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19ー8 報い・上

旧長野県某所…


山中を征く白い異形があった。


頭のてっぺんは丸く潰れ、両肩は翼の様に左右後方へせり出し、両脚は非常に細く揃えられて尻尾の様に腰から下げた、歪んだ天使の様な全長10mの人型ロボット…いや、ここまで来ると『人型』と呼んで良いのか…


『生きたおもちゃ』の駆る機体、通称『6本腕の天使』である。


前述の非人道的な名前はもちろん彼の本名ではない。彼は保育園から1ヶ月で退学した高校までずっといじめられており、前述の呼び名で呼ばれ、実際その様な扱いを受け続けてきた。

高校を中退後、ずっと引きこもっていたが、宇宙人が星を降らせ、落ちてきたこのロボットを我が物とした後、故郷の街を焼き、長い旅に出た。

彼の歴代のクラスメート…彼をいじめた張本人達全員を訪ね回り、1人残らず殺すため。

彼の歴代のクラスメートが、彼を蔑んで呼んだ仇名を名乗って。

『生きたおもちゃ』に殺されるという、奴らにとって最悪の最期を与えるために…


そして今、彼の復讐の旅は、フィナーレへと近づいていた。


彼の故郷の街には、大企業の工場があり、歴代のクラスメート達の何割かの親がそこに務めていたのだが、彼が引きこもっていた間にその工場が閉鎖され、従業員たちは皆、長野県にある統合された工場へ転勤して行った。


今から訪れる場所が、その工場のある街だ。

残り全てのターゲットが、そこにいる…


峠へと続く、真っ直ぐな坂道を、登る。所々穴の開いたアスファルトも、宙を浮く機体には何の障害にもならない。


もう少し、あと少し…坂道の頂上に、至る…


「………」


眼下に広がっていたのは、手元にある地図よりもはるかに大きな湖…


湖が周囲の山の裾野まで広がっている…いや、湖の周囲の盆地…湖畔の街があった場所が丸いクレーターになっていて、そこに湖の水が流れ込んでいたのだ。


これはもう、何があったか明らかだろう。


SWDの夜、宇宙人の攻撃を受けて、街が丸ごと、住人ごと消失した。


『六本腕の天使』の特殊機能、『全知』は、世界に散在する記録全てを読み取り、知る事が出来る機能だ。従って、


記録者の全くいない情報…街が全滅した等の情報は、知る事が出来ない。だから、来てみるまで分からなかったのだ。ともあれ、


『生きたおもちゃ』の復讐は、今、果たされた。彼はこの困難な時代に壮大な目標を立て、それを達成した勝者!なのに…


コクピットの中で『生きたおもちゃ』は、両腕を上に上げてガッツポーズをするどころか、力無くへたり込んだ…


(何だ…これは…)


ただ、ひたすらに、虚しかった。もう、何も無かった。彼には…無理もない。何故なら、


彼が産まれてからこれまでに関わっていた人物は、みんないなくなってしまったのだから…



「………ん!?」


『全知』の機能が視界の隅に微かな明かりを灯す。


「1人だけ…いる!?SWDの前日に、街を出た奴が!!」


クレーターになった街の駅に乗車記録があった。再び『生きたおもちゃ』の心に熱が入る。街を出た者は、保育園の年少組の時に同じ組だった男。彼にとって人生初のいじめっ子。彼の原点。ある意味復讐のフィナーレにふさわしい。


「どこだ!?どこへ行った!?」


『生きたおもちゃ』は情報の海に潜る。どこへ行こうが探してやるぞ!どこにいようが会いに行ってやるぞ!!


行き先の情報に、たどり着いた。あいつの降車駅は…


「✕✕駅………山形県✕✕市………」


『生きたおもちゃ』の故郷で、彼がSWDの夜に、最初に滅ぼした街。つまり、復讐の初日に、とっくに殺していた。


「あ………」


それから何時間、コクピット内の光る空間に『生きたおもちゃ』が漂っていたのか、彼自身にも分からない…


     ※     ※     ※


首から下げてたクラス名簿に、何本も何本も赤線を引く。この街にいたはずの奴等の、これから殺すはずだった奴等の名前を消していく。が、赤ペンのインクはだんだんかすれていき、ついには出なくなってしまった。『生きたおもちゃ』は赤ペンを放り捨てるとその虚しい作業を止め、これまでの旅の地図だったクラス名簿を何重にも丁寧に折り曲げると、胸の内ポケットにねじ込んだ。最早用の無い忌まわしき物だったが、何故だか捨てるに忍びなかった。


登ってきた坂道をそのまま下り、村が近づいた所で『天使』を降り、そして『生きたおもちゃ』は呟いた。


「どうしよう…これから……」


ここ数ヶ月ずっと、彼を突き動かしていた復讐心。これまでの20数年より濃密に生きている実感を感じた血塗られた旅路。だが、復讐が終わった先にどうするのかなんて、考えた事も無かった。


     ※     ※     ※


名も知らぬ復興村の道を、歩く。1人で。とぼとぼと。皆が歩くと反対の方向へ。すれ違う者達がさえずる。


「…はどこだっけ!?」「南の…」

うるさい。


「…子供がねぇ…」「うちのお義母…」

俺に関係無い話なのに、耳に、頭に勝手に入って来る。


「…造らないと。」「また掘るの…」

…だまれ!


仕事が、家族がと、ぺちゃくちゃ喋るな!俺はずっと、そういう事をして来なかったんだ!!両耳を塞いで人波を駆け抜けていく。やっぱり俺は、人の間にはいられない!


これまでずっと他人を拒絶して来たのだ。他人との交わり方なんて分からない。かと言って、廃墟になった故郷の街に戻るなり、どこかの山奥で1人で暮らして行けるとも思えない。サバイバルは早晩行き詰まり、適当に枝振りの良い木に首吊りの縄をかける事になるだろう。


歩いていた道は途切れた。進んで来た道には何も無い。進めず、戻れず、留まれず。


ああそうだ。何となく思ってたんだ。復讐が終わったら、俺は静かに消えていく物なんだろうなって…


何となく、口ずさんでみた。『ウォーク・ストレンジャーの手記』。引きこもっていた時にネットの海で出会い、以降この復讐の旅の間も心の指針となっていた言葉。


「いじめとは人が4人集まれば成立する。即ち被害者と加害者と扇動者と傍観者である。」


神なるものが存在するなら、彼は理不尽だ。人を、1人では生きていけぬ様に造っておきながら、時折俺のような、人と交われぬ者を産む。


「いじめとは人が3人集まれば成立する。即ち被害者である少数派の1人と加害者である多数派の2人である。」


そう言えば、つい先日見つけた、枕崎ナゴミの手紙。彼女が属する『ラフカディオコーポレーション』は、電脳異世界への転移による、現世で居場所を失った者達の再起のための事業を行っており、手紙には彼女の全研究成果…望みの異世界を造り、転移するモジュールも添付されていた。


「いじめとは人が2人集まれば成立する。即ち攻撃される弱者と攻撃する強者である。」


いじめから逃げて引きこもっても無為に時間が過ぎるだけ。親の引っ越し等でいじめから逃れられる奴は一握りの幸運な奴でしかない。そして…いじめの復讐を遂げても何にもならなかった。


「従って、いじめ、弱者攻撃の無い世の中を作るには…」


この世から、『消える』、か…結局、それが一番正しい選択だったのかもしれな…



「てめぇこの!あっち行け!!」

「ひぃっ!?」


不意に飛んで来た怒声に『生きたおもちゃ』は反射的に身を捩る。だが、その後拳も石も飛んで来ない。恐る恐る目を片方から順に開けると…


数人の男たちに取り囲まれた、薄汚い格好の幼い子供がいた。


「どこから来やがった、このガキぁ!!」「うちに物乞いにくれてやる余裕はぇんだ!!」「とっとと失せろ!!」


ゴミ捨て場を漁っていた少年に、村人達が怒鳴ったのだろう。明らかに衰弱したその子供は、もう何日もまともに食事をしていない様だ。そんなか弱い子供にすら、持てる者達は非情だ。


ああ、本当に人間なんて、ろくなもんじゃない。でも…もう、汚い物も見飽きたな…


その場を立ち去ろうとした『生きたおもちゃ』だったが、視界の隅、子供が羽織っているボロの下に手を突っ込んだのを見つけ…


『生きたおもちゃ』は、数人の男たちと子供との間に、子供をかばうように立ちはだかった!


「あぁ!?何だ手前ぇは!?」「そいつの関係者かぁ!?」


大勢の男に睨まれ、凄まれる。怖い。でも…『生きたおもちゃ』は、男達と子供との間に立ち続けた。


『天使』の機能、『全知』で、勝手に情報が頭に流れ込んで来る。少年のボロの下で握っていた物…大手調理器具メーカーから販売されていた、出刃包丁!!


「何とか言ったらどうなんだ、あぁ!?」


力で追っ払ったり、言葉で言い返したり出来ない。ただ、無言で睨み返すだけ。そう言えば、いじめられている誰かをかばうなんて初めてだ。


「……行こうぜ。こんな奴、相手してもしょうが無い。」「お前ら物乞いだったらどっか行きな。この村が穢れる。」


ついに根負けした男達は、捨て台詞を残して去って行った。


脱力し、その場に崩れ落ちるのを必死に堪えた『生きたおもちゃ』。後ろで怯えた表情の少年に手を差し伸べ、


「だ…大丈夫…!?」


少年はぎこちない笑みを浮かべて、


「あ…ありが…とう…」


そう言えば、この子は、メガネをかけていない以外は、渡会アユムに似ているな…『生きたおもちゃ』は思った。

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