21ー4 対面、アドミラル
アドミラルの演説終了から約1時間後…
屋上にアドミラル達が立っていた全面ガラス張りのオフィスビルの廊下を、アユムとカオリは歩かされていた。
肩の高さまで両手を上げ、左手には自身のブリスターバッグを掲げ、
背後から軍服を着た男に銃を突きつけられて…
さっきから何人かの、軍服を着た男女とすれ違ったが、その多くは日本人には見えなかった。これが皆、アドミラルの部下なのだろうか。
そしてさっきから廊下の窓の外が騒がしい。表の広場では、「宇宙人に復讐を!!勇者よ、『アルゴ』に乗れ!!」とシュプレヒコールを上げている者もいた。彼等の中には、野盗もいれば自警団もいた。
※ ※ ※
アドミラルの演説は、この世界中の全てのアレッツ乗り達が一様に抱えていた思いを言語化してしまったのだ。
宇宙人の戦艦に住んでた街を焼かれ、親しい人を大勢失い、混乱と不安の中、街を捨て、慣れない手に鍬を握り、土を耕し、粗末な村を作った。あるいはそんな事しても何にもならないと自暴自棄になり、徒党を組んで盗み働きを始めた。宇宙船の残骸からロボットを掘り起こして乗るようになったのはいつからか…野盗がアレッツに乗ると、対抗する様に村人の中からもアレッツに乗る者が現れ、血と油に手を汚す日々が始まった。やがて、村がいくつも集まって国が出来上がり、野盗が盗人から村を守る自警団に宗旨変えし、状況が一通り落ち着くと、ある日彼等はふと思った。
『自分は元はこんな人間じゃなかったはずだ。』
『なのに何故、自分は今、こうなったのか。』
『宇宙人のせいだ。』
『宇宙人が自分達が持ってた物を全部壊したからだ。』
『分かっていたがどうにも出来ない。』
そして、アドミラルの演説は、彼等の潜在していた不安と不満を明文化した。
『宇宙人に復讐を』『そのための手段もここにある』、と…
その言葉は、彼等の心のなかに、すとん、と、入っていった。
お台場に集まるほぼ全てのアレッツ乗り達が『アルゴ』で征く復讐の旅に統一された中、『仙台から来た女子高生』について聞いてまわる男女が現れたのだ。耳を貸す者なぞほとんどおらず、中には喧嘩をふっかけられたと勘違いして殴りかかり、アユムを守ろうとしたカオリに返り討ちに会い…やがて、騒ぎを聞きつけたアドミラルの配下が止めに入り、こうして2人は、連行されて行ったのだ。
※ ※ ※
やがてたどり着いた廊下の突き当りのドアで、同じ軍服を着た男の合図すると、その男はドアをノックし、「アドミラル、『スーパーノヴァ』が到着しました。」と告げる。ドアの向こうから、「入りたまえ」と声がする。
ガチャリ…重厚そうなドアが開くと、中から2人の男女が飛び出して来た。エイジとシノブだ。誰かに背中を突き飛ばされたのだ。外で番をしていた男が戸惑うと、部屋の中から、老いた男性の声がした。
「構わん。ちょうど話が終わったところだ。」
「待って下さい!!話はまだ…」
エイジは再び部屋へ戻ろうとしたが、軍服を着た男達に、無理やり退出させられ、入れ違いにアユムとカオリが部屋へ押し込められ、背後でドアが閉まる。そして2人が押し込められた部屋の奥のデスクに座っているのは、ついさっき空中投影で見た、軍服を着た初老の男性。
「はじめまして、渡会アユム君。『アドミラル』だ。君とは一度直に話をしたかったんだ…」
穏やかな…本当に穏やかな口調で、アドミラルは言った。その同じ声で、宇宙人への復讐を唱えていたとは思えないくらいの…
それからアドミラルは顎で指図すると、側に立っていた部下の男…ハンスがアユムにツカツカと歩み寄り、ブリスターバッグを奪おうと手を伸ばす。
「ハイ、没収。」
不意に後ろから声がして、アユムのブリスターバッグはハンスの手が触れる直前に上へ持ち上げられた。後ろに立っていたのは、筋肉質の巨漢。
「ソラさん…!?あなたどうしてここに!?」
アユムはブリスターバッグを取り戻そうと手を伸ばすが、190cmの大男である網木ソラがひょいとバッグを持ち上げるとアユムには届かなくなった。ソラは低い声で、
「…前にも言ったデショウ!?知らないおじさんに連いて行っちゃダメだって。忘れたノ!?ワタシには前科があるノヨ。」
薄々感づいていた。お台場上陸の際に見た鳥型アレッツ。あれは形こそ違うが、飛行アレッツビルドのノウハウを、ソラが提供したに違いない。
「済まないねミスター網木。これでアユム君と話が出来るよ。」
アドミラルが言うと、ソラに役目を取られたハンスは悪態をつきながらアドミラルの隣に戻った。アドミラルはアユムに向き直り、
「君は強い男だからね。こちらも用心してしまうんだよ。北海道から東京まで、行く先々の強敵を倒しながら旅して来た、東日本最強クラスのアレッツ乗り。おまけに敵を問答無用で倒す必殺技まで持ってるときた。」
「…こんな冴えない子供で失望したでしょう…!?」
「本当に強い男は、普段は大人しく物静かなものだ。力を御せる理性がある、と思っていたのだが………あれはいただけないねぇ…」
アレッツ乗り達との間に、無用の喧嘩を起こした事だ。
「君達も彼等も、宇宙人攻めのための大事な戦力だ。同士討ちで消耗して欲しくないんだよ…」
「以後、気をつけます…」
「君達にはそれぞれ個室を用意しよう。『アルゴ』の発進まで、そこで過ごしたまえ。アレッツも我々でメンテナンスしよう。それがいい。」
「いえ結構です。自分達の事は自分達で何とかしますから…」
どうにも歯切れの悪いアユム。
「アユム君はSWDでご両親を失ったそうじゃないか。しかも家から遠く離れた場所で…おまけにこの荒れ果てた世の中を、アレッツで戦いながら帰ったそうだね。さぞ苦労した事だろう。その怒りは、宇宙人共に存分に叩きつけるがいい。」
「………ブリスターバッグを、返して下さい。」
「………」「……………」
アドミラルの眉がわずかに上がり、気弱そうに、それでもアドミラルを睨むアユムを見つめた。
(この少年は…外に集まっている連中とは…我々とはどこか違う…)
「アドミラル………アユムクンはアナタに協力するつもりハ無いワヨ。」
不意にソラが言った。
「む…!?」「ソラさん!?」
アドミラルとアユムが同時に言った。ソラはすました顔で、
「アユムクン、アナタはこれでモウ、ここにはいられないワ。こうなったラ、腹の中にある物、全部ぶちまけちゃいナサイ!!」
「で…でも、ソラさん…」
「アユムクン、アナタは自分が思っている以上にこの世界ジャ有名人ナノヨ。静かに去って行くつもりだったデショウけど、この人達は許してくれないノ。」
それからソラはアユムを睨み、
「戦いナサイ、アユムクン。でないとアナタ、このまま宇宙ノ彼方へ島流しヨ。」
その視線と口調に奇妙な優しさを感じたアユムは、アドミラルに向き直ると、
「ぼ…僕は………宇宙人への復讐には、反対です!」




