19ー4 いじめ中毒
おことわり:本作にいじめを肯定したり、いじめ加害者を擁護する意図は一切ございません。
あれから、2人がケンカ別れしたと勘違いしたままだった村の人達と一騒動あり、ついでにお宝画像の存在がバレたユウタもカナコと一騒動あったそうだ。身重のカナコにユウタが逃げもせずに一方的に殴られた夫婦喧嘩は、後に『SWD』と呼ばれたらしいが、ともかく、
ソラは『やりたいことがあるカラ』と東京へと発ち、川越での一仕事を終えたアユムとカオリは、再びさいたま市まで戻っていた。
※ ※ ※
『そうか…アレッツのジェネレータは進化したバグダッド電池で、発電施設に転用出来る、と…』
「ええ…そして、出来た施設はテロの対象になりがちです。警備を厳重にしないと…」
アユムは、エイジ達とテレビ会議をしていた。先日の三カ国ビデオ会議でも公開した、アレッツジェネレータに関する秘密を、エイジ達と共有したのだ。
『分かった、ありがとう。役に立ったよ。それにしても、ダイダが君の水車を壊したとはねぇ…』
「最上さん、あの………」
『何だね、アユム君!?』
今、軽井沢や沼田の方はどうですか!?その言葉を、アユムはギリギリで引っ込めた。
エイジは今や政府の人間。機密に関わる事は話せるはずがない。ましてやアユムは郡山と宇都宮が現状の体制の形成に少なからず関与した。いくつかの村が集まって、小さな国を形成する過程に…そして、将来的に仙台に帰ったら、仙台も、誰か信頼出来そうな人を長に立てて、国の形を造った方がいいと考えている。
何となく、自分とエイジ達の道は分かれてしまった様な気がしたからだ。
「あ、そ、その…」
『どうしたんだね!?』
「………だ、ダイダって、結局、何だったんでしょうね!?」
咄嗟に、そう言った。
『…ダイダの事は、君の方が詳しいんじゃないかね!?』
「その…い、いじめっ子って、何、考えてんですかね…!?弱い者、他人と少しでも違う人を、殴ったり蹴ったりバカにしたり罵声を浴びせたり…そんな事して、何が楽しいんですかね!?やられる側はたまった物じゃないのに、そんなのお構いなし、考えもせずに…今度だって、あの水車が出来たら、たくさんの人が助かるのに、あいつはそれを破壊した。ただ、僕を泣かせたいという、それだけの理由で…」
「アユム…」
隣りで聞いていたカオリも、声を上げた。いじめ…ダイダに関する問題は、渡会アユムという少年の人格形成の根幹を成している。
『ふむ…』
すると、画面の向こうで、エイジの隣にヌッと牛乳瓶メガネのシノブが顔を突き出し、
『悩めるショーネン、「なんとか中毒」って、色々あるッショ!?』
「中…」「毒…!?」
アユムとカオリが復唱する。
『例えばアルコール中毒とか、タバコ…ニコチン中毒とか、ギャンブル中毒、買い物中毒、ゲーム中毒、あと、セック…おっと失礼!』
そういう事は未経験の2人が顔を赤くした。
『あー、もっと分かりやすい例だと、ドラッグとか…
とにかく、そういう強烈な刺激や快楽を一度味わって、満足すると、それより弱い刺激、快楽じゃあ、満足出来なくなるんスよ。
つまり…暴力や破壊の快楽は、それを感じ取れる人にとっては、中毒性のあるくらいものすごく強烈な快楽で、その快楽の虜になってしまって、何度も何度も、その快楽を味わおうとする。そしてそれを味わうには、相手は強者より弱者の方が効率がいい。ダイダや、いじめっ子ってのは、そういう者なんじゃないッスかね…』
それを聞いたアユムは声を低くして、
「…やっぱり、納得できないですよ。奴らの個人的な快楽って…じゃあ、そんな下らない物のために、僕はずっと嫌な思いして、お父さんとお母さんは北海道での暮らしを捨てなきゃならなかったって言うんですか!?」
『そう。理解できない。理解出来てはいけない事なんだ、これは…』
エイジが言った。
『さっき、シノブ君が言った様々な「中毒」は、アルコールやドラッグは切れたら暴れて周囲の人に迷惑を与えるし、買い物中毒やギャンブル中毒は借金で経済的に破綻するし、セッ…中毒も人間関係を破壊する他、性病のリスクもある。昔のオンラインゲーム中毒も、それが原因でパートナーの離婚や家庭崩壊に繋がった事もあるらしい。つまり、「中毒」の強烈すぎる快楽への渇望は、多かれ少なかれ当人や周囲の人間の生活や人生を破壊する。いじめ中毒…暴力中毒は、中毒の対象が「他人への暴力」であるため、確実に他人を巻き込むから、何よりも厄介なのだろうな…』
「…中学の時、僕が廊下を歩いていたら、向こうからダイダがやって来て、ものすごく不機嫌そうな声で、『一発殴らせろ』って言って、思いっきりぶん殴って来た事があったんですよ。もちろん僕に、あいつに殴られるような事をした覚えはありません。いじめ中毒って…あの時のあいつが、そんな訳の分からない精神状態だったって言うんですか!?やっぱり理解できないですね、僕には…」
「理解出来ない事が一番幸せなのかもしれないわね、アユム…」
以降、2、3の連絡ややり取りを経て、ビデオ会議を終了した。
※ ※ ※
ビデオ会議終了後、ウィンドウを閉じたエイジ。
「お疲れ様っス、タイチョー。」
シノブの声に、エイジは、
「ああ…」
と、椅子に座ったまま、力無く項垂れた。
大人になりかけてる子供の悩み相談。なら…
大人の悩みは、誰に相談すればいいのだろう…
※ ※ ※
一方、アユムとカオリは、並んで村の通りを歩く。
「やっぱり、最上さんとシノブさんは頼りになるわね…」
「うん………」
アユムはどこか俯きがちだ。
ダイダの事は、話題を変えるための咄嗟の方便。なのに…
却って嫌な事を思い出してしまった…
「………」
隣を歩くアユムのそんな心中を察したのか、カオリは、
「ねえ、アユム…あんた気づいてる!?『虐げられし者の恨み、思い知れ』って…あんた最近、言ってないわよね!?」
「……しょうが無いでしょう!?第15話は最後3連戦でどこで言えばいいか分からなかったし、第16話は僕の戦闘無かったし、第17話もアカネさんに勝てたって思ってませんし…」
「何よ、第なん話とかって…」
「とにかく…何か違うかな、って…」
その答えを聞いてカオリはニッコリと笑った。いい傾向ね…
その時、
「キャーーー…あ…」
絹を引き裂くような悲鳴が上がった。が、その悲鳴は何故か中途半端な所で途切れた。
「アレッツ…だ!?」「野盗が出た…ぞ!?」
村人達が叫ぶ…途中で半疑問形になって。
「僕等も行きましょう、カオリさん!」「ええ!!」
※ ※ ※
「グェ〜〜〜ッハッハッハ!!食い物出しやがるるぇ〜〜〜っ!!」
『ら行』に必ず入る巻き舌が威圧的な、特徴的な叫び声を上げるのは、全身真っ黒で、両腕だけが血のどす黒い赤色のアレッツ。頭には大きな単眼のカメラアイがある。しかし…レアリティはC、それもプロトアレッツからビルドしたての無改造品で、全身ボロボロだ…埼玉県警のアレッツ部隊、いや、民間の自衛用アレッツよりはるかに弱そうな野盗機の登場に、襲われた村のご婦人ですら、どう反応して良いのか分からないのだ。
「お前…ダイダ…か!?」
集まった群衆の中で、アユムが言うと、
「げぇぇぇっ、渡会!?」
黒いボロアレッツは悲鳴をあげ、ドンゲンドンゲンと足音響かせ逃げて行こうとする。ホバリングさえ着けてないのか!?
「ま、待てよダイダ!!」
一般人がアレッツを追っ払ったという珍事に呆然とする村人達を置いて、アユムとカオリはダイダ機を追う。しかし、7mの巨人と人間とのコンパスの長さの差は歴然で、段々ダイダ機が遠ざかって行く。
「しょうが無い…ブリスターバッグ、左腕だけ起動!!」
アユムはブリスターバッグを取り出すと、そこからヌっとアユム機の巨大な左腕だけを出す。そこに握られているのは特殊兵装。
「『マスターキー弾』、射出!!」
低レアリティの機体のコクピット内の乗員を強制排出させるアプリを仕込んだ弾は遠くを走るダイダ機を直撃し、腹部のコクピットから人影が転がり落ちる。
「痛ててててっ!!」
落ちてきた人影が叫ぶ。あの声はやっぱりダイダだ。だが…手足をじたばた動かしている様だが、一向に起き上がる気配が無い。アユムとカオリが駆け寄ると、
「ダイダ…」「う………っ!!」
アユムは低く漏らし、カオリは顔を背けた。




