20ー1 行く秋ぞ
旧埼玉県秩父市…
もう何時間、山道をスクーターで走っただろうか。
山中に不意に現れた緑豊かな集落を、アユムは走る。
ついに、掴んだ。ついに、見つけた。
仙台の第八高校に通っていた、佐藤さんという女子高生の噂を…
北海道から長きに渡るアユムの旅は、ついにフィナーレを迎えようとしていた。
この道を進んだら、あの角を曲がったら、見える家にその人は住んでいる。
(ルリさん、ルリさん、佐藤ルリさん…)
丁度家の前には、1人の少女が立っていた。
(佐藤ルリさん…佐藤さん…さとうさん…)
少女がこっちに気づき、振り返る。その顔は見紛うはずもない同じクラスだった…
「あれ…!?ひょっとして渡会!?何でこんな所にいるの!?」
「さ…いとうさん…」
…斎藤さんだった。
※ ※ ※
数十分後…
「富士野先生…ご無沙汰してます…」
『おお…斎藤さん…あんな事があったけど、無事でいたかい!?』
とりあえず斎藤さんと富士野先生を、ビデオ会議で対面させるアユム…
「私はここで家族や街の人と一緒にがんばってます。だから…」
『…うん…そちらは君の故郷でもあるんだ。こっちの事は心配しなくていいから…』
ビデオ会議終了後…
「え…!?佐藤ルリさん!?あの子も埼玉の出身だったの!?」
初耳だという風の斎藤さん。
「うん…だからルリ…佐藤さんの事、なんでもいいから知らないかな!?」
アユムがそう言うと斎藤さんはハァ…と、ため息をつき、
「あのさぁ渡会、埼玉県って言っても、さいたま市やら川越やら入間やら、果てはこんな所まで埼玉なんだよ!?同じ県出身だからって知り合いだと思う!?」
そう言って斎藤さんははるか南の方を指さした。そこにあったのは山頂付近が削られたピラミッドの様な三角の山。
街の象徴だと言うその偉容を、アユムはやるせない思いで見つめた…
※ ※ ※
1時間後、旧埼玉県飯能市…
明日はさいたま市の方で仕事があるから、今日の内に大宮へ戻らなきゃならない。秩父を後にして、何週間か前にアユムが1人で訪れて写真を撮った日和田山に程近い街まで戻って来て、休憩するアユムとカオリ。
市街地の北西にある、明治時代に時の天皇が登頂したという丘に登り、並んで麓を眺める。わずか10分程度の「登山」だったが、前方には緑の中に河原、左手には市街地が一望できた。
「空振りだったわね…」
「まあ、斎藤さんを冨士野先生に会わせられただけても、行った甲斐がありましたよ…」
そう言いながら、アユムの表情は冴えなかった。
「…ま、明日からまた仕事しながら情報を集めましょ!あきらめなければ、そのうち運命の方が音を上げてくれるわよ!」
カオリがそう言ってくれたのがアユムにはありがたかったが…
秩父まで行く道と、ここまで帰る道を、スクーターで切る風は冷たかった。もちろん標高の高い地域を移動したためでもあろうが、
毎晩日課の様にほぼ同じ時刻に見上げる星空、SWDによる人口減で光害も減ったため、東京に程近い埼玉でも星座はきれいに見えた。
秋の夜空の一等星、みなみのうお座のフォーマルハウトが、ここ数日で明らかに西に傾いて来ているのだ。代わって東の空にはプレアデス星団やアルデバラン…冬の星座が登ってきている。
冬が、近づいてきているのだ。
いくら温暖な首都圏とは言え、山間部は雪が降るらしい。冬の間も行動するのは自殺行為だし、仙台ならともかく、何の縁もない首都圏で越冬するのも無謀だ。
少年は行く、南天に輝くシリウスの指す下へ。 …という訳にはいかないのだ。そもそもこれ以上南下したら太平洋へ出てしまう。
明日を最後に、もう仕事を入れていない。3ヶ月の東北ー関東縦断旅で、3人分…アユムとカオリと、仙台へ連れ帰ったルリが越冬出来るだけの食料はブリスターバッグに貯めこめた。
潮時だ。いつまでもカオリさんの優しさに甘える訳にはいかない…
「カオリさん、あの…」「ん!?」
明日の仕事が終わったら、仙台へ帰りましょう…そう言いかけて、アユムのスマートフォンが着信音を立てる。
「な…何だ!?誰から…!?」
そもそも電話がかかって来る相手が少ないアユムは、慌てて電話に出る。
「もしもし…」
『お、おう…アユムか…』
電話の向こうからはワイルドボイス。
「れ…レオ君!?」
郡山…『アイスバーグ』自警団団長の氷山レオだった。そう言えば連絡先交換してた…
『今、どこにいる!?埼玉のどこかか!?東京か!?どこでもいい。今すぐ大宮へ戻ってくれ!!』
「え…!?レオ君郡山じゃないの!?」
そんなアユムの疑問に、更にレオは混乱させる事を言ってきた。
『俺の…身元引受人になってくれ!!』
おまけ
少年は行く。南天に輝くカノープスの指す下へ…
アユム「ますます無ー理ー…南極老人星見たいから、やってもいいかも…」
カオリ「アユム戻って来ーい!!」




