21ー3 尊厳という名の金羊毛皮
コテっ!「痛っ!!」
何かに躓いていきなり転ぶアユム。
「大丈夫、アユム!?」
カオリが手を差し伸べ、アユムを起こす。
「すみませんカオリさん。なんか…緊張しちゃって………」
照れたようにアユムが言うと、カオリが、
「なぁに!?天下の『スーパーノヴァ』ともあろうお方が!」
「しょ、しょうがないですよ!だって…」
と、アユムは辺りを見回す。ここは周囲をオフィスビルに囲まれた広場だった場所だが、周囲にいるのは、いずれ劣らぬ眼光鋭き猛者共。日本中から集まった、一機当千のアレッツを駆る、獰猛な狼達。そのとき、
「おーい、君達ー!!」
周りの男の一人が走り寄って来た。髪を七三に分けた男だ。1年前ならお台場のオフィス街か展示場に出張したビジネスマンに見えただろうが、狼の群れの中では場違いだ。
「…!? 緒方さん!?」
カオリが声を上げると、男は、
「やっぱりカオリちゃんと…渡会君か!!」
「えーっと、あなたは…!?」
この人、どうして僕の名前を!?いや、この人、どこかで…
「北海道の廃墟で、君と戦った者だ。」
………ようやくアユムは思い出した。北海道の廃墟で、2機で組んでアレッツに乗ってアユムと戦った野盗だ。まだ弱かったアユム機が倒したのだが、もう1機に乗っていたのは、なんと彼の子供、しかも小学生くらいの。SWDで宇宙人に世界が壊されて、奥さんを亡くして『2人でどんな事をしてでも生きて行く』ために野盗に堕ちたらしい。アユムはその後、2食分の食料を分け与えると、カオリと出会った村の事を教えたのだ。
そして、カオリが言うには、アユムが村を去ったのとほぼ入れ違いに村へやって来て、自身がアレッツ乗りである事を告げた上で、どんな事でもするから置いてくれと頼んだそうだ。その直後にカオリがアユムを追いかけて内地への旅に出たため、その後の事は知らなかった。
※ ※ ※
「やっぱり…緒方さん、アユムと会ってたんですね。あなたが持ってた食料に、見覚えがあったんです…」
カオリが言うと、アユムは、
「よかった…やっぱりあの後、村に入れたんですね…」
すると男…緒方イチロウが、
「アレッツを重機代わりに使ったり、野盗を追っ払う用心棒紛いの事をしたりして、息子共々、なんとか村の一員として、生きて行けてるよ…」
ちなみにアレッツは、彼の機体は大破してしまったため、比較的損傷の少なかった息子の機体をリペアして乗り続けている。
「…それもこれもみんな、君に出会えたおかげだ…本当に感謝しているよ…渡会アユム君…」
緒方はアユムの両手を握りしめた。穏やかな口調の人だ。廃墟で見せた荒々しい人柄ではなく、こっちが彼の本性なのだろう。
「い…いえ、そんな…でも、緒方さんはどうしてここへ…!?」
すると緒方は顔を曇らせ、
「…私の下へも、あのメッセージが届いたんだ…」
そう言って、遠くの方を見つめた。
「…あの復興村に入ってから、1年振りに穏やかな日々が訪れたよ。でもだからこそ…その前の、野盗に身をやつした日々の事が、棘のように刺さって抜けない気がするんだ…」
「緒方さん…」
「…私が傷つけ、奪った人達には、本当に申し訳ないと思うのだが…あれは私の罪だと、分かってはいるのだが…思ってしまうんだよね。『どうして』…って…」
3人の周囲には、日本中から集まった大勢のアレッツ乗り達。皆、あのメッセージに何かを感じて、ここまでやって来たのだろうか。周囲の狼達が何故か、羊の群れに見えた。
「…済まなかったね、場違いな話をして…何かあったら力になる約束だったが、『スーパーノヴァ』相手じゃおこがましいね…」
それじゃ…そう言って緒方は立ち去ろうとした。そこで初めてアユムは、彼と再会する前に、何かに躓いて転んだのを思い出し、足元を見る…
そこにあったのは、成人男性が首まで埋まりそうな、細長い穴。
それを見た緒方は、
「ああ…それはついさっきまでここで、女の人が大勢の男達と大立ち回りを演じてて、その内の1人が、女に脳天を殴りつけられて、杭みたいに地面に突き刺さった跡なんだ。」
女が去った後、地面に刺さった男の仲間が、アレッツで掘り起こして救出したらしい。
それを聞いたアユムは、
「…いや、それ色々おかしいでしょう!?その女の人の拳は、コンクリートの地面を砕けるくらい強い事になりますし、殴られて地面に刺さった男の骨格も、コンクリートを砕く力に耐えたって事ですよね!?」
「…でも私もこの目で見たんだ…」
「大体そんな、男より…カオリさんより遥かに強い女の人なんて………」
1人だけ、心当たりがあった。
※ ※ ※
時が経つにつれて、メッセージの送り主の指定の刻限が近づくにつれて、周囲のアレッツ乗り達が熱を帯びて来た様に思えた。そして同時に、不安が広がっている様にも…
唐突に、周囲のオフィスビルの1つ…全面ガラス張りの、3階建ての比較的低いビルの屋上に、ライトが灯る。そこには3人の人影があった。そして…そのビルの壁に、1人の男の顔が空中投影で映し出される。将校の軍服に見える格好をした、初老の白人男性。ビルの上に立つ3人のうち、中央に立つ人物だ。
『諸君!!』
空中投影の中の初老の男性が呼びかけると、興奮と不安でざわついていたアレッツ乗り達が、一斉に静まり返った。
『「全てのアレッツ乗り達よ、東京へ集え。そこで、お前達の欲する物が手に入るだろう。」』
初老の男性が、謳うように言う。
『…私があのメッセージの送り主だ。皆からは「アドミラル」と呼ばれている。』
初老の男性…『アドミラル』は、そう告げた。
穏やかな人だな。優しそうだな。そして…何故か、僕のじいちゃんに似てるな…アユムは思った。
『まず始めに、私の呼びかけに応じ、千里の道を遠しとせず、ここに集ってくれた事に、深く感謝しよう。』
そう言ってアドミラルは一礼した。
『さて…君等の中には、アレッツに乗って住んでいる村を守っている者も大勢いるだろう。だが考えてもらいたい。「何故、こうなった!?」、と。』
アドミラルの不意な問いに、アカネは怪訝そうな顔をした。
『君等の中には、アレッツを使って盗みを働いている者もいるだろう。その是非はこの際問わない。考えてもらいたい。「何故、こうなった!?」、と。』
アドミラルの問いに、レオは顔をしかめた。
『家族や恋人、親友…多くの親しい人を失った者も大勢いるだろう。考えてもらいたい。「何故、こうなった!?」、と。』
アドミラルの問いに、ハジメは不安そうな顔をした。
『君達の多くは、ほんの1年前まで、善良な誰かの父であり、子であり、夫だったはずだ。だが考えてもらいたい。「何故、自分達は今、こうなっている!?」、と!』
アドミラルの問い、その言わんとする事に気づき、エイジとカオリは辺りを見渡した。
『そう。全ては1年前の夏の夜、どこからともなく現れた宇宙人の艦隊が、地球のすぐ近くで戦闘を行い、その流れ弾が我らが地球に降り注いだせいだ!!奴ら宇宙人共のとばっちりのせいで、我々は愛する人を、それまでの生活を、平穏と平和と満ち足りた日々を奪われたのだ。SWDこそ、今の我々の悲劇全ての元凶だ!!』
アドミラルの語気は段々と熱を帯びてきた。燃える炎の熱ではなく、不気味に燻る火のような熱が…
「アユム…」
カオリまで不安そうな声を上げる。
『私は手を土に汚し、血に汚す者達に敬意を表する。だがそれは、本来するはずのなかった苦労だ。宇宙人共が壊し、我々から奪った最大の物は平和や豊かさではない。尊厳だ!あそこまで豊かな文明を築き上げた、万物の霊長としての尊厳を、我々は宇宙人に奪われたのだ!!』
それは、今を生きる全ての者達が、心のどこかに思いながら、考えないようにしていた事だった。
『ここに集ったのは、いずれ劣らぬアレッツ乗りの猛者達だ。我々の力を結集し、宇宙人共の街を焼き、山河を焼き、宇宙人共を皆殺しにするのだ!!そうする事で、我々は初めて、先へ進めるのだ!!この復讐は、我々に与えられた、正当な権利だ!!』
ざわざわざわざわ…アレッツ乗り達が騒ぎ出した。
『君達の言いたい事は分かる。「無理だ。」「宇宙人共の星に行く手段が無い。」と…だが………
「ある。」と、言ったら………!?』
アドミラルが右手を上げると、空中投影の映像が切り替わる。
「何だ、あれは…!?」「海…!?」
新たに映ったのは海上だった。大きな何かと、無数の小さな何かが海の上に映っている。
「あの小さなのが………アレッツか!?」「じゃあ、あれは一体、どれだけ大きいんだ!?」「何だありゃ…いや、見覚えあるぞ。あれは………」
『………そう。あれは墜落した宇宙人の宇宙戦艦だ。』
アレッツ乗り達ならほぼ誰もが、一度は宇宙船を見た事がある。墜落した宇宙船の中から、アレッツをサルベージして来たのだ。ただし、それらの船の多くは地球に墜落した際に大破し、二度と浮上することはない。だが…
『…この宇宙船は全ての機能が十全に稼働する。我々が奇跡的に、鹵獲に成功した!!』
これは夢か…それとも悪夢か!?そこで再び空中投影はアドミラルの顔に戻る。
『我々はあの宇宙船を、「アルゴ」と名付けた。』
『アルゴ』…ギリシャ神話に登場する船の名前だ。南天で星座にもなっていたが、あまりにも大きすぎて今では4つの星座に分けられている。
『全てのアレッツ乗り達よ、鋼鉄の巨人を駆る英雄達よ、「アルゴ」に乗り、宇宙人に復讐を遂げるのだ!!我々はあの船で、地球人の尊厳と言う名の、金羊毛皮を取り戻す旅に出るのだ!!』
アドミラルの演説は、そこで終わった。
第21話 アルゴノーツ




