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21-11 デミスターゲイザー

時は巻き戻る。『北斗七星作戦』決行より3日前…


アドミラルが『アルゴ』発進の日時を指定してくれたのが幸いだった。アユム達8人は、残された時間を来る決戦に向けての準備…主に、機体の強化とカスタマイズに費やしていた。


近接戦向きから後方支援機まで幅広い用途の機体が揃っている上、飛行可能な機体も多いため、敵の数は問題だがなんとかなるだろうと思われた。


ハジメ機のレーダーによると、『アルゴ』は東京湾の真ん中から動いていないらしい。お台場まで行かなければこちらの武器の射程に入らないが、向こうは乗員を『アルゴ』まで輸送する手段があるのか、発進直前に『アルゴ』を接岸させる気なのか…いずれにせよ、今はこちらからは手が出せない状態だった。そして、向こうからも手を出して来なかった。急に大所帯になったアドミラル陣営は、部隊の再編成に手一杯らしい。


残された時間は、機体の強化とカスタマイズと、束の間の安らぎの時間であった。


その、はずだったのに…


     ※     ※     ※


氷山(ひやま)レオは、簀巻きにされて地面に転がされていた。それを嗜虐的な目で見下す舞鶴アカネ。


「いい度胸だなぁ貴様…せいぜい可愛がってやるよ…」


「く………っ!!」

悔しそうな…怯えた目のレオ。


「やめて下さい、こんな事…」

アユムは抗議したが、アカネは、


「何を言うんだ渡会アユム…お前だって本当はこういう事、大好きなんだろう…!?」


ああ…どうして…


こんな事になってしまったんだろう………


     ※     ※     ※


1時間前、決戦前1日目の夕方…


シャリ、シャリ… ニンジンの皮をむくカオリとハジメ…


トントントン…皮をむかれたジャガイモを切るシノブ…


ジュゥー、ジュゥー…切られた野菜を炒めるアカネ…


グツグツ… それを鍋に入れて煮るソラ…


決戦準備に明け暮れた1日目はあっという間に過ぎ、皆の食料を持ち寄って夕食の調理をしていた。


「お待たせー、出来たわよー。」

大鍋を持ったカオリが言うと、


「カオリさん…いつもありがとうございます。」

アユムが言った。


「情けない男共だな…このご時世に料理一つ出来んとは…」

同じく鍋を持ったアカネが言うと、


「…悪かったな。」

レオが言った


「す、すみません。僕も明日から手伝います…」

アユムが言いかけたが、アカネは、

「渡会君は気にしなくていい。私のために働いてもらわなければならないからな。」


「私は君がちゃんと料理が出来るのが意外なんだがな…」

エイジが言うと、シノブが、

「ひっどーいタイチョー。アーシだって女っスよ〜、身に覚えあるっショー!!」

「なっ…!!し、シノブ君!?」

焦るエイジ。

「けっへっへ…これでいつでも誰かさんのところにお嫁に行けるっスよ。子供は何人欲しいっスか、ダーリン!?」

「貴様等は私の教え子だった頃から仲が良かったからな…その話はいずれじっくりと聞かせてもらおう…」


     ※     ※     ※


芝浦ふ頭に程近い某所に設けた拠点での、8人の食卓。


だが、食事が進むにつれて、何故かレオが焦りだした。


「…!? どうしたの、レオ君!?」


「なあ…早く食い終えねえと、日が沈まないか!?」


「「「………!?」」」


キョトンとする7人。しばらくしてアユムが気づく。


「そうか…この中でスターゲイザーじゃ無いのって、レオ君だけなのか。」


「マジか!?俺以外全員スターゲイザーなのか!?」


アユムは星を見るのが好きだったから。

カオリは記憶喪失でその時の事を覚えて無いから。

エイジとシノブはプロとして恐怖を乗りこなしているから。

ハジメは廃墟暮らしで星空を恐がっていられなかったから。

ソラは…

「フフフ…良い男にハ秘密ガ多いのヨ。」

…だそうだ。


「不味くねえか!?万一戦いが長引いて日が暮れちまったら、俺だけ行動不能になっちまう…」


「ふむ…なら、私が力になれるかも知れんぞ。」

アカネが言った。


「そう言えば舞鶴さんも…と言うより、『ジョシュア王国』自警団の皆さんは全員スターゲイザーみたいでしたけど、一体どういう事ですか!?」


アユム達が宇都宮にいた頃、攻めて来た『ジョシュア王国』の自警団は夜でも平気で行動していた。


「我々はな、『デミスターゲイザー』…つまり、元々星空への恐怖心を持っていないのではなく、後天的にスターフォビアを克服した者達なんだ。」


「デミ…スターゲイザー…!?それに、後天的にって、一体、何を…!?」

その言葉が持つ剣呑な響きにアユムは思わず復唱した。



「我々はな…星空の恐怖を克服するために、毎晩毎晩、星空を眺めたのだ!!」



「な…なんて事を…!!あ、あなた達、星空にトラウマがあるんでしょう!?そ、それなのに毎晩、星空をって…なんて非道な…!!」


不遜な顔で語るアカネと、それを非難するアユム。超人的なパイロットと、それに対抗する非人道的手段で作られた人工超人は、ロボットアニメの定番だ、だがそこにカオリが、


「いや、それ、1年前だったらただの天体観測…」

冷静にツッコミを入れた。


「来る夜も来る夜も、我々は星空を眺め続けた。脳裏にあの宇宙人が光の雨を降らせた夜の事を思い浮かべ、恐怖で震え、叫び声を上げ、それでも我々は、毎晩毎晩、星空を見つめ続けた…」

「あ、あなたには人の心が無いのか…!?」

「アユム…だから、それは…」


「…嬬恋、尾瀬、赤城山等、各地を周りながら…」

「うらやま…ひどい!!」

「アユム…今、本音が漏れたわよ。ま、どこも1年前だったら人気の観光スポットばかりだからね…」

「群馬は数々の天体観測スポットで有名なんですよ!北海道や仙台も、星がきれいですけど、南の星座が見えにくいですし…」


「星座に詳しい隊員を解説員にして…」

「…とうとうただの天体観測になったわね。そう言えばアユム、あんたも星座に詳しいんじゃなかったっけ!?」

「え…!?」

嫌なタイミングで話を振られて、嫌な予感がするアユム。アカネはニヤリと笑って、


「ほう…渡会、貴様詳しいのか。なら今夜、突貫で氷山(ひやま)をデミスターゲイザーにするから、お前が解説役をやれ。」


「い、嫌ですよ!!星座の話を人が嫌がる事に使うなんて!!だ、だいたいレオ君が承諾する訳…」


「………やるぜ。」

レオは、決意に満ちた顔で言った。


「れ…レオ君!?」


「足手まといにはなりたくねぇ。郡山(アイスバーグ)自警団ヘッドとして、星空が怖いなんて言ってられねぇ!!舞鶴さん、あんたの特訓、受けてやるぜ!!」


「…聞いての通りだ渡会。本人はやる気だぞ。言っておくが、始める前にちゃんとトイレは済ませておけ。理由は詳しく言わんが…」

平然とした顔で言うアカネ。アユムはレオを見つめ、


「………もう、元には戻れなくなるんだよ…」


「構わねぇ!やってやる!!」


「………だからただの天体観測…まあいいや。」

最早ツッコミを放棄したカオリであった。


そして時は冒頭に戻る。星空への恐怖で暴れないようにと防寒とのために簀巻きにされたレオをデミスターゲイザーにするために、アユムの秋の星座解説が始まった。


…まあ、アカネが言う通り、アユムのこういう事(天体解説)は大好きだから、しょうがない。


     ※     ※     ※


ついでなので他の5人も地面に寝転び、天体観測が始まった。なお、以降のシーンは、バックにレオの「うわぁぁぁぁぁぁ!!」「ぐぁぁぁぁぁぁ!!」という叫び声が聞こえながらの物となるが、耳障りなので全てカットしてお届けする。


「…と、言っても、秋の星座って、あまり目立つのが無いんだよね。一等星も、みなみのうお座のフォーマルハウトしか無いし…」


3ヶ月前、北海道でカオリとともに見上げた夏の星座は既に西の空に消えていた。


「まあ、秋の星座のトピックスと言えば、もう、あれ(・・)しか無いんだよね…」


そう言ってアユムは天頂を指差す。そこにはきれいな四角形を描く4つの星と、その隣り…北寄りにある、アルファベットの『W』を描く5つの星。


「ペルセウスとアンドロメダの神話…北にある『W』がカシオペア座、その隣りの五角形がケフェウス座、天頂の四角形がペガサス座とアンドロメダ座、その足元にペルセウス座、ペガザスの南東にくじら座。」


一つの神話に登場する人物が全て一箇所にまとめられている事には、太古の人々のどの様な感情があったのだろうか。


エチオピアの王ケフェウスと王妃カシオペアの王女アンドロメダ。カシオペアは娘の美しさを誇り、『海の妖精よりも美しい』と言ってしまう。それが元で海の妖精とポセイドンの怒りを買い、アンドロメダは岩に鎖で繋がれ、暴れる化けクジラの生贄に捧げられたのであった。


「…そこに、ペガサスに跨った英雄ペルセウスが通りかかり、化けクジラにメデューサの首を見せると、化けクジラは石になり、ペルセウスとアンドロメダは結ばれてめでたしめでたし…」


「………アユム、何だか乗りが悪いんだけど!?」


するとアユムは白けた口調で、


「…だって、格好良すぎて共感出来ないんだもん。危ない目に会ってる女の子を、通りすがりに助けるなんて…」


「「え…!?」」

アユムの言葉にカオリとハジメが声を上げた。


「あ、アユム、あんたそれ…」「アユムお兄ちゃん本気で言ってるの!?」


「…本気だよ。そんな格好いい事、僕なんかに絶対真似出来ないしさ。」


「いやあんた…」「忘れちゃったの!?」

思わず寝転がっている姿勢から起き上がってアユムに詰め寄る2人。


「…2人とも、どうしたの!?」


「「ここに危ない目に会ってた所を通りすがりのあんた(お兄ちゃん)に助けられた女の子がいるんだけど!!」」

カオリとハジメから異口同音に同じ台詞が出て、2人は顔を見合わせ、事情を察して、はぁ~…、と、ため息をついた。


そう。カオリは北海道でダイダに教われた時と拐われた時、ハジメは宇都宮の廃墟で、自警団の戦闘に巻き込まれそうになった時、アユムに助けられているのだ。しかし当のアユムは、


「ああ…そんな事もあったっけ…」


するとアカネが、

「そう言えば渡会君は、目立ちたくない等と言いながら、アドミラル相手にあんな見事な啖呵を切ってたな…」

今度はシノブが、

「盛岡でタイチョーがショーネンにアレッツを降りる様に迫った時も、丸腰の機体で現れて、『僕を撃って下さい。その代わり、カオリさんの旅の目的を叶えてあげて下さい。』って…」

次はソラが、

「そもそもこんな危険な世の中ナノニ、女の子に告白の返事ヲするためにアレッツに乗って旅ヲ始めたリ…」

エイジも、

「今度も宇宙人に復讐しようとしている奴等を止めるために、同じ地球人と戦って宇宙船を破壊しようとしているし…」


6人はアユムを複雑な思いで見つめた。


「…将来、渡会君と結ばれる女は苦労するな…」

アカネがそう言うと、


「ええ、全く…」

カオリが言った。


アカネはフっ、と微笑むと、再び地面に仰向けに横たわり、


「そう言えば、さっき渡会君も言ってたが、ペルセウスは化けクジラを倒すのに、見た者を石化させる怪物メデューサの首を使ったし、『ジョシュア王国』自警団でデミスターゲイザー育成キャンプの時、星座の解説役が言うには、そのメデューサも、鏡の様に磨いた盾に映して直接見ないようにして倒したそうだな。」


「ええ…」


アカネは思い出す。『ユニバレス』でアユムと戦った時の事を…あの消える蒼いアレッツを…


「さっきは『ペルセウスに感情移入出来ない』と言ってたが、怪力等の純粋な力ではなく知恵を絞り道具を駆使する辺り、君はむしろペルセウスに似てると思うが…」

「そう…ですか…!?まあ、僕はそんな風にしか強くなれませんでしたからね…」

「だから君も、『あんな事』を思いついたんじゃないのかね!?」

それからアカネは再び起き上がると、


「私の機体をよろしく頼む。」


アユムに、頭を下げた。


一方その頃…


「へへへ…よ、よく見たら結構きれいじゃねぇか…な、慣れたら何て事無えや…」


血走った目と、引きつった笑顔で、星空を凝視するレオ。今ここにまた1人、デミスターゲイザーが誕生した。もうどうでもいい事だが…

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