25-8 僕にその日は訪れない
「それでアユム君、聞きたいことがあるんだが…」
「あ~~~っ!!アユムじゃないか!!元気だったか!?」
向こうからやって来た、メガネをかけた青年が声をかけてきた。彼ともビデオ会議で何度も会っていた。
「犬飼君…」
「うっす!!」
郡山…現『アイスバーグ共和国』の犬飼だ。元々村だった郡山を襲っていたアレッツ乗りの野盗団、『パンサーズ』のメカニックで、『パンサーズ』が解散して『アイスバーグ』自警団になった後、エンジニアとなるために修行しながら、自警団のメカニックを兼任しているそうだ。
(パイロットではない、専門のメカマン…あの獣型アレッツ達を造った男か…)
エイジは思った。彼とシノブが郡山を訪れたのは『パンサーズ』がまだ野盗だった頃で、エイジと犬飼は直接の面識は無かった。
「君がここにいると言うことは、レオ君も!?」
「ああ。防衛大臣であるお父さんの護衛で来てるよ。」
氷山レオ…『パンサーズ』の元ヘッドで、現『アイスバーグ』自警団のリーダー。半年前にアユムやエイジと共に宇宙人への復讐を目論んでいたアドミラル一味の野望を阻止するために戦った戦友の一人だ。
「丁度いい。今後の話のためにも、彼とも顔合わせがしたかったんだ。」
エイジが言うと、犬飼は、
「レオ君は今、専属オペレーターと食事をしながら打ち合わせ中だと思います。でも…あんまり邪魔しない方がいいと思いますよ。」
「仕事熱心なんだな。出来れば取り次いでもらえればありがたいのだが…」
「あー、そういうのでもなくて…あんまりお勧め出来ないっすよ…」
妙に歯切れの悪い犬飼に、怪訝な表情のエイジ。「こっちです…」犬飼は2人を案内し、ある天幕の前にやって来る。
「ここにいるのか…」
「シーーーーーッ!!」
エイジの言葉を犬飼が制し、犬飼は抜き足差し足で天幕に近づいていくと、エイジとアユムもそれに倣う。犬飼は天幕の隙間から中を覗くと、エイジは小声で、(おい、そんな事して大丈夫…)しかしアユムがフラフラと天幕の隙間に近づき、顔を近づけ、中を…見なければよかったとアユムは思った。
「…いつもすまねぇな、マオ。弁当作ってくれて…」
「…勘違いしないで。これは罪滅ぼし。グレてく幼馴染に、何もしなかった事へのね…」
「しょうがねぇよ…俺の方がバカな生き方してたんだし、お前には親がいたし…」
「だからあなたは気にしないで。私が勝手にやってる事なんだから…」
氷山レオが、自警団の制服を着た女性と、差向いで弁当を食べていた。相手…マオという名前だろうか…は、垢抜けていないが顔立ちの整った若い女性だ。アユムも郡山で仕事をしていた時に、見かけた覚えがある。
(なあ…レオとあの女性は…)
エイジもいつの間にか天幕の隙間から中を覗いていた。
(ええ…多分、最上さんの思ってる通りだと思いますよ。冬の間にあの子がオペレーターに就任してからもうずっとあんな感じで…)
(………)
エイジと犬飼のやり取りを、アユムはやるせない思いで聞いていた。
「でもよぉ…いくら何でも今回の福島行きは留守番してても良かったんじゃねぇのか…!?」
「…私はレオちゃん…氷山団長の専属オペレーターです。あなたと一緒にいます。」
「…会談の行方次第ではここは敵地になるかもしれねぇんだぞ。」
レオが箸を置きながら言うと、マオは、
「その時は…あなたが守ってくれるんでしょう!?」
レオはニカっと笑って、
「おう!マオの事は俺が守ってやるぜ!!」
「………」
レオの言葉に、マオは真っ赤になっていた…
「ごちそうさん。」レオは両手を合わせて言った。見ているこっちがごちそうさんだ…
「それじゃ、俺は行って来るから、後片付けを頼めるか!?」
「分かりました。くれぐれも会議の護衛はちゃんとやって下さい。あと、郡山本土で留守を守ってる大神副長への定時連絡も忘れずに…」
「おう!」そう言ってレオは天幕から出てくる。アユム達3人は慌てて物陰に隠れた。しかし、レオは真っ直ぐこちらへ向かって来て、
「お前等、何、覗いてんだ!?」
隠れていたアユムとエイジを睨み、マオに気づかれないよう小声で言った。いつから気づいていたのか!?
「わ…私は嫌だったんだぞ…でもこの犬飼君が…」
エイジも小声で言うが、当の犬飼はいつの間にかどこかへ消えていた。レオは、はぁー、とため息をついて、エイジとアユムに歩く様に促す。
「言っとくが、俺達はそんなんじゃねぇぞ。ただの幼馴染だ。」
幼馴染でレオをちゃん付けで呼んで、彼を気遣って自警団に入って弁当まで作ってくれてるのか…
「妙な勘ぐりすんじゃねぇぞ。野盗崩れの俺なんかとの噂がたったらあいつが迷惑すんだからな…」
そしてレオも、彼女に悪い噂が立たないように気遣う程想ってる、と…今、天幕から離れたのも、覗かれていたことをマオに気づかれないよう配慮したのだろう。
「よかったじゃないか、レオ君。ああいう娘がいて。」
エイジは生暖かい目で見つめたが、レオは
憮然として、
「…あんたまで親父みたいな事言うなよ…」
父親公認なのか…
「しかし…まぁ、久しぶりに会えて嬉しいぜ。『ビッグディッパー』の8人中5人が集まったんだからな…」
レオが言い、アユムの心は一段と深く沈んだ。『北斗七星作戦』に参加した7機8人のアレッツとそのパイロット。うち紫の網木ソラはアミキソープ人で自分の故郷へ帰った。赤の舞鶴アカネが所属する『ジョシュア王国』と、青の小鳥遊ハジメが所属する『ユニバレス連合』はこの会議に呼ばれていない。従ってレオが言う『5人』とは、アユム、エイジ、レオと、一足先に会議へ向かったシノブと………カオリの事だ。
「スットンキョー女…いや、最上シノブ村長様はともかく、カオリちゃんはどうしたんだ!?」
「ああ、そう言えば今日は顔を見ていないな。いつもアユム君と一緒だったのに…」
「そう言えば聞いたぜ。お前、カオリちゃんと同棲してんだってな!?」
「私も驚いたぞ。いや、ある意味納得もしてるが…」
事情を知らない事もあり、無神経にまくしたてるレオとエイジに、アユムの心はますます塞ぎ込んで行った…
※ ※ ※
ずっと、思ってた…
最上さんと久野さんは、あの旅を通して恋人になり、久野さんは『最上さん』になり、一緒に生きていく決心をしたらしい。
レオ君にも彼女がいた。これだけのイケメンなんだから当然だろう。
幼馴染から恋人になり、子をもうけたユウタとカナコ。富士野先生も、奥さんとは長年の倦怠期と言いながら、夫の教え子に何かあったら連絡して来る程度には、少なくとも夫の仕事への理解があるらしい。宇宙人のハンスも、地球を混乱させようとしながらも同僚の女の人と出来てた。僕の工房にも時々何組か来る夫婦とか恋人のお客さん。だけど………
※ ※ ※
「どうしたアユム!?まさかとは思うが、カオリちゃんとケンカでもしたんか!?」
レオの言葉に、アユムの胸に込み上げてきたものが、とうとう溢れ出てきた…
「アユ………ム!?」
ワナワナと震えて俯くアユムに、レオもエイジも流石に異変に気付く。
「………僕………フラれちゃいました………」
震える声でそういうアユムに、エイジも、
「ま………まぁ、カオリさんは気の強い女性だからな………付き合うのは大変だと思うが…」
「………夜這いして拒絶されて………投げ飛ばされました…」
「むぅ…」「それは………」
「ずっと………思ってたんです………僕は、小さい頃からいじめられて育って来て、僕の周りには、僕をいじめる人しかいなくて………」
幼馴染から恋人になり、子供をもうけたユウタとカナコ。地球人のフランシーヌを妊娠させた宇宙人のハンス。僕の両親も僕を産んだ事から、そういう事をしたんだろう。この地球にはこれまでに産まれた人間とほぼ同じくらいの親になった男女の番いがいたはずだ。でも………
「………僕には………一番肝心な所で、人との付き合い方が………分からないんですよ………」
あの男女に訪れたその時が………僕にはきっと訪れない………
「「………」」
アユムの深刻な問題を理解したエイジとレオだったが………
「…ふむ…事情は大体分かった。君も大変だと思うが、仙台に帰ったら、カオリ君にちゃんと謝って話し合いたまえ。とにかく今は、この会議に集中するんだ。」
エイジは言った。
「………はい…」
アユムも俯いたまま言う。
「私とレオ君はこれから会議の警護なんだ。それが終わったらアユム君に話があるから。それまで待っててくれたまえ。ああもう時間が無い。行こうか、レオ君。」
レオを促すエイジ。レオは、
「あ…ああ。先行っててくれ、最上さん…」
そう言われてエイジは「急いでくれたまえよ」と言い残して先に行ってしまう。それを見送ったレオは、アユムに向き直り、いきなりこう言い出す。
「アユム………お前は病気だ。」
「え………!?」
そんな事言われても、アユムの体はどこも何とも無い。
「お前は福島に着いてすぐ病気になった。今すぐ仙台…『ミレニアム』に帰って治療を受けなければならねぇし、ここで各国のVIPに妙な病気を感染される訳にもいかねぇ。だからお前は仙台へ帰れ。」
「な…何言ってんだい、僕は…」
レオはアユムの肩を抱いてニカっと笑い、
「お前のその気持ちを全部分かってやる事は出来ねぇが、いつぞやのお節介の借りを返すぜ。今すぐ仙台へ帰って土下座してでもカオリちゃんとよりを戻せ。こっちは俺が何とかやっておくから、な!」
レオは意外と人情に厚い男だった。
「でも…最上さんが何て言うか…」
それでも愚図るアユムにレオは、
「だからあいつがいねぇ今の内に帰るんだよ!!おーい、犬飼、アユムは病気だ。お前、今すぐアユムを仙台へ送り届けろ。」
たまたまそこを通りかかった犬飼は、
「えー…そんな事言われても、各国の国境を決めようって会議中に奴らの領内に入ったら、既成事実作る気かって言われますよ…」
「そっちは俺が何とかする。だからお前はアユムを乗せて車で仙台へ向かえ!」
「…大体病気って、何の病気ですか…!?」
「お医者様でも草津の湯でも治せねぇ病って奴だ!」
「はぁ………分かりました…」
こうしてアユムは、福島に来て早々、レオの『お節介』で犬飼の運転する自動車に乗せられて、再び仙台へと帰って行ったのだった…
※ ※ ※
数分後…
「待たせたな…」
レオがエイジの所へやって来た。
「遅いぞ…何してたんだ!?」
エイジはレオを睨んだ。彼は天幕の入口で背筋を伸ばして立っている。
「…野暮用。」
レオはそう言うと、直立不動の姿勢でエイジの隣に立った。天幕の中で行われるのは、仙台と郡山と山形と福島、それぞれを国として承認しあう事と、国境の策定会議…どう考えてもすんなりとは決まらない議題だ。これが終わってエイジが会場警護の役目を終えた時、アユムの不在をエイジは怒るだろうが後の祭り、アユムはとうに仙台に着いている事だろう…




