23ー12 報いの果て
自壊し、6つに裂け、落ちていく『天使アルゴ』。その上に作られていた巨大『天使』のオブジェも、枯れ草の様に朽ちて消えていく。その中を倒れるように落ちていく、胸に裂け跡の出来た『天使』アレッツと、飛行ユニットを展開させて降りてくる『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』。これらを納める画像の右下には、"by Watcher"の文字。
『ウォッチャー』は自身が撮影した動画に満足げに笑った。実に見ものだった。アドミラルも7人の英雄達も『生きたおもちゃ』も、俺の手のひらの上で良く踊ってくれた。『天使』の退場が早すぎたのがちと不満だが、『スーパーノヴァ』はまだ擦り様はあるだろう。『エンジェルキラー』とでも呼んでまた派手に配信すれば、この列島の西側や近隣の大陸のアレッツ乗り達が倒しに来るに違いない。
まだまだショーは続く。そう思った次の瞬間、
バタン!! 不意に後ろのドアが乱暴に開かれる。誰だ!?このアジトがバレるなんて…
そこに立っていたのは、身の丈2mに達する筋肉質の大男。
「とうとう捕まえたわヨ、『ウォッチャー』!!アンタの配信は終了ヨ!!覚悟ナサイ!!!」
見た目とは不釣り合いなオカマ言葉の大男…網木ソラは、両手の指をポキポキ鳴らす。
ここまでか…抵抗する手段を持たない『ウォッチャー』は両手を上げる。その瞬間も彼は、嘲るような薄ら笑いを浮かべていた。
ズ ズ ズ ズ… 外では轟音が轟いていた。
『天使アルゴ』が、地に落ちたのだ…
※ ※ ※
同時刻、旧東京、新宿副都心廃墟…
複数に分裂した『天使アルゴ』は、新宿近辺にあるいくつかの広大な緑地に落ちた。
巨大質量の落下によって大量の粉塵がもうもうと舞う中、その粉塵を大量に被り、地面に横たわるオリジナル『天使』。その胸の裂け目から、『生きたおもちゃ』が這い出てきた。
「ゴホっ…ゴホっ……」
粉塵に喉をやられ、激しく咳をする『生きたおもちゃ』。
『ゴホ………ゴホ………………っ!!』
胸の裂け目から転がり落ち、その時に痛めた片足を引きずりながらようやく3歩歩み、振り返り、見ると、そこに横たわっていたのは、全身ボロボロな上に大量の粉塵を被った、『天使』の無惨な姿…
「………終わった…」
それを見た『生きたおもちゃ』は、主語もなくその台詞を漏らすと、力なくその場にへたり込み、呆然とこれまで自身を縛り続けていたものを見上げた。
コツ、コツ……… 足音がする。
コツ、コツ、コツ…こっちに近づいてくる。
コツ… 粉塵がようやく少し治まると、足音の主…そこに立っていたのは、ツナギ姿のメガネをかけた青年…渡会アユムであった。
「………」
「……………」
黙ったまま見つめ合い…睨み合う事しばし…
「…僕の…勝ちだな…」
アユムがそう言うと、『生きたおもちゃ』は、
「ああ………」
「約束を………守ってもらうぞ…」
「………何の、事だ…!?」
「とぼけるな!!僕が勝ったら教えてもらう約束だったろう!!」
大声になるアユムに、『生きたおもちゃ』は嘲る様に、
「俺が約束を守るとでも…」
「教えてくれ………お前の、名前を!!」
「…………はぁーーーーーっ!?」
今度は『生きたおもちゃ』が大声で叫んだ。
「『はぁー!?』じゃないよ。いつまでも『お前』じゃあ呼びにくいだろう!?教えてくれよ、お前の名前を…」
「お前、佐藤ルリとやらの居場所はいいのか!?」
「それは自分で探す。元々そのつもりだったし。それよりお前の名前を教えろ。」
「………」
呆ける『生きたおもちゃ』。
「お前は『生きたおもちゃ』なんかじゃあない。お前にだって、名前があるはずだ。教えてくれ、お前の名前はなんて言うんだ!?」
「………………」
『生きたおもちゃ』の目が潤み、
「俺は………」
ヒュ ン! ガ ン ! 「ぐぁ!?」
アユムの後ろから石が飛んできて鈍い音を立て、『生きたおもちゃ』は悲鳴を上げてのけぞった。彼は再びゆっくりと頭を上げると………彼の額はぱっくりと割れ、赤い血がドクドクと後から後から流れて来た。アユムが振り返ると、そこにいたのは見知らぬ人物。彼がさっきの石を投げたのに間違い無かった。
「よ…く…も……」
彼は怒りの形相で涙を浮かべていた。彼だけでは無かった。彼の後ろには、何十人、何百人、何千人もの人々がいた。男もいれば女もいた。老人もいれば子供もいた。皆怒りと嘆きが綯い交ぜな表情で、『生きたおもちゃ』を睨んでいた。そして、最初の男が叫んだ。
「よくもやったなぁぁぁぁぁっ!!!!!」
それ以降、集まった群衆から、ありとあらゆる罵倒の言葉と、ありとあらゆる大きさと形の石礫が浴びせられた。「死ね!」「くたばれ!!」くらいは大人しいくらいの罵声が…
さっき石を投げた彼が、その他の彼等彼女等が誰で、何に対して怒っているかは分からない。あまりにも心当たりがありすぎるからだ。昨日、『天使アルゴ』によって焼け野が原にされた東京には、一時期よりかなり減ったとはいえ、何百人もの人々が住んでいたし、ここへ来るまでにも『生きたおもちゃ』はいじめの復讐の名目で多くの無関係の人々を村ごと滅ぼして殺して来た。それらの大量虐殺から奇跡的に生き残った者や、殺された者の家族や友人等の関係者が、大挙して押し寄せて来たのだ。それこそ、数え切れないくらいに…
「あ、あ、あ………」
額から血を、目から涙を流しながら震える『生きたおもちゃ』。破格の性能を誇る人型兵器を失い、彼は再び、いじめられの、殴られ、蹴られ、壊れるまで弄ばれる『生きたおもちゃ』に戻っていた………
「みんな、やっちまえ!!」「「「おおお……!!」」」
誰かの叫びに皆が同調し、手に手に角材やら鉄パイプやらを持って襲いかかろうとした。その時、
「やめろぉぉぉぉぉっ!! やめてくださいぃぃぃぃぃっ!!!」
アユムは『生きたおもちゃ』をかばうように立ちはだかった。
「皆さんお願いします!!こいつの事、許してあげてください!!!」
「何でそんな奴かばうんだよ!!」「あんた『スーパーノヴァ』だろう!?そいつやっつけた」「そいつが何をしたか分かってんだろう!?」
「こいつにはもう悪い事する力はありません!!こいつだって可愛そうな奴なんです!!だから…この通りです。お願いします。こいつの事、許してやってください…」
アユムはその場で、深々と土下座した。
集まった者達は数刻シンと静まり返ったが、
「『スーパーノヴァ』………そこをどいてくれ。」
その男の口調は冷たかった。
アユムは、一瞬、意を決したような表情になって、
「『ウォーク・ストレンジャー』………」
『ウォーク・ストレンジャー』は僕です。こいつを復讐に駆り立てたのは僕のせいなんです。そう言いかけて、
ゲシっ!「ぐっ!!」 アユムの後頭部に激痛が走り、その言葉は途切れる。意識が遠のく中、見上げると、そこには『生きたおもちゃ』が仁王立ちしていた。こいつに、蹴られたのか…!?彼は高笑いしながら、叫ぶ。
「わーーーーっはっはっは!!俺こそは『ウォーク・ストレンジャー』!!人に蔑まれ、人を恨み、人と人とが触れ合わぬ世を作ろうとして、俺以外の全ての人を滅ぼそうとした、『生ける殺戮玩具』だぁぁぁぁぁっ!!!!!」
(こいつ………『ウォーク・ストレンジャー』の罪を、自分が負い被る気だ………!!)
違います…そう言おうとしたが、段々意識が遠くなってきた。
「立てやコラーーーっ!!」「死ねーーーーっ!!」「手前ぇなんて野郎だぁぁぁ!!『スーパーノヴァ』はお前を庇ってくれたんだろうがぁぁぁ!!!」後はただひたすら、聞くに耐えない罵声と、肉が裂け、骨が砕ける殴打音が響く。
「………ムっ!アユムっ!!………」
何故だかカオリさんの声まで聞こえた気がし、そこでアユムは完全に気を失った。




