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25ー2 『ミレニアム』の日常

同日、午後3時頃…


『「ミレニアム王国」にお住まいの皆さん、時刻は午後3時となりました。ここで本日のニュースをお伝えします…』


仙台を南北に貫く大通りを、1台の自動車が、北から南へと走っていた。自動車の側面には、「1」の数字が書かれている。運転席でハンドルを握るのは、黒部ユウタだ。後部座席には様々な缶詰が積まれている。今日の労働の対価だ。


『明日、福島にて、「ミレニアム王国」国王と郡山…「アイスバーグ共和国」大統領、そして山形および福島に出来た復興村の代表との四カ国首脳会談が予定されております。会談には各国首脳、自警団トップの他、一部の民間人ゲストも招かれ、多方面に渡っての話し合いが催される予定で…』


ユウタの車は大通りを外れて横道に入り、アユムの工房の入口を通ろうとする。入口近くには側面に「2」と書かれた自動車が停まっており、建屋入口から、白衣を着た小太りの中年女性が出て来た「やれやれ、ありゃあ私の出番はまだずっと先かねぇ…」などとつぶやきながら…


「ゲっ………!!」

ユウタが呻き、白衣の中年女性と目と目が合ってしまった。中年女性はニヤァと笑うと、ユウタの車の後部座席を覗き込み、「今日もたんと稼いだみたいだねぇ…」と言いながら、缶詰をいくつか勝手に取って行き、「じゃあ、嫁さんと赤ん坊にはちゃんと食わすんだよ。」そう言って、「2」と書かれた車に乗って去って行った。


「ありがとうございましたー。」

建屋の方から声がする。そこにはツナギを着てお辞儀をするアユムがいた。顔を上げてそこにユウタがいたのに気づく。


     ※     ※     ※


「お前なんでこんな時間にこんな所にいるんだよ…」


玄関に並んで座り込んで話すアユムとユウタ。


「みんな気ぃ使ってくれてんだ。お前の所は嫁の足が不自由な上に赤ん坊もいるから、早めに帰って家の事もしてやれって…」


「じゃあなんでまっすぐ帰らずに寄り道してんだよ…カナコが待ってんだろ!?」


「あいつは今まで支えてやった俺より、赤ん坊と女友達の方が大事だから邪魔すんなとよ。俺だって父親だってのに…ま、お前んところのカオリさんには感謝してっけどな。」


『…以上、今日のニュースでした。なお、この放送は、ラジオ、動画配信両方でお届けしています。』

ラジオの声に、ユウタが、

「…たまに他所から来る奴がいるんだけど、みんなここの様子見てビックリすんだ。車が走っててラジオまであるって…すげえよなお前。『ミレニアム王国』の渡会アユム、みんな知ってるぜ…」

アユムは照れながら、

「食ってくために必死だっただけだよ…」


アユムの工房の前庭の片隅には、側面に「4」と書かれた自動車が置かれている。東日本縦断の旅から帰って来て仙台に工房を構えたアユムは、これまでの旅で培った技術を基に、バグダッド電池自動車をジャンクからレストアし、売り始めた。先の「4号車」も、商品として展示されているのだ。工房は概ね好評で、レストア車やバグダッド電池の設営その他細々とした仕事も行って、仙台の人々に急速に知れ渡っていった。


さっきから流れているラジオ放送も、アユムの提案である。万が一今後スマートフォンが量産出来るまで工業力が復興しなかったための代価手段としての、ラジオ局の開設。現在は有志の素人アナウンサーによって、毎日決まった時間に放送が行われている。公共放送としては緩く、ディスクジョッキーと呼ぶほど流暢でもないが、娯楽の少ないこの世の中の大きな安らぎとなっている。そして、これまたジャンクからレストアしたラジオを売って、アユムの工房はまたもや稼ぐ事が出来たのだった。


そしてアユムが告げた、『関東では各地で国が興っている』という情報から、仙台も国としての形を整える事になり、この年が明ける元日に、『仙台』の旧名である『千代』から取って『ミレニアム(千年紀)王国』は建国され、開かれた式典では、国歌として定められた『広瀬川の流れは同じなのに、一緒に眺めた人がいない』という内容の歌を皆で斉唱した。誰も彼もが、『もういない、あの人』を心に浮かべながら…


そして時は流れて2054年、春…日本は、地球は、少しずつではあるが、秩序を得、平穏と安定を取り戻しつつあった。


「それにしても…」言いながらユウタは空を見上げ、

「…お前と佐藤さんの事には驚いたし、お前とカオリさんとの事にも驚いたけど…お前が決断したのなら、これでいいんじゃねぇか…」

「ユウタ…ありがとう…」


ユウタは東京から帰って来たアユムに聞かされた。ルリから告白されていた事、この旅が彼女を探しての物だった事、ルリが既に亡くなっていた事、そして、アユムがカオリを選んだ事…

かく言うユウタも、カナコのお腹の子が無事産まれ、父親となった。足が不自由なカナコの家事と育児の手伝いで、今日の様にカオリも時々ユウタの家に行っており、カオリとカナコの仲も良好の様だ。


「…ま、佐藤さんとの事はともかく、お前が乗ってたアレッツは一目見てみたかった気もするがな。でも、宇宙人の星に帰っちまったんならしょうがねぇな…」

そう言ってユウタは玄関に飾ってある空っぽのブリスターバッグを見つめる。

「…ああ…彼はもういない…」

アユムも言った。

「うちの子は男の子だから、見たらきっと喜ぶと思ったんだけどなぁ、巨大ロボット…」

「…おもちゃじゃなく、れっきとした兵器なんだけどね…」


「それにしても…ったく、ヤブ医者ババァめ…」

ユウタが愚痴をこぼした。ヤブ医者ババァ…さっき工房から出て来た白衣の中年女性である。本名不詳の医者で、どんな患者でもツケで診てくれる、『ミレニアム』にはなくてはならない人物だ。だが…彼女の事を良く思っている者はほとんどいない。


「今日もツケでラジオを持ってかれたんだよ。これでもう何回の診察が無料になってるか分かんないや…」

アユムが言うと、ユウタも、

「お前はまだいいよ。あのババァに貸しがあるんだから…俺達はみんな、あのババァに借金してんだぜ…そのくせ、『嫁さんと赤ん坊にはちゃんと食わせろ』だぜ…」


ヤブ医者ババァは患者をツケで診てくれる。言い換えれば、後できっちり診察料を巻き上げる。仕事から帰って来る患者の家族を待ち伏せして、稼ぎの一部を取っていくのだ。さっきユウタがやられた、あれだ。ババァにはカナコのお産の手伝いもしてもらっている上に、産まれた赤ん坊の主治医でもある。まだまだどれだけ借りが残っているかユウタは考えない様にしているらしい。そしてアユムの工房からは、『診察を1回タダにする』という条件で、自身の医院のバグダッド電池の設営やらレストア車やらを、料金を払わずにせしめているのだ。アユムが最初にレストアした4台の自動車の内、友達のユウタが1号車を買い取り、ヤブ医者ババァが2号車に乗っている辺りに彼女の経済事情が伺える。


「そう言えば、ババァが出掛けに何か変な事言ってなかったか!?」

不意にユウタが言うと、アユムも、

「ああ、最後、何か変な話になってったなぁ…」

「ん…!?どんな話だ!?」


「その…また『診察をタダにする』条件で商品を持っていこうとしたから、僕が、『僕もカオリさんも滅多に病気にならないからなぁ…』って言ったんだ。」


「ふむふむ、それで!?」


「そしたらあの人が、『何言ってんだい、あんたはともかく、カオリちゃんは遠からず私が診る事になる』って…何だったんだろう、あれ…」


そして、ババァの言葉にキョトンとしたアユムに、ババァはこう呟きながら、工房を出ていったのだ。『やれやれ、ありゃあ私の出番はまだずっと先かねぇ…』、と…


「………あー…そういう事か…」

妙に気の抜けた返事をするユウタ。


「ど…どういう事!?」


「つまりさ…カオリさんがいずれおめでたになるって事だよ。」


「おめでたって…!?」


「…妊娠するって事だ…」


「妊娠!?誰の子供を…」


「もちろんお前の…」


「ちょっと待って、誰が…!?」


「だからカオリさんが…」


「誰の…」


「お前…いい加減にしろよ!!」

さすがに怒鳴るユウタ。


「ご、ごめん…そ、それじゃあカオリさんが僕の子供を、妊娠………!?」


     ※     ※     ※


同時刻、地球大気圏外…


かつて夜空を埋め尽くさんばかりの宇宙船が艦隊戦を行ったそこは、何も無い静寂が漂っていた。眼下の雲間には日本列島、その東北地方の仙台平野から、


『え〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!??』


という巨大な書き文字が飛び出した。


     ※     ※     ※


同時刻、仙台…


真っ赤になって大声を張り上げるアユムに怪訝な顔のユウタ。


「な、なあ、アユム…」


それから2人は小声でゴニョゴニョと話をし、慌ててアユムから離れるユウタ。


     ※     ※     ※


同時刻、地球大気圏外…


仙台の方から、またもや巨大な書き文字が飛び出してきた。


『何ぃぃぃぃぃっ!?まだ何もしてないぃぃぃぃぃっ!?』

おまけ


『…時刻は午後5時となりました。ニュースの時間です。信頼できる関係筋からの情報によりますと、旧群馬県、「ジョシュア王国」は、「軽井沢暫定政府」より同盟締結を打診され、これを拒否した事が明らかになりました。

「軽井沢暫定政府」は昨年まで旧長野県上田市を勢力下に置く「ヴェーダ公国」と相互依存…ゴホン、もとい、協力関係にありましたが、昨年秋に東京で起きた「アルゴ事変」に対し、「ヴェーダ公国」が何もしなかった事を不安視して袂を分かち、「ビッグディッパー」のグリーン、最上エイジ氏の偽物を立てて独自戦力の募集を試みましたがこれにも失敗し、新たな寄生先…コホン、失礼しました、同盟相手として北関東に安定した勢力を築き、軽井沢にも程近い「ジョシュア王国」を選びましたが、同国の国王、北条ヒデヨシ氏は、自国に何の利益も無いこの同盟に応じなかったとの事です。

その際、北条王はかなり厳しい言葉で軽井沢を非難したとの事で、今後、この事が原因となって旧群馬-長野県境付近で軍事的緊張に発展する危険性があり…』

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