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25ー4 ヤマアラシのジレンマ

ユウタはアユムの事を、『意外と度胸のある奴』だと思っていた。


宇宙人がめちゃくちゃにし、盗人がロボット兵器で暴れ回る物騒な世界で、北海道から仙台まで、ロボット兵器に乗ってまで旅して来たのだ。しかもその後、たった1人の少女を探して南下の旅を続行し、その過程で、地球人類滅亡の危機まで解決してしまったらしいのだ。本人は詳しく語らないけど。思い出してみればアユムとの初対面も、カナコにパシリにされていた所を助けに入ってくれたのだ。


渡会アユムは意外と度胸のある奴。だが…


好きになった女性と一線を越える度胸は無かった様だ。


なら…


「よし、分かった。アユム…」

ユウタはアユムの肩をポン、と叩き、

「お前、今夜、カオリさんに夜這いをかけろ。」


「………へ!?」


ユウタの言ってる事が分からず、アユムは数刻呆け、そして、


ボ ン !! アユムは耳まで真っ赤になった。


     ※     ※     ※


同時刻、ユウタの家…


キュピーーーン!!


一瞬、カナコの脳裏に稲妻の様な物が走った。


「………!? どうしたんですか、カナコさん!?」

怪訝な表情のカオリに、カナコは苦い顔で独りごちた。


「………あのバカが、またバカな事言ったみたい…」


     ※     ※     ※


同時刻、アユムの工房…


「そ、そそそ、そんな…駄目だよそんな事しちゃ…」

真っ赤になって頭をブンブン横に振るアユムに、ユウタは続ける。


「お前、手順がどうとか段取りがどうとかタイミングがどうとか、小難しい事考えてっから、いつまでも行動に出れねぇんだ!」


ィィィ…


「頭、カラッポにして、本能が動くままに行動してみろ!!それで上手く行く事だってある!!それに…」


ィィィィィ…


「カオリさんだってお前を待ってるに決まってる!!女ってぇのは、強引に迫られたら男に絶対抵抗できねぇんだ!!」


ウィィィィィ………


それからユウタは手で卑猥なサインを作り、

「構わねぇからカオリさん襲っちま………」


その台詞は途中でぶった切れた。さっきから聞こえる妙な駆動音が、段々近づいて来ているためである。


ウィィィィィ………「ユータぁぁぁぁぁ!!!」


怪音の正体は、車椅子に乗ったカナコであった。前にスクーターを改造した駆動機を着け、その力で走っているのだ。前から見ると三輪スクーターに乗っている様に見える。安全性を考慮してデチューンしてある…筈なのだが、車椅子はスクーターの法定速度を遥かに上回るスピードで疾走していた。


「げぇっ!?か、カナ…!?」

ユウタの顔が真っ青になった。


カナコは駆動機のハンドルから右手を離し、先端が丸く結ばれているロープ…投げ縄を取り出すと、ヒョイと投げ、それは(あやま)たずユウタの首にかかる。


「ぐぇっ!?」


自分の首にかかった投げ縄を取ろうとするユウタだったが、そのまま爆走する車椅子に引きずられて転倒した。


「ぎゃ〜〜〜〜〜っ!!」ズルズル… 「やめてぇぇぇぇぇ〜〜〜っ!!」ズルズル… 「おがぁちゃーーーーん!!」ズルズルズルズル…


ユウタを引きずったまま何度も何度も辺りを旋回して暴走する車椅子。ちなみに彼等の子供であるユウイチは、カナコの車椅子の背中の背負子に座らされたまま、父親の惨劇を見てキャッキャと笑っていた。


     ※     ※     ※


10分後…


「アユム、私達はこれで帰るわ。この()()は私がちゃんと(しつけ)けておくから、くれぐれもこの()()の言う()()な事は真に受けないでね。」


ユウタの1号車の助手席でにっこりと微笑みながら言うカナコ。運転席には、ボロボロになったユウタが座っており、ユウイチは後部座席に着けられたベビーシートに座らされている。


「さっさと車出して!!仕事が終わったら真っ直ぐ家に帰ってその日の分の稼ぎを入れる!!」「…ふぁ〜〜〜い…」


去っていくカナコとユウタの1号車。そこへ、いきなり飛び出したカナコを心配したカオリも帰ってきて、


「アユム…ユウタ君と何の話してたの!?」

横から不意に声をかけられ、彼女の顔の近さにアユムは思わず飛び退き、


「な、何でもありません!!」

叫ぶ様に言った。まだドキドキしてる…


「………!?」

アユムの不審な態度に首をかしげるカオリ。アユムは結局、カオリを直視する事が出来なかった。


(カオリさんと………()()!?僕が………()()!?)


それからアユムは日が暮れるまで工房の仕事を続け、日没と同時に前庭の門を閉めた。


(確かに…僕等は一緒に住んでんだし…恋人同士だし、き…キスもしたし…)


「お疲れさーん、アユム。ご飯出来てるわよ!!」

キッチンからカオリの声がする。キッチンにはエプロンにミニスカのカオリがいて、テーブルには彼女が作ってくれた夕食が並んでいた。


(僕はカオリさんが好きなんだし、カオリさんも僕の事が好きだって言ってくれたんだし…)


「今日はカナコさんがさー………それでユウイチちゃんが…」

カオリは今日あった事を(カナコと、アユムとの関係について話をした事を除いて)を話したが…アユムの心は上の空だった。料理の味も、今日に限ってよく分からなかった。


「ん…!?どうしたの、アユム!?」

カオリがぎこちない笑みを浮かべた。


「な…何でもありませんっ!!」


大丈夫………だよな………!?


     ※     ※     ※


同日、夜、ユウタの家………


「ふんっ!!」 ボ コ っ!! 「ぐぇぇぇぇぇっ!!」


カオリにアッパーを食らって吹っ飛ばされ、天井に大穴を開けるユウタ。ベビーベッドでスヤスヤ寝ていたユウイチも、物音に気づいて起きたが、天井に首を埋めて刺さっている父親を見て、いつもの事だと再び眠りに落ちていった。


「ん”〜〜〜っ!! ん”〜〜〜〜〜っ!!!」

天井を両手で押さえてでしばらく踏ん張ったユウタは、ボコっ!!ようやく首が抜けて床へと落ちて来れた。そんなユウタを車椅子のカナコが見下ろしている。


「ユータ…あんた、明日、アユムに謝って来な!!」


「はぁぁぁぁぁい…」


「ったく………私はあんたの強引さに感謝してるけど、みんなそれで上手く行くとは限らないのよ…」

目線を逸らしたまま赤くなるカナコ。

「ま………アユムがユータみたいなバカな事するとは思わないけど………」


     ※     ※     ※


同日、深夜、アユムの工房、のカオリの寝室………


「………で、これは何!?」


寝ている所を起こされてやや不機嫌なカオリ。いや、それだけでは無いだろう。パジャマを着て仰向けに寝ているカオリの上に、同じくパジャマ姿のアユムが乗っかかっている。物音にカオリが目を覚ましたら、いつの間にかアユムが寝室にいたのだ


どうやらアユムはユウタの言葉に、バカな事を考えてしまったらしい。


「………答えなさい、アユム…あんた一体、何してんの!?」


カオリさんに夜這いに来ました…なんて馬鹿正直に言う程アユムもバカではない。だが、カオリの寝室に入って来たはいいが…


(女の人と()()って………具体的に、どうすればいいんだろう………)


そんな事、保健の教科書には載っていなかった。


「え………っと………(と…とりあえず…)」


アユムの手がカオリの肩に触れようとする。が、その瞬間、


パシっ!!「嫌っ!!」 カオリの手がアユムの手を振り払った。カオリの顔に明らかな拒絶と嫌悪…あるいは恐怖の表情が浮かんでいる。


「え………!?」右手の痛みに驚き、思考が停止するアユム。


「そこをどきなさい、アユム!!」カオリが叫ぶ。この先どうするかは考えていなかったが、拒絶されたらどうするかも、考えていなかった。

「………」

何も言えずに固まるアユム。


「どいて!!」再び叫ぶカオリ。そして無言のアユム。何もかも未経験、無知識の初心者…


やがて空っぽの頭をひねり、ようやくアユムの口から漏れた言葉は…


「あの………カオリさん…」

「何!?」

「………どうすれば、いいんでしょう………」


カオリの顔が段々赤くなり、ワナワナと震えだし…


「どうすればいいか………自分でよーく考えろ!!」


パァン!! ベッドの上でカオリはアユムを巴投げし、開いていたドアからアユムは廊下へ放り出された。ドン!廊下の壁にひっくり返って背中をぶつけるアユム。カオリの部屋のドアが、目の前で乱暴にバタン!と、閉じられた。


「カオリさ………」

言いかけてアユムの言葉は途切れる。今更彼女に、何を言えばいいのだろう………しばらくの間、廊下の壁にひっくり返っていたアユムだったが、ヨロヨロと起き上がり、重い足取りで、本やら図面やらが散らかっている自分の寝室へと引き上げて行った。


ベッドへと潜り込んだアユムだったが…その晩はほとんど眠れなかった。

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