3ー4 忘れ去られた 背中の痛み
かつて自分の家だった場所の廃墟から出てくると、ちょうど鉢合わせたのは、アユムの中学時代の担任教師。アユムのいじめを、見て見ぬふりをした女教師。しかも相手は、アユムの事を忘れてしまっているらしい…
「ねえあなた、ここはあなたの家じゃないでしょう!?」
かつては僕の家でしたよ。あなたも家庭訪問で来た事があるはずです。まぁ、お父さんが売ってしまったので、もう僕の家じゃないのは確かですが…
「もしかして、昨日から街に出没した物乞いって、あなたの事!?」
ええきっとそうですよ。もっとも物乞いじゃありませんけどね…
「聞いて頂戴。私達は自分達が食べて行くだけで精一杯なの。悪いけど他所へ行ってくれないかしら!?」
…そうやって、3年前にも僕を追い出したんですか!?おばさんやカオリさんのいた村では、余所者の僕に一食一飯を与えてくれましたがね…
「ねぇ、あなた、聞いてるの!?」
…あなたの言葉は昔から、言葉尻は爽やかだけど軽すぎて心に響きませんでしたよ。
この女教師はかつてこう言った。
”神はあなたを耐えられない様な試練に会わせる事は無い”
昔のドラマで知った言葉なんでしょうけど、僕の試練は神様じゃなくあなたが与えた様な物でしょう!?おまけにその言葉には続きがあるんです。”試練と同時に逃れる道も与えて下さる”。僕にはこっちの方がよっぽど救いになりましたがね…
またこうも言った。
”ヒトという爪も牙も持たない裸の猿が万物の霊長となったのは、人と交わり、社会を築いたからである”
ええそうですよ。ヒトにとって他人と交わる事は、爪であり牙なんです。それが出来る者が、出来ない者に、爪を立て、牙をむき、餌食にする。
”悲しみは海ではない。すっかり飲み干せる”
…飲み干しきれない悲しみ、苦しみを背負わされた者は、言葉も残せず死んで行くんです。生き残って言葉を残せたのは飲み干せる程度の量の苦しみしか背負わされなかった者だけだから、そういう事が言えるんです。
”いじめは非行少年が行うんじゃない。普通の少年が行うのである”
…だから、いじめを受けても我慢しろ、と!?
「………るの、あなた!?」
だめだ…この人と話してると、心の中がどんどん黒く濁って行く…
こんな人、相手してもしょうがない。行こうとしたアユムの背中に、チクっという痛みが走る。
「あれ!?先生じゃないっスか!?」「こんにちは。」
現れたのは一組の男女。アユムと同じくらいの年代の…というより、アユムの元クラスメートだ。男の方はグラスウール事件の時、僕に話しかけて気を引いた、そして女の方も、痛がる僕を見て笑ってた………
「まあ、阿部君と瀬田さんじゃない!」
女教師はぱぁっと笑顔になって言った。
チクっ!!
「久しぶりね、どうしてたの!?あなた達、同じ高校に進学したのよね!?」
「ええまぁ、そうなんスけど…SWDで世の中がこんなになって…それで…」
女の方がニコニコ微笑みながら、隣りの男を肘でツンツンと突ついた。
チクチクっ!!
「………俺達、一緒に住んでるんス。」
「まぁ!おめでとう!!」
何でこいつら、こんなに楽しそうなんだ!?
「あ!先生!」「おはようございます!」
向こうから数名の青年が現れた。こいつらは…
「まぁ、井伊君、江府君…」
ヂグヂグヂグっ!!
「先生おはようございます。」「奇遇ですね、こんな所で…」
今度は数名の女。何でこいつらまで…
「Gさん、Hさん、Iさん…」
ヂグヂグヂグヂグ…
こいつらは全員、アユムの、中学時代のクラスメートだ。
「俺たち、これから畑や漁へ行こうとして…」
「そこで偶然、バッタリ会ったんです…」
本当、一体どんだけ天文学的な偶然だ、これ!?
「先生はあれからどうしてたんですか?」
「私は…まぁ、畑を手伝ったりしながら、何とかやってるわ。村の方から、子どもたちのために寺子屋みたいなことをしたいから、先生をやってくれないかとも言われてるけど…お断りしたの。何かもう、他の事が大変だから、ね…」
グサグサグサグサグサグサグサグサっ!!!
こいつらの話を聞いてると、あの時、背中にグラスウールを入れられて叩かれた痛みが甦って来る。
皆が話に夢中になってる間に、この場を去ろう、街を出て行こうとしたその時、
「あれ!?お前、渡会じゃねぇか!?」
最初の阿部という男が突然そう言った。
ズキっ!!!!
「「え……!?」」他の者と、女教師が、声を揃える。
「ま…まぁまぁ、えぇえぇ。わ…渡会…君。」
先生、思い出してないでしょう!?
「転校して行ったけど、元気だったかしら!?」
「そうだよお前、突然居なくなってさぁ…」
「久しぶりぃ」
………それだけ!?
「何だよお前、いつの間に帰ってたんだ!?」ズキズキっ!!
「ツナギなんか着てたから、誰だか分からなかったわよ」ズキズキズキっっ!!!
「こいつ誰!?」「こんな奴いたっけ!?」「どうしたんだよお前、何か言えよ」「さっきからずっと一言もしゃべらないのよ」ズキズキズキズキジグジグジグジグ…
何なんだこいつら…
こいつらの声を聞いてると、内地に渡った時の事が逆再生される。青函トンネル内の暗闇、新幹線の窓を後ろに飛んでいく北海道の冬空、荷物を載せて生家を走り去る引越し業者のトラック、家具を全部撤去して、からっぽになった生家。「何だかスッキリしたな」という父さんの言葉…父さんと母さんは、始終陽気に振る舞っていたが…時折虚ろな隙間風の様な物を感じていた。
父さんと母さんにも、この街での生活があったんだ…
「おい…いい加減に何とか言えよ…」
「お前ら………」
こいつら…
「………ここで僕が、お前らにどんな目にあわされてたか、忘れたのか!?」
「え…!?何の事だよお前…」
「僕の背中にグラスウールを入れただろう!!」
十数人いたクラスメート達と女教師がシン、となる。
「ダイダが僕の背中にグラスウールを入れようとした時、お前は僕に話しかけて気を引こうとした。お前は教室の入口、お前は出口で先生が来ないか見張ってた。お前と、お前と、お前は、何が起きてるのか分かってたのに、何もせずにニヤニヤ笑って見てた。お前も、お前も、お前も…そして先生…あなたは僕のいじめを、明らかに見て見ぬふりしてた!!確かに主犯はダイダだが、ぼ、僕に言わせれば、あんたらみんな同罪だ!!!」
口角泡を飛ばして叫び続けるアユム。
「お前らのせいで!」
僕のせいで
「僕らはこの街を出ていかなければならなかった!!」
お父さんとお母さんは、この街を出ていかなければならなかった。
「そこのお前とお前!これから一緒に住むんだってなぁ。いじめっ子から産まれた子供は、いじめる側になるのか!?それともいじめられる側になるのか!?それから先生、あんたは教壇に立たなくて正解だ。あんたに教えられれた子供がかわいそうだ!!!」
い………言ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…




