22-3 ほんの少し 魔法が使える
さてどん尻に控えしは、濃紺色の独眼竜、渡会アユム機である。所々に金の差し色が入った鎧武者の様なボディに、額には細い弦月の前立て、そして左右色違いのカメラアイ。自称『ノー・クラウド・クレセント』、通称『スーパーノヴァ』である。
「アユム!前方に機影、多数!!」
「分かりました、カオリさん!!」
コクピットは前下方のパイロットシートと、後ろ上方のオペレーターシートの複座式。パイロットは渡会アユム、オペレーターは相川カオリだ。北海道で数奇な運命から出会い、以降ずっと仙台を経由して東京への旅を共にしてきた2人は、同じアレッツで共に戦う。
「てめえ『スーパーノヴァ』!この嘘つきめ!!」「何が『SWDは事故、宇宙人はもう来ない』だよ!!」「地球をめちゃくちゃにした連中の肩を持つ裏切り者め!!」「それとも、宇宙人が怖い弱虫かぁ!?」
アユム機に接近する野盗機のパイロットが口々に叫ぶ。アユムは「強いて言えば」と前置きした上で、こう言い放った。
「僕は誰かを憎むために、ここまで旅して来たんじゃないって事だ!!」
すると、今まで殺気立っていたアレッツ乗り達の一人が、急に冷めた声で言った。
「あのなぁ…お前、あの演説の時から思ってたんだけど、何かズレてんだよ…」
僕は変わり者。そんなのとっくに受け入れている。みんなが流行りを追いかけている中、僕だけは星を眺め、機械をいじり、プラモを作っていた。だから…僕の言葉が届かない人の方が多くたってどうって事無い。言葉や手の、届いた人達を大切にすれば…
「問答無用ですね…戦って白黒を着けましょう…」
「望むところだぁぁぁぁぁ!!」「手前ぇを倒して俺が日本最強だぁぁぁぁぁ!!」
迎撃部隊のアレッツが一斉にアユム機に飛びかかって来る。それを迎え撃つべく、閉じた傘のような物を両手に構えるアユム機。銃にも剣にもなる荷電粒子武器、『アンブレラウェポン』である。
右手にアンブレラウェポン(ガトリング)、『雨刈り』!!
左手にアンブレラウェポン(スナイパー)、『雲晴らし』!!
「ファイヤ〜〜〜っ!!」タタタ…
その掃射だけで接敵前に多くの機体が太腿を撃ち抜かれて機能停止する。運良く星の雨をくぐり抜けられた敵機に、容赦なくドリルモードの『雨刈り』が突きつけられる。それを紙一重で躱した敵機だったが、そのままドリルの先端から荷電粒子の弾が撃ち込まれ、胸に風穴を開けて崩れ落ちる。いつの間にか両手の武器は通常型のアンブレラウェポン(『軍神の敵』と『美神の魚口』)に持ち替えられており、夜の闇の様に深い蒼の機体をバックに、剣筋が流星の様に輝く。振り下ろしたかと思うと既に次の斬撃に移っており、かと思うと先端から光弾を発し…無銘の剣豪、相川カオリの太刀筋をトレースし、独自進化を重ねたオリジナル剣戟モーション、『カオリモーション』を搭載しているが故に実現できた戦闘力だ。
ブ ン! 「ん!?」
振り下ろした剣を何度も躱されている。いや、敵が思い切って踏み込んでこないのだ。宇都宮でのアカネとの戦闘を『ウォッチャー』が配信した動画を観たのだろう。アユム機の必殺技、『インビジブル・コラージ』は、正体は分からないが射程距離がある。その情報を掴んだ彼等は接近を避けているのだ。だが…
「あんな物、僕の力の一つに過ぎない!!」
何百機もいた敵機は、いつの間にか数えるくらいに減っていた。アユム機は傘のような武器で、あるいは斬り、あるいは撃ち、敵を次々と倒して行った。
アユムの心は今、高揚していた。破壊や暴力の快感に、では無い。
前にアカネやレオがいてくれる。隣にエイジやシノブがいてくれる。空にはソラがいてくれる。後ろにはハジメがいてくれる。そして、コクピットにはカオリがいてくれる…
産まれも育ちも、年齢も性別も、主義主張も一番大切な物さえも違う者達と、同じ目的のために進んで行く。
誰かと一緒に難行に挑む楽しさに、アユムの心は躍っていたのだ。
北海道でずっといじめられていたアユムが…
(僕は、馬鹿だった。
人生最初の最悪の出会いから、人との触れ合いなんて苦痛なだけだと思い込んだのだから…
あいつ…『生きたおもちゃ』にも、早く教えてあげたい。
他人と触れ合うのは、こんなにも温かいぞ、って…)
アユムはアンブレラウェポンの丸い持ち手を右手首にかけ、大昔の洋画の様に縦にグルグル回しながら、荷電粒子の雨をバラ撒いた!残っていた敵も次々と倒れていき、ついには七色七機の機体以外、立っている者はいなくなり、アユム機の手は止まった。
「「「………」」」
スクラップとなったアレッツのコクピットから、次々とパイロットが降りてくる。彼等は信じられないものを見るかのように、アユム機の後ろ姿を呆然と見つめる。誰かがボソっと言った。
「…もうアレッツ乗りは廃業だ。あんな奴がいるんじゃあ、次は命を落とす羽目になる…」
背中を向けたまま、コクピットの中のアユムは呟いた。
「Wir können eine bisschen Zaubern!!(僕等はほんの少し魔法が使える)」




