも飾ってる所に返しといたぞ。この車の後ろにカナとベビーシートのユウイチ、助手席に畑での収穫を載せたらそれでもういっぱいになって、車椅子を持ち帰るために昨日お前が貸してくれたブリスターバッグ。」
「ああ…」
ヴーーー…っ!! 気まずい沈黙を破る様にアユムのスマートフォンが鳴る。発信者は…カナコだった。
ピっ! 「……もしもし…」
恐る恐る電話に出てみるアユム。
『…ああ…アユム…』
電話越しのカナコの声からは、彼女の感情は読み取れなかった。カナコは女だ。そして間違いなく、アユムが昨夜カオリに夜這いをかけようとして拒絶された事も、カオリから聞いている。であれば彼女は、カオリの肩を持ってアユムを獣呼ばわりでもして非難するに違いない…そう、思ったのだが…
『…ユータは運転中だろうから、あんたに電話したの。いい、よく聞いて…仙台へ入る時に愛宕大橋を渡るだろうけど、その時、橋の向こう側をよく見て。私からはそれだけ。じゃ、切るね…』
…電話はそこで切れた。カナコの口調に、アユムを非難する物は無く、その事が却ってアユムは辛かった。
「…カナか!?何だって!?」
運転席のユウタが聞くが、アユムは、
「さあ…橋を渡る前に向こうを見ろって…」
「何だそりゃ…」
『…「ミレニアム王国」にお住まいの皆さん、ここでミレニアム自警団からお知らせです。ホワイトドワーフの残骸を盗んだ者は、今すぐ自警団詰め所に出頭し、返却する様にとの事です…』
半年前、関東へ行ったきりのルリを探すために仙台から南下した道を帰るアユム。今日の昼過ぎに福島に着いてから向こうにいたのは果たして何十分だったのだろうか。実に無駄な時間、そう、全て意味が無かった。あの旅を通してアユムは大きく成長出来たと思っていた。なのに…千里の道を旅しても、アユムは男になれなかった…
『…ミレニアム王国自警団より重ねてお知らせです。ホワイトドワーフの残骸を盗んだ者は直ちに返却する様に。脚部のジェネレータはまだしも、頭や腕に使い道はありません…』
「…ホワイトドワーフ、だっけ!?あれの残骸を丸ごと盗んだ奴がいるのかな…!?」
「………」
ユウタの言葉に、アユムは気も漫ろで車窓を眺めていた。やっぱり…カオリさんとはさよならした方がいいんだろうか…僕なんかと一緒じゃ、カオリさんがかわいそうだ…人を好きになれたのなら、本当にカオリさんの事が好きなら、彼女の前からぼくみたいな人間の出来損ないは消えるべきだ……
「名取川が見えてきたぞ、あの橋を渡れば仙台だ。でも一体何が…」
ユウタにつられてアユムも目を凝らし、橋の向こうを見つめる。片側3車線ある、広くて長い橋。かつては多くの車が通り、宇宙人による星の雨も降り残したその遥か向こう岸には………小さな人影があった。
「………誰かいるぞ…」
ユウタには分からなかったが、アユムにはそのぼんやりとしたシルエットだけで誰だか分かった。あれは…
「カオリさん………」
『………ここで自警団より臨時ニュースです…えー………(ちょっと!!これ本当なの!?)………コホン、失礼しました。』
橋の向こう岸に立っていたのは、今朝方荷物をまとめてアユムの元を出ていったはずの女性。アユムが一番大切に思っていたはずなのに、アユムが傷つけてしまった女性…
「カオリさん!!」
アユムは助手席の窓を開けて顔を出し、カオリの名を叫ぶ。
『…臨時ニュースです。今日昼過ぎ、「ミレニアム」自警団が討伐したホワイトドワーフの残骸は、討伐後自警団機が一旦その場を離れ、しばらくして戻って来ると跡形もなく消失していたとの事です。また、信頼できる情報筋によると、関東から南東北まで北上して来たホワイトドワーフは、いずれの目撃時も地元の自警団によって討伐され、その後しばらくして放置されていた残骸が消失していたとの事です。「ミレニアム王国」国民の皆様、どうか事態の終息まで、不要不急の集落外への外出をお控え下さい…』
「アユ………」
川の向こうのカオリがアユムの名を呼ぼうとして、
不意にカオリの右手、橋の下から、巨大な黒い人影が飛び出し、カオリの目の前に着地した。黒いボディに両腕だけどす黒い血の赤、腹部にはコクピットブロックが無く、単眼カメラアイの色は金色…
ニュースで再三報じられていた、ホワイトドワーフだった。




