19ー9 報い・下
村はずれに並んで腰を下ろす『生きたおもちゃ』と少年。
「お前…どこから来た…!?」
人と話すのは苦手だが、『生きたおもちゃ』が問う。
「…山の、ずっと、向こう…」
少年が言った。大人しい子だな、『生きたおもちゃ』は思った。だから彼も、話しかけられたのかもしれない。
「親は…どうした!?」
「…死んだ…」
『SWDチルドレン』と言って、SWDで大量の孤児が各地で発生しているのだが、他人との接触を絶って来た『生きたおもちゃ』は、そんな事は知らない。だが、あれだけの大惨事だったのだ、みなし子が出てもしょうがないだろうなとは思っていた。
「宇宙人か…!?」
その問いに少年は首を横に振る。そして、
「アレッツに…殺された。」
「両方とも…か!?」
その問いに、少年はコクリと頷いた。
(それでここまで来たって事は、孤児になって村を追い出されでもしたか…全く…本当に醜いな、人間って…)
『生きたおもちゃ』は思った。だがそれより気になるものがあった。さっき着衣の下にチラリと見えた包丁だ。
「復讐…したいのか!?」
恐る恐る尋ねると、少年は俯いた。
(分からないでもない。こいつは両親を殺されたが、俺はずっと俺を殺され続けてきた。恨みの深さは察するに余りある。いや…親のために怒れるだけ、こいつの方がずっとましだろう…)
「アレッツ相手に、生身でか!?」
懐の包丁に触れない様に、『生きたおもちゃ』が尋ねると、
「…アレッツを降りた隙を狙う…」
だから包丁か…だが…
「………やめておけ。」
これまで何千人とも何万人ともつかない人を殺して来た男の口から、不釣り合いなその言葉が出た。
「…あんたに何が分かる…!?」
「俺は保育園から高校までずっといじめられてて、歴代のクラスメート達を全員殺して回って、ついさっき、その復讐を成し遂げたんだ!!だから分かる。復讐なんて、虚しいだけだって…」
少年は息を呑んだ。『生きたおもちゃ』は続けた。
「ターゲットが妊婦になってた事があった。お腹の子は村人達から祝福されて産まれてくるはずだったのに、俺がやって来たら、奴らはあっさり妊婦を投げてよこしやがった。『これで自分達は見逃してくれ』って…もちろん全員殺してやったさ。件の妊婦も、『この子だけは産ませて』って言ってたけど、論外だ。いじめっ子の子供は、またいじめっ子になるに決まってるだろう!?」
少年の瞳が大きく見開かれる。
「俺が復讐に来たせいで、村を追い出された奴もいた。そいつは別の村に移ったけど、行った先でも俺のターゲットだってバレた途端に村を追い出されて…それを繰り返して、道端に行き倒れてた。勿論、その村は全部滅ぼしたよ…」
『生きたおもちゃ』にとっても、思い出すだけで反吐が出る思い出の数々だった。
「しまいには、『本当は嫌でしょうがなかったけど、みんなに逆らって自分がいじめられる側になりたくないから、仕方なくやったんだ』ってほざいてた奴もいたよ…あの時それを口に出してみたら、『やめよう』って言ってくれる奴が案外大勢いたのかもしれないのにな…とにかく、この復讐の旅はろくなもんじゃなかった。人間の醜い部分、汚い部分を、一つ残らず見せつけられた様な旅だったよ…」
少年は俯いたまま、何も言わなかった。
『生きたおもちゃ』は、自分がこんな事を言うのが自分でも信じられなかった。だがその一方で、彼は思い出していた。いつだったか渡会アユムが言っていた言葉を…
『お前、こんな事続けて何になるってう言うんだよ!!自分と過去に関わった人たちを皆殺しにして、その後に何が残るって言うんだよ!!』
ああ、渡会アユム…お前の言う通りだったよ…
「………なあ、その復讐、俺が代わりにやってやろうか!?」
『生きたおもちゃ』は不意にそう言った。
「え…!?」
弾かれた様に身を震わせる少年。
「お前みたいな子供に、親の仇討ちなんか出来ないだろう!?ましてや相手がアレッツ乗りなら尚更…だから、俺が、お前の両親の仇を討ってやるよ…」
なんで俺が会ったばかりの見ず知らずの子供にこんな事言うんだろう、『生きたおもちゃ』は自分でも不思議だったが、言葉は自然と次から次へと口から出てきた。
「でも…」
少年が遠慮気味に断りかけた時、彼のお腹がグ〜〜〜っ…と、可愛い声を上げた。それを聞いた『生きたおもちゃ』はニッコリと微笑み、
「見せてやるよ。俺は強いんだぞ。そう言えばそろそろご飯時だしな…」
打順が回ってきた草野球の選手の様な気安さで言った。
※ ※ ※
10分後…
復興村は火の海と化した。
あちこちから悲鳴が上がり、次々に住人たちが炭になっていく中、平然と宙を往くのは、『生きたおもちゃ』の『天使』である。
彼の食料の入手法はただ一つ。仇討ちのついでに滅ぼした村から漁る事。
この村は彼の仇討ちとは何の関わりも無い。だが彼はいじめの被害者であり、彼以外の人間は皆加害者か扇動者か傍観者のいずれかで、等しく同罪だった。そして、この村の連中はさっき、あの少年を迫害した。少年にとっても恨みの対象だろう。
炎の照り返しと、耳に残る断末魔の悲鳴を、少年は、少し離れた物陰から見ていた…
※ ※ ※
それから1時間がかりで、『生きたおもちゃ』は村の燃え残りの食料や衣類を漁り、
「どうだ!?」
少年に戦利品を差し出してみせた。
「す…ごい…」
ぎこちない笑みを浮かべる少年に、涼やかな表情で『生きたおもちゃ』は続けた。
「俺はアレッツ乗りだ。しかもこの通りすごく強い。おまけに詳しい説明は省くが、俺のアレッツは人探しにはうってつけだ。だから復讐は俺に任せろ。絶対にお前の両親の仇を討ってやる。だから…仇の事を教えろ。どんな些細なことでもいいから…」
「………分かった…」
頷く少年。
(これで、いい…この子は手を汚さず両親の仇を討て、俺は新たな復讐という生きがいを得る。全て終わったら、この子と旅にでも出るか…そうだな…渡会アユム…まずはあいつに、会いに行ってみるか…)
「両親の仇は………お前だ!」
憤怒の形相になった少年の右手には、いつの間にか包丁が握られ、『生きたおもちゃ』の左胸に突き立てられていた。
ザクっ!! 妙に安っぽい音がする。 バクバクバクバク…!!『生きたおもちゃ』の鼓膜に、連打する心臓の音が響く。
「お前が…っ!!お前の復讐のとばっちりを受けて、僕のお父さんとお母さんは…っ!! 村のみんなも…っ!!」
『生きたおもちゃ』は反射的に少年の首を両手で掴む。
「忘れるもんか!!あの、死神みたいな、悪魔みたいな、白いロボット!!」
首を掴んだ両腕に力を込める。
「なにが『復讐なんて虚しいだけ』だ…い、今更そん…な事言う……なら………お父さん…と、お母…さんを………返………」
バクバクバクバク…っ!! 心臓うるさい!!
「お前な……ん……か………人間じゃ………な…」
少年のあどけない目からダラダラと涙が流れる。声は最後はかすれた笛みたいになった…
やがて…
胸に包丁を突き立てたまま、少年の両腕はダラリと力無く垂れ、ズボンの股間から異臭を放つ液体を垂れ流して、少年の目から光が消えた。
初めてだった。この手で直に人を殺すのは………
『生きたおもちゃ』はゆっくりと首に回した両手を離し、左胸に突き刺さったままの包丁を抜き、左胸の内ポケットに入れていた物を取り出す。それは…
深々と刺し跡が残る、何重にも折りたたんだクラス名簿の束だった…
『生きたおもちゃ』は少年を地面に横たえ、両目を閉じさせると、両腕を胸の前で組ませ、そこに包丁を握らせ、未だに炎が燻っている復興村を後にした。
「いじめは、人が4人集まれば成立する。即ち被害者と加害者と扇動者と傍観者である…」
そして『生きたおもちゃ』は産まれてこの方ずっと被害者だった。なら、彼以外の者は全て、加害者か扇動者か傍観者だ。
彼の手元にある、『ウォーク・ストレンジャーの手記』、『人工異世界生成モジュール』、そして、数日前から『天使』の元にも届いている謎のメッセージ、『すべてのアレッツ乗り達よ、東京に集え。そこで、お前達の欲する物が手に入るだろう。』…
「俺は…人間じゃない。無価値はおもちゃは、誰かに遊ばれている間だけ…『生きて』いられる!!」
為すべきことは、明白だ。
「復讐を………完遂しないと………!!!」




