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4ー1 小さな一歩 大きな一歩

その夜…


アユムは一人で、夜空を見上げていた。


様々な目立つ星や星座には目もくれず、何故か見つめたのは、南天の天頂近くの、暗い星々が歪んだH型に並んだ星座。


「ヘラクレス座」…ギリシャ神話の英雄ヘラクレスを形どった星座。だが先も述べた様に暗い星ばかりで構成され、しかも上下逆…頭が下に、足が上になっている。そのα星は、以前も話題にした、「ラス・アルゲティ」。ヘラクレスの頭の位置にあり、隣りのへびつかい座のα星、「ラス・アルハゲ」と、逆さ磔のまま見つめ合っている。


ギリシャ神話にはよくある話だった。好色な主神ゼウスが、夫のある人間の女に産ませたのがヘラクレス。アユムが小学生の時に初めてこの話を聞いた時、結婚もしていない2人にどうして子供が産まれたのか不思議だったが…さすがに今なら意味が分かる。


そしてこれまたギリシャ神話でよくある話だが…ゼウスの妻の嫉妬深い女神ヘラが、この事に怒る。ゼウスもゼウスだが、ヘラもヘラだ…


ヘラはヘラクレスを狂気に落とし、自身の子供を殺させる。我に返って悲嘆に暮れたヘラクレスが神託を受けて挑んだのが、10の試練、後に2つ増えて12の試練。


その華々しい活躍にも関わらず、死後、彼に与えられたのは、目立たない逆さ磔の星座では、何とも割に合わない。ヘラの贔屓でもあったのか、彼に倒された化け物どもの方が、星座としては目立ってるのに…


しし座…結構目立つ形でレグルスは一等星だが、一等星の中では暗い方。

かに座…あまり目立たない。

うみへび座…全天で一番広いが、やはりあまり目立たない。

りゅう座…おおぐま座とこぐま座の間の暗い星ばかり、しかもヘラクレス座に頭を踏みつけられてる。

ケルベロス…ヘラクレス座の一部で、頭だけヘラクレスに掴まれてる。昔は独立した星座だったが統合された。

いて座…12の試練とは関係ない戦争のとばっちりでヘラクレスに殺された。前に述べた通り、ケンタウロスというよりティーポッドに似てる。


「…倒された方もあまり目立ってない…」


まぁそれはともかく…


「ヘラクレスの選択」…敢えて苦難に身を置く事。


何となく思う。例え子殺しが誰かに操られての物だったと後で知っても、ヘラクレスは試練を止めなかっただろうと…自分が許せなかっただろう。神に命ぜられて始めた事だが、あれは紛れもなく彼の意思によるものだろう。


「僕のこれもきっと…」


アユムは首から下げてる青い石のお守り袋をぎゅっと握り、次の瞬間、心のなかで(おこがましい)と思った。弱い自分と英雄ヘラクレスを同列に考えるなんて…ヘラクレスの試練は子殺しの贖罪、それに対して僕のこれは、矮小で独善的で個人的な事…


「いや、違う。これも、きっと…」


誰にも異論は言わせない。これは、僕にとって、きっと価値のある、重要な事なのだ、やり遂げる事に、きっと意味はあるのだ…


もう夜は遅い。寝よう。アユムは寝袋を取り出すと潜り込み、眠りについた…


     ※     ※     ※


それからアユムは、渡島半島を南下し、たどり着いたのはその南端の大都市。


かつては夜景がきれいだったらしいが、さすがに今は見る影もない。いずことも同じ、廃墟と、その周辺に村があるのみ。


一応、そこで修理屋の仕事をやろうとしたが…やはり子供にしか見えないアユムに修理を依頼する者はいなかった。


「カオリさん…言われたとおり修理屋やってますけど…上手く行ってませんよ…」


地面に座り込んだアユムが何となくボヤくと、


「そりゃ悪かったわね…」


懐かしい声がして、顔を上げると、そこには数日前に別れた、快活な女性が立っていた。


「久しぶりね、アユム…」


「カオリさん……」

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