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20ー6 歩む・下

その時、それまで子供の非力故に作業に加われず、ほぼ無言でアユム達のやる事を見守っていたハジメが、唐突に口を開いた。


「あのね………アユムお兄ちゃん…」

妙な決意のこもった様な口調にアユムは一瞬身構えつつも、

「ハジメちゃん…どうしたの!?」

するとハジメは、


「あのね、アユムお兄ちゃん…ボクも、アユムお兄ちゃんみたいに、なれるかな…!?」


(ハジメちゃんが、僕みたいになる…!?)

言われてアユムは想像した。


流れ星を見て寿限無を詠唱するハジメ。


フルフェイスヘルメットの中でメガネが引っかかって、脱げなくなるハジメ。


廃墟で生のキャベツをかじるハジメ。


カオリの入浴中にうっかり全裸で乱入し、カオリの裸を二度見するハジメ…


(僕みたいになるのは、やめた方がいいと思うなぁ…)


しかし、アユムの妄想の中のハジメに乱入された全裸のカオリは、悲鳴を上げるどころか、ニッコリ微笑んで、


『あ、ハジメちゃん、一緒にお風呂入る!?』


(…そりゃ、同性同士だとそうなるよな。あの2人、仲良いみたいだし…)


アユムの長い沈黙にしびれを切らせたハジメは、


「アユムお兄ちゃん!!ボクも、アユムお兄ちゃんみたいに、エンジニアになれるかな!?」


「あ…そっち!?」


     ※     ※     ※


それからハジメは、途中から現れたエイジ達のために、春から学校に通える事を説明し、宇都宮(ユニバレス)を出る前に福田団長に言われた事を、そのままアユムに話した。それを聞き終えたアユムとカオリは、

「ハジメちゃんの将来…アレッツや自警団が必要なくなった後の進路…」「あの団長さん、思った以上にまともな人だったのね…」


しかし…これは思った以上に深刻な問題だった。アユムは『ユニバレス』自警団立ち上げの際に、ハジメにこれまでに得たアレッツ乗りとしての経験と知識を全て教えこみ、ハジメにアレッツ乗りとして生きて行く術を与えた。だが、ハジメにはその先の人生もある。いつまでも少年兵ではいられない。戦う事しか知らなかった子供が、平和な世の中に放り出された後の末路は悲惨だ。


確かに、ハジメが生きて行くためにも手に職を…技術を身につける事は有用だろう。専門性の高い技術なら尚更。だが、ハジメはまだ子供だ。アユムだって子供だが高校生で、しかも幼少の頃から祖父に教わって自然と技術を身に着けていたため、修理屋としてやって来れた。だがハジメは小学校すらまともに出ていない上、専門的な技術もゼロから覚えなければならないのだ。専門性の高い技術であるから尚更、下地となる高等教育の無い人物が習得するには不利となるのだ。


ハジメは専門的な技術を身につける必要がある。だがその下地になる教育が無い。そんな子供が生きて行くには手に職をつける事が必要…の、堂々巡りを、アユムは頭の中で延々と繰り返した。


周囲のエイジ、シノブ、アカネ…大人達も皆、難しい表情をしていた。ハジメが抱えている問題、アユムが気づいた問題に、彼らも気づいていたのだ。


ましてや本来ならアユムは高校生。彼自身が自分の進路指導をしてもらう必要があるのに、誰かの進路相談になんか、乗れるはずが無い。


(困ったな…何て言えばいいのか…)


正確には、どういう事を言えばいいのかは分かっていた。どんな苦労をしてでも、手に職をつけろ。だが、それをどう言えばいいのかが、分からなかった。単純な努力やら忍耐やらを促すだけでは、いけない気がしたのだ…

いい加減なことを言って、ハジメの人生をめちゃくちゃにしたら、責任を取れるのか…!?


もう、どれくらい沈黙していただろうか。ハジメが、改めて言った。


「ねえ、アユムお兄ちゃん…ボクも、アユムお兄ちゃんみたいなエンジニアになるには、どうすればいいの!?」


福田団長に将来の進路を考えろと言われて、真っ先にハジメの脳裏に浮かんだのは、かつて宇都宮の廃墟で暮らしていた時に出会った心優しき青年(アユム)の姿、そして彼と別れた数日後に、ビデオ会議越しで目の当たりにした、『アレッツジェネレータを民間転用しよう』と訴えるアユムの姿だった。ハジメはアユムに、5年後の理想の自分の姿を見ていた。


そして、言われてアユムはハッとなった。ハジメは『アユムみたいになれるか』と、最初からずっと言ってきたのだ。そして、アユムに進路指導なんか出来るはずが無い。ならば…


「………僕は、そんな大層な人間じゃないよ…」


これが不誠実な事だと分かっている。でも…


「北海道の旭川で南を向いて立って、右足と左足を交互に前に出して行く…それを、来る日も来る日も続けた。そしたら、ここまで来れた。これだけの事が出来た。みんなにも会えた。それだけの事だよ…」


アユムは、『ハジメの事』ではなく、『アユム自身の事』…『彼がどうやって、今の自分になったか』について、話す事にした。


「北海道に立って…」

「右足と左足を…」

「交互に出した…」

「ただ………それだけ…」

エイジやシノブ、レオ、アカネも、アユムの言葉を呆然としながら復唱した。誰にでも出来る単純な事。だがそれがいかに大変で難しい事か…そしてアユムは続けた。


「そう…時には色んな人とぶつかり合って…」


”勘違いするなよ!!私はお前のことを、認めたわけでも許した訳でも無いからな!!君には一刻も早く、そのアレッツを手放す事を強く推奨する!!でないと君は、命より大事な物を失う事になるぞ!!君は、弱すぎる!!”

”ショーネン、『あなたはいい人だから撃てません』なんて甘っちょろい事言ってたら、この堅物タイチョーはどこまでもつきまとって、アータからアレッツを取り上げようとするっスよ。”

”やり直すってどっからだ!?根津がやられた時からか!?野盗の親玉になった時からか!?宇宙人が攻めてきた時からか!?おふくろが死んだ時からか!?ここまで俺達がこの村にどんな事をして来たと思ってる!?分かんねぇのか!?もう、手遅れなんだよおおおお!!”

”いくつかの村が集まって国になり、その国同士でも統廃合が起き、うまく行けば最終的に日本は再統一される。私達がしている事は、その過程で起きる数々の出来事の一つに過ぎない。遥か未来の秩序と安定のために、この流血と破壊が必要なのだ!!”


「時には色んな人に助けられて…」


”渡会君、私達はこれで失礼する。君達の旅の安全を祈る!!”

”食料とか日用品とか、無くて困ってる物はありませんか!?うちで少しなら支給出来ますよ。”

”首都圏からの帰りにまたここを通るんだろう!?絶対寄れよ!!もっといい村にしてやるぜ!!”

”以前の私の発言を取り消し、謝罪しよう。君は『何もして来なかった放浪者』などでは無い。君の旅がいかなる物であったのか、今、理解した。”

”同じアレッツ乗りなんでしょう!?困った時はお互い様ヨ。でももう、あんなアブナイ事しちゃダメヨ。”

”行って!!アユムお兄ちゃん!!カオリさん!!ボク達は大丈夫だから。ボク達の事は、ボク達で何とか出来るから。だから行って!!アユムお兄ちゃん!!”


「ハジメちゃんのこれからも、長く険しい道になると思うよ。考えたら僕でも気が滅入るくらい…でも、次の一歩、その次の一歩なら、何とか踏み出せると思う。だから、それを続ければ、いつかきっと、目標のなりたい自分にも到達出来ると思う…」


「でも…次の一歩を踏み出す先すら分からなくなったら…!?もう次の一歩が踏み出せなくなったら…!?」

なおも不安がるハジメに、アユムは、ツナギの胸の下のラピスラズリのお守り袋をぎゅっと握りしめ、


「うーん…僕の場合、南の空にいつも大きな星が出ていたから。それに…」

次にアユムは横に立っていたカオリを見つめ、


「この長く険しい旅を、ずっと一緒に歩いてきてくれた女性(ひと)がいたから…」

言われてカオリも何かに弾かれたかの様にアユムの方を見つめた。


「…とりあえず、学校へ行かせてもらえるそうだから、そこでしっかり勉強して…」

「そこを卒業する頃には社会情勢も変わっているだろうから、奨学金で高等教育を受けて…社会も失った人材を育成する必要があるから、そういう制度は必ず出来るはずだ。」

「後は、誰か信頼出来る人に弟子入りすれば…キシシ…」

「俺の手下に、元野盗で技術者の修行をしてる奴(犬飼)がいるぜ。話を聞いてみるか!?」

エイジ、アカネ、シノブ、レオが言った。シノブは意味ありげにアユムの方を見て笑ってたが…それを聞いたハジメがボソっと、


「…ボクの場合は、北の空の星を目指す事になるのかな…!?」


ハジメの目標となる人は、全てが終わったら、郡山を通り抜けて北に…仙台に帰るだろう。


「ハハハ…北極星って、実は二重星なんだよ。ハジメちゃんが目指す人も2人いるのかな…!?」


「あ、アハハ…」

ハジメは苦笑いしながら、アユムと、その隣りのカオリを見つめた。この人(アユム)は本当に、どこまで分かってて言ってるのか分からない。

アユム「ちょっと待って…北極星って、よく調べたら三重連星だった。ハジメちゃんが目標にしてる人も、3人連れなの!?」


ハジメ(…そう上手く合うはず無いか…)

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