22-10 復讐者の末路
東京湾の上空で、表面に『天使』アレッツの顔を浮かべた『アルゴ』を見て、『スーパーノヴァ』のコクピットのアユムは驚愕した。あいつ…『生きたおもちゃ』も、間違いなくここへ来ているだろうと思っていたが、まさかこのタイミングで、こんな行動に出るとは…
そして、宇宙戦艦『アルゴ』のブリッジでは…
「コントロール、復旧させろ!!」
「だ、駄目です!!物理的に系統が切断…いえ、操縦系統そのものが喪失しています!!」
慌てふためくブリッジクルー達。
「あ、『アルゴ』、徐々に北西へ移動!!」
※ ※ ※
同時刻、お台場…
舞鶴アカネは自機のコクピットの中で、『アルゴ』の異変と方向変換を、呆然としつつ見つめていた。
「な、何が起きている…!?」
『アルゴ』を狙撃しなければ。でも…無理やり取り付けた狙撃装備では、急速接近しつつある標的を狙いにくい。
※ ※ ※
同時刻、大気圏離脱の衝撃に備えてシートに座っていたアレッツ乗り達は、突如、上昇が止まったかと思うと今度は空中を水平に動き出した事に戸惑った。どうやら『天使』のパイロットが何かしたらしい、誰かからそう聞いたその時、
メリメリメリ…「え…!?」
部屋の天井が下がり、床がせり上がって来て、
グシャッ!! 一部のアレッツ乗りが挟まれて肉塊になった。
「う…うわあああぁぁぁっ!!」「逃げろ~~~っ!!つ、潰されるぞぉぉぉ~っ!!」
アレッツ乗り達はパニックになったが、次々と床と天井に潰されていった。
「あ、アドミラル!!あいつが、クルー達を殺しているようです!!」
錯乱したクルーの報告を受け、アドミラルは一人、妙に落ち着いていた。
「『生きたおもちゃ』君、君は宇宙人攻めの最大戦力という事で、『アルゴ』に乗船してもらった。おまけに対人折衝の苦手な君のために、船内に個室も用意した。なのにこれは、どういう事なんだね!?」
すると、次の瞬間、全チャンネルでザっ、と、雑音が響いたかと思うと、
『…全世界人類に告ぐ。俺は、「生きたおもちゃ」だ。』
通信機がそう告げた。全世界人類という事は、この通信は、何らかの手段で全世界へと送られているのだろうか。
『俺は、保育園から高校まで、ずっと凄惨な虐めにあっていた。「生きたおもちゃ」と言うのも、歴代のいじめっ子の一人が名付けたあだ名だ。このあだ名がついて以降、もう誰も俺を本当の名前で呼ばなくなり、俺への扱いはあだ名通りの物となった。殴られ、蹴られ、物をぶつけられ、汚水をぶっかけられ…先生までもが他の生徒のご機嫌取りにそう呼ぶ始末…ひどいもんだろう!?俺にだって、ちゃんとした名前があるのに…』
その独白に多くの者は耳を塞がんばかりだった。ただ一人、アユムだけは、その言葉が心に染み入る感じがした。
『…俺は高1の連休に、不登校になって引きこもった。空虚な日々の中、俺は1つの希望と出会った…「ウォーク・ストレンジャーの手記」だ。』
「………っ!!」
アユムが微かに呻いた。
『ああ、誰か、誰でもいいから、このクソッタレな世界をブッ壊してくれたなら…そんなある日、俺の下に「天使」が降り立ったんだ。だから俺は旅に出た。俺を虐めた奴等全員に、復讐してやろうと思ってな…』
「君の悲惨な幼少期には同情するが、それと今回の暴挙とは、一体どんな関係があるんだね!?君は『復讐はまだ終わっていない』とも言っていたが…!?」
アドミラルが問うと、『生きたおもちゃ』は、
『それには、まず、「ウォーク・ストレンジャーの手記」について話さねばならない。』
ビクッ!アユムが震えた。
『「いじめとは人が4人集まれば成立する。即ち被害者と加害者と扇動者と傍観者である。」』
「…よせ…」
アユムが小さな声で言った。
『「いじめとは人が3人集まれば成立する。即ち被害者である少数派の1人と加害者である多数派の2人である。」』
「…やめろ…」
『「いじめとは人が2人集まれば成立する。即ち攻撃される弱者と攻撃する強者である。」』
メキメキっ!!「うわあああっ!!」「キャーーーっ!!」
『アルゴ』船内の迫る天井と床と壁は、一般クルー達をも押し潰して行った。
『「従って、いじめ、弱者攻撃の無い世の中を作るには…」』
「その先を言うなぁぁぁっ!!」
『「…人と人とが交われない世の中を作ることである!!」』
「言うなぁぁぁっ!!」
『「人間は社会を形成する生き物である。しかし人間は、それがどんな穏やかな人物であっても、社会の中で生きて行く際に多大なストレスを感じており、そのはけ口として弱者、異端者、余所者がいじめ、攻撃の対象となる。」』
※ ※ ※
同時刻、お台場…
「な、何っスか、あれは!?ひどい!!」
『生きたおもちゃ』の言葉にシノブが呻いた。
※ ※ ※
『「社会を形成するには、人類はまだ愚昧すぎたのだ。」…以上が、「ウォーク・ストレンジャーの手記」だ。』
『アルゴ』のブリッジで、アドミラルは呆然としている自身の副官に、小声で、
(ハンス…君の脱出艇に、ブリッジのクルーだけでも乗せて、『アルゴ』を脱出したまえ。私はそれまでの時間を稼ぐ。)
(…何の事でしょう…!?)
とぼける副官に、アドミラルは、
(ハンス・シュミット!!)
彼をフルネームで呼ぶ。英語圏ならジョン・スミス、日本で言えば山田太郎に当たる名を…
(!!っ)震えるハンスに、アドミラルは穏やかな声で、
(…復讐を、ありがとう。私はもう逝くよ。)
しばしの沈黙の後、ハンスは敬礼して、フランシーヌ等ブリッジクルーに逃げる様に促し、退出する。1人残ったアドミラルは、
「…それで…そのひどい作文が何だって言うんだね!?」
『俺の復讐は、まだ終わっていない。俺の復讐相手…俺以外の、全ての人間を殺すまでは…俺は人の間では生きられない。全ての人間がいなくなって初めて、俺は俺でいられる。生きていける。』
「その中には、君とは完全に無関係な、君へのいじめには何も関わっていない者も大勢いるぞ。」
『俺は被害者だ。なら俺以外の全ての人間は、加害者か扇動者か傍観者かのいずれかだ。だから殺す。全員殺す。』
アドミラルはようやく気づいた。自分が、とんでもない男を同志に引き込んだ事を…いや、とんでもない男だと分かってはいたが、御しきれると思っていた。そして…アドミラルは諦観してブリッジの天井を見つめる。これが、復讐を遂げた者の末路か…
「アドミラルぅぅ!!」
不意にメインモニターに、『スーパーノヴァ』の姿が現れる。『雲晴らし』を構えたまま、『アルゴ』に最接近したアユム機を…
「アユム君………遅いよ。」
グシャッ!! ブリッジは潰された。そして、『アルゴ』の上側表面が粘土細工の様に不気味に歪み、盛り上がって何かの形を形成した。『天使』アレッツの上半身だ。
※ ※ ※
同時刻、お台場…
「………」(ガシャン!!)
『アルゴ』の異様に呆けたアカネは、自機が持っていた超長銃身パーティクルキャノンを、思わず落としてしまった。
※ ※ ※
「く…っ!!」
アユム機は『雲晴らし』を『アルゴ』…『天使アルゴ』に撃とうとするが、『天使アルゴ』の表面から何本もの太い触手が伸び、それを阻んだ。触手の先端はいずれも『天使』アレッツの形をしていた。『アルゴ』をマテリアル還元して、自身を複製したか…
「う…うわあああっ!!」
『天使』型の触手に襲われ、思わず撤退するアユム機。『生きたおもちゃ』は続ける。
『しかし、思うに俺と同じ身の上の者…他人と交われない者も、世界中に少なからずいるはずである。だからせめて、その様な者達だけでも救おうと思う。大昔にあった、リアルに居場所の無い者達のための再起の場、それを自由に作れる手段を手に入れた。100万人の他人と交われない者達のために、100万の人工異世界を用意した。そして、「ラフカディオコーポレーション」の異世界転移のサイトも復活させた。他人と交わらずとも生きて行ける者達は、ここにアクセスするがいい。』
「お前…」
『俺が本気である事の証として、とりあえず東京を破壊する。』
『天使アルゴ』は、いつの間にか旧東京上空に来ていた。『天使アルゴ』の下面に、徐々に光が集まって来る。やがてそれは溢れ、下へ、迸り、
カ ッ !!
直下の、東京の街を焼いた。宇宙人に破壊され、往時の繁栄はもう無いとは言え、それでも大勢の人々が住んでいた東京を…
「あ………!!」
呆然とするアユム。
『これからこれと同じ事が、世界中で起きる。社会を形成し、他人と交われない者達を迫害し、他人と交わるストレスの憂さ晴らしのスケープゴートにした、報いだ!!
俺は、「生きたおもちゃ」。貴様等が俺を蔑み、呼んだ名前を名乗る者の手によって、貴様等は滅ぶのだ!!』
西に沈む夕陽と、燃え盛る炎で、真っ赤に染まる東京の街を眼下に、アユムはなす術もなく立ちすくんでいた…




