23ー7 カスタマイズ:コンプリート
翌朝、荒川北岸…
アユム機は河岸に立ち、遥か南…東京を見つめていた。
いや…東京『だった場所』と言ったほうが正しいだろう。川向うの遥か南は一面の焼け野が原、その上空に、昨日雨を降らした一面の黒雲と、その真っ只中は宇宙戦艦『アルゴ』と融合し、巨大化した『天使』アレッツの異形。東京を地獄に変え、その地獄を全世界へ広めんとする張本人だ。その周りを何百、何千もの『何か』が、雲霞のように舞っている。『天使アルゴ』から伸びている触手だ。先端に『天使』アレッツをコピーした物が着いている。昨日も何十本か見られたが、あれから更に増えたらしい。
(あれらを殲滅しないと、『天使アルゴ』に取り付けないのか…)
コクピットのアユムは思った。
”しっかりやりなさい、アユム!!あたしが一緒にいるから!!”
声がした様な気がしてアユムは後ろを振り向く。だが、複座コクピットのリアシートには、誰もいなかった。
アユムは前を向き直る。後でリアシートを撤去してしまおう。もう、座ってくれる人はいない。
あんな素敵な女性が、ずっと僕のそばにいてくれた事自体が、奇跡だったんだから…
心に吹いた隙間風を振り払う様に、アユムはグリップを握り直す。彼が乗っているアレッツは、昨日までの戦いで得たマテリアルを用いて、この最終決戦のために、更なるグレードアップを遂げた。4振りのアンブレラウェポンを搭載し、腰部の増加ジェネレータと背部ランドセルの増加コンバータを更に追加し、飛行ユニットを腰部に加えて背部にも追加した、
アユム機 セミキューブ 動作追随性重視型 M
『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』
※ ※ ※
同時刻、新宿上空、『天使アルゴ』コクピット内…
光る空間の中に漂っていた『生きたおもちゃ』は、遥か北に見知った顔がある事に気付き、呟いた。
「…まだ80%くらいだってのに…せっかちすぎだよ、渡会アユム………!!」
※ ※ ※
同時刻、アユム機コクピット内…
右手でグリップを握り、左手をトラックボールに添えるアユム。メインモニターには変形した六角形の大きなマーカーが映り、その右下に『30.00』の数字、そして右には『Temperature』の緑の縦バーが出ている。その向こうにあるのは、黒雲の中の『天使アルゴ』。アドミラルの演説の時に映像越しに見た時は、奇妙な精悍さがあったが、今は禍々しいとしか思えない姿だ。
(アドミラル…あなたの手を取れなくてごめんなさい。それから、『あなたを止める』と言いながら、結局何も出来なくて、あなたの野望の船も、あんな姿にさせてしまってごめんなさい…見てて下さい………今度こそ、撃ちます!!)
アユム機の両腕は、『大砲』を抱えている。アンブレラウェポン(スナイパー)、『雲晴らし』と、アンブレラウェポン(ガトリング)、『雨刈り』を前後に連結し、周囲をジョイントパーツで固め、その後ろにカウンターウェイトも兼ねたエネルギーコンデンサを接続し、後ろ側の『雨刈り』で生成したパーティクルを次々と前側の『雲晴らし』に送って射出する、アレッツ自体の全高にも匹敵する超長銃身の大砲。運用にはいくつかの問題があり、昨日の作戦ではエイジ機が狙撃手を担う予定だったため使用しなかった秘密兵器。それがついに日の目を見たのだ。
アユム機の周辺には3機分のアレッツの残骸が転がっており、それらから伸びたケーブルが、『大砲』に接続されている。問題点の1つ、エネルギー供給不足を、昨日の戦闘で撃墜した機体からジェネレータとコンバータ3機分を回収し、自機のそれらと直列につなぐ事で解消したのだ。
足元に無惨な姿を晒すそれらに、アユムは思った。
(お前等には災難だが、スクラップになる前にもう一働きしてもらうぞ。)
それからアユムはメインモニターのマーカーを『天使アルゴ』に合わせ、
「カウント、スタート!!」
右手のグリップのトリガーを引くと同時に、マーカー右下の数字が『29.99』、『29.98』…と減りはじめ、
砲身から長い長い光の柱が放たれた!!
超限外荷電粒子兵装、『星落とし』
光の柱は『天使アルゴ』に伸び、表面に光の玉を発生させる。『天使アルゴ』の表面が爆発し、コピー『天使』の何機かが巻き添えを食って蒸発しているのだ。
27、26、25…右下の数字が徐々に減っていき、右側の温度ゲージがグリーンからイエローに上がって行く。アユムは左手のトラックボールをゆっくりと左から右へ転がす。『星落とし』の砲身から放たれる光の柱も、それに合わせて右に少しずつ移動し、『天使アルゴ』の表面に横一文字に焼け跡を作り、何十機ものコピー『天使』が墜ちていく。20、19、18…
※ ※ ※
同時刻、『天使アルゴ』コクピット内…
「邪魔すんじゃないよ、渡会アユム!!」
『生きたおもちゃ』は周囲のコピー『天使』を鬱陶しい砲手へと向ける。
※ ※ ※
同時刻、アユム機…
アユムはトラックボールをゆっくり移動させる。15、14、13…彼に襲ってきたコピー『天使』が何百機も爆ぜる。11、10、9…温度ゲージはイエローのまま上昇を続け、周囲のアレッツのスクラップが赤熱し、表面が熱気でぼやけて見える。5、4、3…ついに温度ゲージはレッドゾーンの突入し、マーカーにも『Warning』が現れ、『星落とし』の砲身のジョイントパーツも段々と溶けてくる。2、1…
「ゼロ!!」
アユムは右手人差し指をトリガーから外す。砲身の光の柱が消え、『星落とし』の砲身のジョイントパーツも、湯気を上げて溶けて消えていく。それに合わせて、モニターの温度ゲージはレッドからイエローへと下がって行く。やがてジョイントパーツが完全に溶解すると、『星落とし』は右手の『雨刈り』と左手の『雲晴らし』に分離された。温度ゲージは…グリーン!!
『星落とし』実用時の数々の問題…連結用ジョイントの強度と排熱を、連結用ジョイントを昇華潜熱(固体が気化する時に奪う熱)の非常に高い物質で作る事で解決した。『星落とし』の役割を多対一戦闘開戦時の突破口作りと位置づけ、分離合体を分離のみの非可逆とする事で、使用時の熱で溶解するジョイントの昇華潜熱で熱を奪う事で、砲身温度を安全域に保てる様にしたのだ。
ガシャン!! 周囲のスクラップと接続していたケーブルを外し、後ろのエネルギーコンデンサをパージすると、アユム機…『スーパーノヴァ・エクスプロージョン』は背中と腰の飛行ユニットを展開し、『天使アルゴ』めがけて飛翔する!!
※ ※ ※
同時刻、『天使アルゴ』コクピット内…
光る空間内に浮かぶ『生きたおもちゃ』は狼狽していた。
「表面装甲の被害甚大、コピー『天使』の大多数をロスト、対地上大口径ビーム使用不能…渡会アユム…いつの間にあんな物を…」
俺のために…
「俺を…邪魔するためにか…」
『生きたおもちゃ』はニタァと笑う。
「………相手してやんよ!!!」




