19ー5 不死身のダイダ
「ダイダ…」「う………っ!!」
ダイダの姿を見たアユムは低く漏らし、カオリは顔を背けた。
「グェ…フ…フ…フ…フ…フ………よ、よぉ、お前ぇるるぁ………」
例の気味の悪い笑いを浮かべるのは、紛れもなくダイダだった。だが、ダイダは地べたに寝そべり、転がったまま、一向に起き上がろうとはしない。いや…起き上がれないのだ。
ダイダの両脚と右腕は、肘や膝の関節ではない所から、あらぬ方向へ曲がっていた。元々全身に大火傷を負っていたので、余計に痛々しい姿になった。
「あぁ、こるるぇかぁぁ………例の村の連中がやりやがったんだぁぁ………あいつるるぁ容赦無ぇんだぁぁ……たかが水車一つブッ壊したぐれぇでぇぇ………」
太股や右上腕をじたばたさせながら、唯一残った左腕をこっちに伸ばすダイダ。何やら臭い匂いが漂ってくる。そう言えば、あの後、水車バージョン2を造るのに夢中になってたのと、カオリさんへの疑惑で頭がいっぱいになり、ダイダがどうなったのか考えた事も無かった。まさかこんな事になってるとは、あまりの出来事にアユムもカオリも言葉を失っていた。
「足と右手の感覚が無ぇし、動かす事も出来ねぇのに、痒くて痒くて仕方無ぇんだぁぁ………」
壊疽した手足をそのまま付けていた事による毒素は、確実にダイダの身体を蝕んでいた。ダイダの声も、これまでの様な迫力は無く、弱々しかった。常人なら何度死んでもおかしくない重傷。だが、持って産まれた強靭な肉体は、彼が死ぬ事を許さなかった。
「こるるぇじゃぁ弱い者いじめも出来ねぇぜぇぇ…もっとも、今の俺より弱ぇ奴なんて、この世にいるるのかなぁぁ………」
ふと、この身体でダイダはどうやってアレッツを操縦しているのだろうと思ったが、ダイダの首の後ろ…頚椎からコードが何本も伸び、アレッツの腹部、コクピットに向かって消えていた。
「なぁ…渡会………」
不意にダイダは懇願する様な声を上げる。
「………一発、殴らせてくれぇぇぇぇぇ………俺にはお前ぇが必要なんだぁぁ…お前ぇみてぇな………サンドバッグがぁぁ………」
「………っ!!」
あまりの浅ましい発言に、アユムは言葉を失った。沈黙を了承と受け取ったのか、あるいは了解を取るつもりなんて無かったのか、
「むぅぅぅん………」
情けない掛け声とともにダイダは左手を握り、アユムに殴りかかると、ダイダの拳はアユムの向こう脛にヒットした。が………
「全然、痛くない!!」
アユムはダイダを見下して言った。もっとも、ダイダはもう立てないが…怒ったダイダは妙な掛け声を上げて何度かアユムに殴りかかる。アユムはそれを鬱陶しそうに足で払うと、いかなる力の作用か、ダイダの身体は両脚をペキペキと折り、仰向けにひっくり返ってしまった。その姿を見てアユムとカオリは再び呻き声を漏らした。胸から下腹部にかけて、自身の出血でどす黒く変色していた。恐らく内蔵もいくつか破裂している事だろう。一体どうやって生きてるのか…!?
「くそっ!くそっ!!」
ひっくり返ったまま手足をジタバタさせるダイダ。だが起き上がれるはずがない。
「わ、渡会!!そ、そこへ直れ!!ブっ殺してやるるっ!!」
喚き散らすダイダ。
「ブっ殺してやるる………でなきゃ………
お、俺を、殺せぇぇぇっ!!!」
凶悪で最悪ないじめっ子、ダイダ…そんな奴が泣くのを、アユムは初めて見た…
「なぁ渡会ぃ…頼むぅぅ…俺を、殺してくるるぇぇ………お願いだぁぁ………
俺ぁ不死身だぁぁ…どんなに痛くて、苦しくて、ひもじくて、みじめでも死ねねぇんだぁぁ………
頼む渡会…殺してくるるぇぇ……お前ぇだってそうしてぇはずだぁぁ………」
泣き喚いて懇願するダイダ。
どこまでも、浅ましい奴!!
「誰がお前なんかのために人殺しになんかなるか!!!」
そう吐き捨ててアユムはカオリとともにその場を歩き去った。
「待て渡会!待ちやがるるぇ…待ってくるるぇぇぇぇ………」
後ろではダイダがしばらく何やら喚いていた。
シノブさんは言った、人は強烈な快楽を味わうとそれ以下の快楽では満足出来なくなると。最上さんが言った。『中毒』は周囲の人間を不幸にすると。ダイダのいじめ中毒は、被害者であるアユムの少年期を破壊し、アユム両親の生活を破壊し、
ダイダ自身の人生をも、破壊した。




