21-2 集いし者達
アユム機は眼下にある巨大な『H』マークへと徐々に降下していた。ゆっくり、ゆっくり、スピードと速度を落とす。アユムが機体操作に集中している間、リアシートのカオリは自機の左右に並ぶアレッツを見ていた。
「鳥…!?いや、手が足の所に付いてる…」
すると機体を操作していたアユムも、
「コウモリとか鳥とか…あれと同じでは!?人間は後ろ脚で移動して前脚で物を掴むけど、コウモリや鳥は前脚で移動して後ろ脚で物を掴みますよね!?」
アユム機の左右に並んで飛んでいるアレッツは、両肩の腕が生えているはずの場所から鳥の翼の様なパーツが伸び、股の脚が生えているはずの場所から腕が伸び、マニピュレーターにはパーティクルキャノンが握られていた。まるで巨大な鳥だ。恐らくあの『脚部』は、ランディングギアも兼ねているのだろう。
ついさっき、空中から人工島への上陸を試みたアユムとカオリは、島から飛んで来たこの2機の鳥型アレッツに呼び止められ、彼等が先導する地点に着陸する様に言われたのだ。
『ご協力に感謝します。そしてようこそ、「スーパーノヴァ」、東京へ…』
『H』マークに無事着陸したアユム機にそう言い残して、鳥型アレッツは飛び去って行った。
「いずれにせよ、謎のメッセージの送り主は、航空戦力を持っていると言うことです。」
アレッツを降りながらアユムが言うと、カオリは、
「その上で、日本中からアレッツを集めてるって事!?」
2人の目の前には、お台場が沈むのではないかと思われるくらいの大勢の人、人、人…かつては向こうに見える、どうしてこんな形になったのか分からない逆さピラミッド型の巨大施設で、延べ数十万人を動員する大きなイベントが何度も行われていたが、2人はそれを情報でしか知らなかった。
そして…彼等の中には、アレッツをこれ見よがしに側に立たせている者達もいた。アユム達は知らないが、数十分後にお台場への上陸を果たしたシノブが、この光景を見て『東京アレッツショー2053』と皮肉っていた。
「この人達、みんなアレッツ乗り…!?みんな、あのメッセージに呼ばれて来たの…!?」
「どうするの、アユム!?早速ルリさんの事を聞き込んでみる!?それとも…」
「メッセージの送り主の真意を確かめましょう。」
異様な光景に、この事態を造り出した者の目標が、気になった。
※ ※ ※
同日、2時間後、お台場某所…
集まったアレッツ乗り達の多くは男だったが、その中に2人、女の姿があった。舞鶴アカネと、何故かメガネをかけた小鳥遊ハジメだった。
「ふぅ…分かってはいたが、この中からたった2人の人物を探すのは、骨が折れるな…」
メガネっ娘になったハジメは辺りを見回しながら、
「目につく範囲にはいないみたいだよ…」
「…ところでそれは何だ!?」
アカネに問われてハジメはくいとメガネのフレームを上げ、
「ブリスターバッグ搭載の顔認識アプリです。」
伊達メガネのフレームには隠しカメラが仕込まれ、映像データはブリスターバッグで解析され、結果がモニター代わりのメガネに送られる。メガネ越しのハジメの視界には、辺りの何百人もの男達の顔に次々とカーソルが当てられ、入力した顔…『ジョシュア王国』自警団の嫌味な元中隊長と、旧『ユニヴァース村』の髭の元自警団団長の顔との鑑定が行われていた。
「…そんな物に頼っているのか…!?」
アカネがやや呆れて言うと、ハジメは、
「ボクにはおじさんの顔なんか、みんな同じに見えますからね。ましてやあの人は、ボクと入れ違いに辞めて行ったのでほとんど知らない人ですし…」
大人に混じって子供が働くためには、色々手を尽くさなければならないのだ。
「…渡会アユムの顔なら、百万の群衆の中からでも見つけられるのではないのか!?」
「………ぶっ!!」
メガネをかけたハジメの視界がブレる。見上げるアカネの顔は表情一つ変わっていない。
「な…何を言い出すのさ!?ぼ、ボクはあ、アユムお兄ちゃんとそ、そんなんじゃ…アユムお兄ちゃんは他に好きな人がいるんだ。お、終わった恋愛にいつまでも引きずられてもしょうがないでしょう…」
「………」
アカネは一瞬寂しそうな表情を見せ、
「…任務中に雑念に惑わされるな。私の方は『生死を問わず』だが、お前は手を汚したくないだろう…!?」
「………手柄を立てて帰らなきゃいけないのは、ボクと同じなのに…」
ハジメはアカネに聞こえない様に漏らした。
「それにしても…」
と、アカネは向こうを見やる。そこには、顔や体を殴られて倒れた数人の男達の中で1人、肩で息をしながら立つ氷山レオの姿。
「ハァ…ハァ…確認するぞ………俺はただ、人探しをしてて、お前等に話しかけただけ…それをお前等が喧嘩を売られたと勝手に勘違いして襲いかかった…俺はただ、身を守っただけ…間違いないな………!?」
言われて周囲に倒れている男達の1人が、コクコクと頷く。
「じゃあ…もう一度、聞くぞ…お前等………獣形アレッツか、それに乗った男を見かけなかったか………!?」
アカネはそんなレオに呆れた様に、
「…あの男は大人げないな…」
そこで初めて、アカネとハジメは、周囲を数人の男どもに囲まれている事に気づく。皆一様に、嫌らしい笑みを顔に貼り付けた、汚らしい男達だ…
「ぃようおばはん等…母娘…にしては似てねぇな…」「ま、こういうご時世だもんな…」「女が生きてくには、俺達みてぇなのに、身体を売るしかねぇよな…」「へっへっへ…」
どうやら彼女等は、非常に不名誉な勘違いをされた様だ。怯えたハジメがアカネの後ろに身を潜め、アカネは表情を変えずに周囲の男共を睨む。
「ロリっ娘はお前等だぁ…俺はこのおばはんを相手する…」
男のうち1人がアカネに顔を近づける。
「おばはぁん…あんたみてぇなのを、”Milf”って言うらしいぜぇ…何の略か知ってっかぁ…!?
"Mother I'd Like to F...”(F**したいママ)」
男の言葉は最後を言わずに途切れ、顎にアカネからのアッパーを受けて、男の身体は2〜3m宙に打ち上げられる。
バキっ!!「ぐぇぇぇぇ!!」
アカネは相変わらずの無表情で、
「”Fight”、か…よく分かった。お前等は私と喧嘩したいのだな!?」
と言ってファイティングポーズを取る。
「てめぇこのババァ!!」
一緒にいた男が襲いかかるが、そいつは脳天に拳を叩き降ろされ、コンクリートの地面に首まで埋まる。そこから男達が上げたのはひたすら悲鳴だった。右に、左に、アカネのパンチを受けて男達が飛んでいく。筆者にも分からないのだが、どうしてこの男達は、いきなり自殺したくなったのだろう?
「た…助け………」
男の1人が側で見ていたハジメににじり寄るが、その男に怖気を覚えたハジメは、男の股間を思いっきり蹴り上げる。
「え〜〜〜い!!」カキーーーン!!「あんぎゃ〜〜〜っ!!」
何故か鋭い金属音が周囲に響き渡る。ハジメはさっきアカネに地面に埋められて首だけ出してる男の眼前にしゃがみ込むと、ブリスターバッグの画面の元中隊長と元団長の顔を見せ、
「おじさん、この2人のどっちか1人でもいいから、知らない!?」
首だけ出した男は壊れた扇風機の様に、ブンブンと左右に首を振った。
「そう…じゃあいいよ。」
そう言ってハジメは立ち上がり、去っていく。男は慌てて、
「待って〜〜〜!!掘り起こして!抜いてって〜〜〜!!!」
一方、レオは自分が倒した男達からろくな情報を聞き出せずにいた所に、アカネが大立ち回りを演じているのを遠巻きに見つめ、
「…あっちの女どもも大人げねぇな…」
※ ※ ※
同時刻、お台場、アドミラル達の拠点…
「報告します。お台場に集まるアレッツ乗りは、更に人数を増やしておりますが…あちこちで諍いが起きています。」
ハンスがそう言うと、アドミラルは穏やかに虚空を見つめ、
「…頼もしいじゃないかね…我々の目的にはうってつけだ。まあ、あまりにも目に余る者達にはお灸を据えてやり給え。」
「はっ!」
敬礼するハンス。
「ところで…そろそろ時間じゃないかね!?フランシーヌ、『アルゴ』の様子はどうだ!?」
「予定の位置に停泊しているとの事です!」
「では…行くとしよう…」
そう言うとアドミラルは、上等そうなデスクの上の写真立てを一瞥し、ゆっくりと立ち上がる。コツコツと靴音を立てて部屋を出ていく刹那、ハンスの前で一瞬足を止め、彼にだけ聞こえる声で、
「お前のお陰でこの日を迎えられた。」
ハンスはビクッと身をよじったが、フランシーヌ共々、廊下を歩くアドミラルの後を付いて行った。




