23ー11 人を好きになる事を知るための旅
オリジナル『天使』アレッツの腕は6本。うち背中から伸びる2本は通常の砲身にも光剣にもなる物、肩から伸びる2本は楯を兼ねた巨大な鈎爪の着いたもの、そして胸から伸びる2本は通常のマニピュレータで…どういう謂れか、両手に包丁の様な形をしたダガーを1振りずつ持っていた。
「行くぞ…」
ガチャン! アユム機…『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』は、両肩の武者鎧の大袖に当たる楯状の装甲を取り外して両下腕部に取り付け、腰のアンブレラウェポンを抜いて、二刀流の構えを取る。
『来い!!』
『生きたおもちゃ』…『天使』アレッツも、6本の腕を広げる。
そのままの姿勢で動かなくなる2機だったが………不意に部屋全体が大きく揺れた瞬間、両機は同時に突進し、距離を縮めた。
「『うおおおおぉぉぉぉぉ!!』」
※ ※ ※
同時刻、旧東京廃墟…
「タイチョー、あれ…何か傾いてネーっスか!?」
シノブが指摘する通り、天使『アルゴ』は船体を大きく傾け、徐々に高度が落ちていった。
「…さっきのビームの被害か…あの船は落ちるぞ…アユム君…急いでくれ………」
※ ※ ※
同時刻、『天使アルゴ』内部…
コクピットの光る空間に浮かぶ『生きたおもちゃ』に、『天使アルゴ』の被害状況が伝えられていた。さっきの三面六臂『天使』のビームで第6ジェネレータ、第5、第6コンバータが消失、隣接する第5、第1ジェネレータも出力低下。『天使アルゴ』は高度を維持出来ず、ゆっくりと落下中。何とかアユム機を身動きが取れなくして、『アルゴ』から離脱したほうが利口だし、今までの彼なら迷わずそうしていた。だが………何故だか彼はそこを離れたくなかった。
タァァァン! タァァァァン!! 『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』の両腕のアンブレラウェポンの先端からパーティクルの弾が射出され、『天使』は鈎爪の楯でこれを防ぐが、 『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』は右手のアンブレラウェポン『美神の魚口』を突き出して突進して来る。ガキィィィ!!辛うじてそれを包丁で受け、弾き返す『天使』。しかし次の瞬間、『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』は左手のアンブレラウェポン『戦神の敵』を腰だめに突きつける。身を躱して避けようとする『天使』だったが、弾かれて大きく振り上げられた『美神の魚口』が自然な動きで振り下ろされ、『天使』の左肩アーマーに切れ目が入る。反撃しようと包丁を突きつける『天使』だったがそれは空振りし、『戦神の敵』の銃撃で左手の包丁を吹き飛ばされる。『天使』は背中の腕のビーム砲を撃とうとするが、『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』は屈んで避け、左の背部飛行ユニットを損壊するに留まった。屈んだまま両手のアンブレラウェポンを突き出したままジャンプ!所謂カエル飛びアッパーで『天使』の腰にも切れ目を負わせる。ここで『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』は左右バランスの狂った背部飛行ユニットをパージする。
(何なんだ、こいつの動きは…)『生きたおもちゃ』は思った。攻撃の終わりが見えない。振り下ろした後の自然な動きで、次の攻撃に移っている…
対するアユムは思った。
(背中の2本の腕は砲撃では広範囲をカバーするが斬撃では前まで届かない。肩から伸びる鈎爪は危なそうだが肩アーマーと干渉して可動範囲は狭いだろう。そして、胸の腕は武器が包丁ではリーチが圧倒的に短い。つまり…前方の銃と剣のリーチの境界付近が死角になる。その辺りを行ったり来たりして翻弄すればいい。でも…ただ倒すだけじゃだめだ…)
「………入学した高校で、女子にパシリをさせられていた奴をかばった事があった…」
不意にアユムはそう言い出した。
『はぁ!?それがどうしたんだ…!?』
「結局、それは僕の勘違いだったけど、その2人は友達になってくれた…」
『だからそれがどうした…』
「…世界でただ1人、僕の事を好きだと行ってくれた子がいた…」
『…』
「彼女にもう一度会って告白の返事をするために、僕の旅は始まった。」
ゴ ォ!! 再びアユム機は突進する。後はひたすら、撃ち合い斬り合いの応酬である。
「津軽海峡をアレッツで渡ろうとして遭難しかけた所を助けてくれた人がいた。何考えてるか分からない所もあるけどその後もずっとお世話になった人だ…
プロの軍人のアレッツ乗りから、アレッツを捨てる様に迫られた。その人とも決闘したけど、最後には味方になってくれたよ。あんな人こそが本当は世界を救えるんだろうなって感じの高潔な人だ…」
撃ち合い斬り合いの最中、 『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』は右腕の楯を、『天使』は背中の2本の腕を失う。
「父親が作った村を襲っていた野盗団の団長がいた。怖そうだけど、子分思いの結構いい人だったよ。それに、野盗を倒して自分が逮捕されて、僕に身元引受人になってくれって言って来る抜けてる一面もあったし…
SWDで両親を失って廃墟で暮らす少女を助けた事もあった。僕があの子にどれだけの事が出来たのか、本当に分からない。ただ、幸せになって欲しいと思うよ…
群馬に出来た国の自警団の女団長がいた。すごく強い人だった。少しでも機体に傷を付けられたのは奇跡だったと思う…」
『だからさっきからお前何を言って…』
「ずっと一緒に、旅をしてくれた女性がいた。離れていてもあの人は、僕と一緒に戦ってくれているよ…」
アユム機のコクピットでは、サブモニターの中の表示が告げていた。
”Blade Motion: Kaori Motion Ver.π”
「…そりゃダイダみたいなひどい奴はいたさ…でも、それでも、人生最初の最悪の出会いから、他人との触れ合いなんてみんな苦痛な物だって切り捨てちゃいけなかったんだ…
僕たちはこんなだから、全ての人達と仲良くなれる訳じゃない。それでも、手を結べる人は、この地上に必ずいるはずだ。だって僕にだって、産まれも性別も立場も違う、こんなにも大勢の友達や仲間になってくれる人達がいたんだから…
お前にだって、手を結べる誰かが、きっといるはずだ!!」
『………俺には、お前にとってのダイダみたいな奴等しかいなかった…』
『生きたおもちゃ』は静かに言った。アユムは続ける。
「僕達のこの性質は、ハンディキャップじゃあない、ふるいだ!!つきあうべき良き人と、つきあわざるべき悪しき人とを選り分ける!!合わなかった者は拒絶し、それでも、僕等の手を取ってくれた人達を大事にすればいい!!」
『俺のふるいからは…みんなこぼれ落ちて行ってしまった…』
『生きたおもちゃ』は自機の右手に握られた包丁を見つめる。かつて彼が手を取ろうとした者が、彼の胸に突き刺したと同じ形の包丁だ。
『それに、誰かの手を取るには、俺の手はもう血で汚れちまってる…』
「じゃあ…僕はどうだ…!?」
恐る恐るアユムは言ったが、
『「ウォーク・ストレンジャー」は、俺の人生の指針になってくれた…』
「『ウォーク』じゃなく、僕自身は…渡会アユムは、お前の人生の何だ…!?」
『………分からない。』
『生きたおもちゃ』の返事は素っ気ない物だった。
「はぁー!?何だよそれ…」
『とにかく…俺にはお前の取っ手の佐藤ルリみたいな奴はいなかった…』
ボソッと言った『生きたおもちゃ』の台詞にアユムは驚いて、
「…ちょっと待て!お前何でルリさんの名字を…!?まさか、『全知』の能力で、ルリさんの居場所を…!?」
『生きたおもちゃ』はしまったと思いながら、
『知らねぇな!!いっそ力付くで聞いてみろや!!』
その言葉に、アユムは、はぁー…、と、ため息をつき、
「『戦争が無くならないのは、戦争が問題の解決にある程度有効だからだ』…」
それを聞いた『生きたおもちゃ』は、嬉しそうに口角を歪ませる。
「………戦おう。勝った方が負けた方の言う事を聞く。」
アユム機は再び両手のアンブレラウェポンを構える。
『いいねぇ…やっぱりお前は「ウォーク・ストレンジャー」だ…』
『生きたおもちゃ』の言い、4本残った腕を広げる。が、2人ともその口調は妙に清々しげだった…
※ ※ ※
同時刻、旧東京廃墟…
「な、何かバラけて行ってないっスか…!?」
高度を下げる『天使アルゴ』を指さしながらシノブが言った。確かに、『天使アルゴ』は、さっき光弾が突き抜けていった辺りから大きな亀裂が走り、徐々に分解していった。内部構造体をマテリアル還元してコピー『天使』を大量に造ったせいで、構造が脆弱になっていたのだ。エイジはそんな『天使アルゴ』の状況を見ながら、
「…いや、彼ならきっと………」
※ ※ ※
空中分解しながら地に落ちつつある『天使アルゴ』の内部で、アユム機と『天使』は何合も斬り合い撃ち合いを続けていた。しかし、破格の戦闘力を誇る『天使』も、これまでずっと各地の猛者どもと戦い、倒して旅してきた『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』のカスタマイズの蓄積とアユムの経験の方が勝っていた。『天使』全身に無数の銃痕と斬り跡を負い、一部は装甲を貫通して内部構造にまで到達していた。
『ガァッ!!』 ガ キ ィ っ!!「ぐぁ!?」
最後の力を振り絞った『天使』が、鈎爪の着いた腕でアユム機を左右から掴み、アユム機は身動きが取れなくなる。『生きたおもちゃ』は不敵な笑みを浮かべて胸の腕で包丁を振り上げる…が、
「……もう一度、聞くぞ…僕は、お前の何だ…!?」
自機が掴まれたまま、再びアユムが問うた。
『だから…分かんねーっつってるだろう!?』
「……僕は結構、お前の事、好きだぞ。」
アユムのその口調に偽りなぞなかった。
『はぁー!?何を言って…』
「そりゃいじめの復讐でクラスメート全員を殺すのも、そのとばっちりで無関係の人を殺すのも許せないけど、いじめられる苦しみもいじめた相手を許せないのも僕だって分かるし、出会った頃のお前は、年上なのに何か頼りなくて放っとけなくてさ…『ウォーク・ストレンジャーの手記』を聞き届けてくれたのも嬉しかったし…それに…あんまり大きな声じゃ言えないけど、僕が出来なかった復讐をやってのけた事もすごいなって…」
『いや最後のはお前が言っちゃいけないだろ!?』
「とにかく言いたいのは、僕はお前の事、好きだって事。」
『何恥ずかしい事言ってんだ!?頭おかしいんじゃねぇのか…!?』
「おかしくなんか無い。これが正常なんだよ。」
『生きたおもちゃ』との初戦後、人事不省に陥っていたアユムに、郡山の温泉でシノブがアユムに言った。『好きの反対は嫌いじゃなく無関心だ』、と…アユムは『生きたおもちゃ』に、強烈な嫌悪感と同時に、強烈なシンパシーも感じてしまい、2つの相反する感情に混乱してしまったのだ。しかし『好き』と『嫌い』は『無関心』から大きく感情が振れたという点で同義。ただその振れた方向が違うだけだったのだ。だから今だからこそ言える。
「僕はお前の事、好きだぞ。お前はどうなんだ!?僕はお前にとって何だ!?」
『………分かんねぇよ…』
『生きたおもちゃ』はボソっと言った。
「お前まだそんな…」
『分かんねーんだよ…俺は産まれてこの方、ずっといじめられてたから…』
「お前…」
『俺のこれまでの人生には、いじめの加害者と扇動者と傍観者しかいなかった。だから分かんねーんだよ…』
コクピットの中の『生きたおもちゃ』は、顔を真っ赤にして、胸を押さえながら叫んだ。
『この、胸がポワポワ、ドキドキする感じが何なのか………』
コクピットの中のアユムは微かに微笑み、シートの右側のレバーを起こし、前へいっぱいにスライドさせる。
「『インビジブル・コラージ』!!」
その瞬間、『天使』の鈎爪に掴まれていたアユム機は消えた。いや、肉眼にもセンサーにも映らないくらいに小さくなり、『天使』の鈎爪の装甲の破損部分から中に侵入した。
腕の中のわずかな隙間を肩へと遡りながら、内側から『天使』を破壊していくアユム機。ボン! ボン!! 『天使』の肘がもげ、次いで肩が外れた。 『天使』のコクピット内の『生きたおもちゃ』にも、各部に深刻なダメージが蓄積されている事が告げられる。やがて周囲の光る空間が、テレビのブラウン管が消えるかの様に少しずつ暗くなって行く。今まで『生きたおもちゃ』と『天使』を繋いでいた見えないケーブルが、次々と千切れていくのを感じた。
ピキっ! ピキっっ!! 最後に真っ暗闇のコクピットの前方に亀裂が走り、 バリン! 闇を破って『生きたおもちゃ』の目の前に、プラモ大の『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』が現れ、握手を求めるかのように『生きたおもちゃ』に右手を差し伸べる。『生きたおもちゃ』が躊躇している間に…
『インビジブル・コラージ』、タイムアウト… 『天使』の胸部装甲を内側から突き破って、『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』が現れ現れた。
※ ※ ※
同時刻、旧東京廃墟…
エイジの目の前で、崩壊する『天使アルゴ』。その間から、胸に大穴を開けて落ちてくる『天使』と、飛行ユニットを展開させてゆっくりと降りてくるアユム機の姿があった。やってくれたのだ。あの少年は…
エイジは落ちていた木の枝を取ると、地面に字を書き始める。
"Invisible Courage"(見えない勇気)
ふと、エイジは真ん中の"s"を消し、
"Invi_ible Courage"
空いた所に"n"と"c"を無理やり書き込む。
"Invincible Courage"(無敵の勇気)
エイジは満足そうに微笑むと、後ろで待っていたシノブとともに、何処ともなく去って行った…
※ ※ ※
様々な物をバラ撒きながら分解し、落ちて行く『天使アルゴ』の中から、アドミラルが持ち込んだのだろうか、親子3人で撮った家族写真が入った写真立てが零れ落ちた。
ガシャン!何かの拍子に前面のガラスが割れ、3人が写った写真がヒラヒラと落ちて来たが、それは風に舞い、天高く、遥か高くに吹き上げられ、段々と小さくなっていき、
やがて、見えなくなった。




