3ー3 遠きにありて 思ふもの
朝…
アユムが目がさめて、最初に思った事は…
「身体が痛い…」
だった。
バスルームのバスタブの中で、アユムは、寝袋を着たまま、身体を丸めて眠っていた。
洗い場には昨夜遅くまでしていた作業の跡が散乱し、スペースが無かったのだ。
寝袋を片付け、バスルームのドアをくぐると…
外には、何も無かった。ただただ瓦礫の海。
そしてその向こうには、
海岸線と、本物の、海。
ここは、アユムが産まれ育った街。
波の音と、潮の匂いと、誰かに殴られ、蹴られる痛みの漂う、街。
アユムの生家は、1階のバスルームを残して、瓦礫と化していた…
※ ※ ※
アユムの生家は、引っ越す際に、父親が売り払った。もっとも買い手はまだ付いていなかった様だが…
だから渡会家は、この街には既に何の繋がりもない。そのためSWD直前の帰省でも、この街は素通りして、じいちゃんの墓のある親戚の家に直行した。
従ってアユムは、昨日3年ぶりくらいにこの街をにやって来るまで、あれからここがどうなっているか、全く知らなかった。
「………やっぱり来るんじゃなかった…」
元々小さな街だ。生き残った人たちも、一部の瓦礫を片付けて畑をつくり、燃え残った家に住んで、農業と漁業で暮らしているらしい。
そして…「修理屋」としての仕事はゼロだった。
下手すると中学生に見えるアユムが、「僕はバグダッド電池の修理が出来ます。仕事はありませんか?」と言った所で、信頼してもらえるはずが無かった。
中には物乞いと勘違いする者もいた。
この街の人たちは、広場に廃材を積んで焚き火にして、その火で調理をしていた。すぐ側に修理すれば使えるバグダッド電池のジャンクが転がっているのに。
「それ僕が直せますよ。他所ではもう電磁調理器が当たり前ですよ。ここは海風が吹くから安定した電力供給が期待出来ますよ。」
アユムのその言葉は半分も聞いてもらえなかった。
「何を言われたってお前にやる物は無いよ。」そう言って追い返された。
しょうがないので自分が住んでた家を探し、燃え残ってたバスルームに籠もって作業をし、昨夜は眠りについた。
仕事が無かった事については…アユム自身、積極的に自分を売りに出ようとしなかったという事情もある。
「…あいつらに会ったら、どんな顔すればいいんだろう…」
僕をいじめたクラスメート、それを見て見ぬふりをしてた奴ら…
…僕の背中に、グラスウールを入れて、背中を叩いた、無数の、手…
そんな思いから、進んで人目につく様な事をする気が起きなかった。
「昔の人も言ってたじゃないか…『ふるさとは、遠きにありて 思ふもの』って…」
それが決して優しかった思い出を懐かしむ類の物では無い事を、アユムは現国の授業で習った。僕の場合も、そうなのだろう…
行こう。もうここに用は無い。アユムは洗い場に散乱していた機材を片付け、バスルームから出た…
「あなた…」
一人の女性が、たまたま、そこを通りかかり、アユムを見留て、声をかけて来たのだ。
「あなたここで何をしてるの…!?ここはあなたの家じゃないでしょう!?」
何を言ってるのだこの人は…アユムは思った。覚えてないの!?あなた…
僕の中学の時の担任教師だった人でしょう!?
おことわり
作中で室生犀星の詞を引用しました。
室生犀星は2018年の著作権の保護期間の改正前に没後50年を迎えており、その著作物は著作権消滅済みです。




