18-9 それでも僕は リンゴを植える
どこの学校でも、廊下や教室後ろの掲示板には、生徒が描いた絵画や習字が貼られているものだろう。が、アユムの通っていた小学校や中学校では、その中に渡会アユムの描いた物だけは貼られていなかった。
貼り出されても、彼の作品だけは、その日の放課後までにはビリビリに破かれてしまっていたからだ。何日も何週間もかけて描かれた物を、ひとつの例外もなく、である。誰がやっていたのかは説明するまでもあるまい。これでは採点のしようがないと、芸術系の教科の教師達の暗黙の了解で、アユムの作品だけは貼り出さず、採点評価が終わったら、本人に自宅に持ち帰らせていた。
言い換えれば、学校はアユムのいじめ問題に、それ以上何もしなかったと言うことなのだが、いずれにせよ、アユムは小中学生時代、故郷の街から徹底的に否定され、踏みにじられ、無視され続けていたのだ。
小中学生時代の、北海道での話。だと、アユムもついさっきまで思っていた。まさか北海道の悪意が、
津軽海峡を越え奥州を縦断し、はるばる数百キロ離れた関東まで襲って来るとは…
※ ※ ※
「グェーーーーーッハッハッハ!! グェハ、グェハ、
ギィィャァァァーーーーーーーーーッハッハッハッハ!!!
ざまぁみやがるるぇぇぇぇぇ〜〜〜っ!!燃えるるぇ、燃えるるぉ〜〜〜っ!!
グェーーーーッハッハッハ!!」
炎上する水車を背後に、狂ったように高笑いするダイダ機。実際頭がおかしいのだろう。
「ああ…」「水車が…」「折角造ったのに…」
村人たちから悲鳴と嘆き声が上がる。
「ギィャーッハッハッハ…ゲホゲホ…ん!?」
笑いすぎて咳込んだダイダの目の前に、2人の男女が人だかりの中から立ちはだかる。言うまでもなくアユムとカオリだ。アユムがヌっと30cm程のカバン状の物を突き出し、
「ブリスターバッグ、オープン。」
現れ出たるは濃紺に金の差し色を入れた巨人。額には三日月の前立てを掲げ、左右のカメラアイの色が違う、金色の右目がギン!と輝く。ここ1週間、水車づくりの合間に、宇都宮でのアカネ戦で得たマテリアルを基に、更なるカスタマイズを施した、
アユム機L セミキューブ動作追随性重視型
『ノー・クラウド・クレセント(通称:スーパーノヴァ)』
濃紺の巨人は左右の手に1振りずつ装備していた、傘型の武器を構える。
右手にアンブレラ・ウェポン(ガトリング) 『雨刈り』!!
左手にアンブレラ・ウェポン(スナイパー) 『雲晴らし』!!
「スナイパーの出力はギリギリまで落としたわよ!」
リアシートからカオリの声が飛ぶ。
アユム機はまず、右手のレインリーパーをダイダ機めがけて斉射!ダダダ… ダイダ機は瞬時に蜂の巣になる。
次いで左手のクラウドクレンザーを一撃! ダァァァァン!! ダイダ機の胸に風穴が開く!
あっけなく戦闘終了。アユムとカオリは無言でアレッツから降りて来る。次いでダイダもスクラップとなったアレッツから降りて来て、
「まぁぁぁた負けちまったぜぇぇ…だが…見てみるるぉぉぉ〜〜〜手前ぇが造ったクソ水車をよぉぉぉぉ〜〜〜!!」
ダイダの指差す先、アユムの水車は完全に燃え落ち、ただの炭と化していた。
「お前ぇ、あの水車を造るのにどれだけかかったぁ!?
1週間かぁ!?10日かぁぁぁ!?
だがぁ、お前ぇがどれだけ手間暇かけて造るるぉうがぁ、俺の一撃で、ボン! だぁぁ!!
グェーーーーッハッハッハ〜〜〜!!ギィャァッハッハッハ〜〜〜!!」
ダイダには物造りをする者の気持ちなんて分からなかった。が、物造りをする者の心を折るにはどうすれば良いかは本能で知っていた。
かつてダイダは、アユムの部屋に侵入して飾られていたプラモを全部盗み、公園で焼却し、その後アユムは、プラモ造りをやめたらしい。
「こるるぇで分かったるるぉぉぉ〜〜〜!!手前ぇが何しようと無駄なんだよぉぉ〜〜〜!!
手前ぇは俺に叩かるるぇて、蹴らるるぇて、突かるるぇて、バラバラにぶっ壊される運命なんだよぉぉぉぉ〜〜〜!!グェーーーーッハッハッハ!!!」
狂ったような高笑いを上げるダイダ。対してアユムは、さっきからほぼ無言だった。俯き、表情は見えない。手は力なくだらりと下げている。ダイダは思った。
(こるるぇでいい…こるるぇで渡会は、俺のおもちゃに逆戻りだぁ…後は、あの女を殺してぇ、渡会に無理やり道案内させて、北海道に戻って、あいつが死ぬまでいたぶって遊んでやるるぅ〜〜〜グェヘヘヘヘヘ…)
だが次の瞬間、アユムは、
「よし、じゃあこれ直すか!!」
妙にサバサバした口調で言った。アユムの様子がおかしい事が気になって、彼の周りに集まっていたカオリや『Vの字』、『Wの字』に、アユムは「これ見て下さい。」と、ブリスターバッグの画面を見せる。
「これは…金属のシャフト…それに、ベアリング!?」
『Vの字』が言うと、アユムが、
「木製の水車が完成した後に、体の良い素材が見つかったので、造ってみたんです。これに、最初に造ってた金属のブレードを付けましょう。」
「でもそれだと、重くて動かなかったんじゃないの!?」
「そうだよ!いくらベアリングを付けたからって…」
カオリと『Wの字』が言ったが、アユムは、
「ブレードの外枠だけ金属を使って、中に張る板はもっと軽くて耐水性の高い物を使いましょう。」
「…アクリル板か!?」「それなら金属でも回るかも…」
「作りましょう!!軽さと耐久性を両立した、水車を!!」
アユムの瞳は、未だ輝きを失ってはいなかった。
一方、話に完全に取り残されたダイダは、
「ま…待てよ渡会!!そんな物造ったって、俺が出来たそばからぶっ壊してやるるぜぇ!!それだけじゃねぇ!お前がこれまで造ってきた物全部、探してブッ壊してやるる!!どうだぁ、お、お前が何しても無駄だって、分かったかぁ…」
するとアユムは半ば呆れた様に、
「あのなぁダイダ、お前が何もしなくても、僕の水車は何年後か、何ヶ月後かに必ず壊れる。それでもその間に助かる人、喜んでくれる人がいるなら、僕は水車を造るんだ。
例え明日水車が壊れるとしても、僕は今日、水車を造るんだ!!
何度壊されても、何度でも、前より良い物を、な。」
「な………!?」
ダイダにはアユムが何を言っているのか分からなかった。構わずアユムは続ける。
「大体北海道からここまで、僕があちこちで、どれだけの物を造って来たと思ってんだ!?それを全部壊して回る!?ご苦労な事だな!!」
(分かるるぁねぇ、分かるるぁねぇ分かるるぁねぇ分かるるぁねぇ!!
こいつが何を言ってんのか、こいつが何考えてんのか、こいつが何でこんな事言えんのか分かんねぇ…!!)
ダイダはもう、何もかも分からなくなっていた。ようやく、
「わ…渡会…」
絞り出すようにそう言うと、アユムは、
「…何!?」
無造作にダイダに歩み寄り、2人の目と目が合い…違和感に気づく。
(あれ…ダイダってこんなに小さかったっけ!?)
(渡会…こんなにデカかったか…!?)
ダイダの方が背が高いのに変わりは無い。が、2人の目線の高さの差が、明らかに縮まっていた。
皆さんの周りにもいただろう。あるいは、あなた自身がそうだったかもしれない。幼い頃は背が低かったが、高校に入って急激に伸びた人が…アユムがまさにそのタイプだった。SWDの食糧難すら偏食を無くす作用を与え、修理屋の仕事で適度な運動をした上、収穫期の東日本各地を回って新鮮な食料を豊富に手に入れ、それを調理するカオリの存在も大きかった。
今、アユムの身長は、175cmを超えていた。
(渡会…いや、さっきの物言いといい、背の高さといい…こいつ…本当に渡会かぁ…!?)
「お前ぇは…誰だ…!?」
何とも間抜けな問いに、アユムは、
「僕は渡会アユム。でもみんなから、色々と呼ばれている。『修理屋さん』、『ノー・クラウド・クレセント』、『スーパーノヴァ』…そうそう、最近新しくついたあだ名が…」
第18話 みちのくのジョニー・アップルシード
「………」
途方もない話に呆然とするダイダを捨て置いて、アユムは向こうへと去って行く。
「さあ皆さん、また造りなおしです。手伝っていただけませんか!?」
「もちろんだ!修理屋さん!!」「あんな奴に負けるもんか!!」「俺達だってゼロからここまで復興して来たんだ!!」「あ、そうだ!丁度新しいアレッツジェネレータが2つ手に入ったから、いっそリスク分散でもう2箇所離れた場所に施設造るか…」「いよっ!みちのくのジョニー・アップルシード!!」「俺、川越から来たんだけど、うちにも造ってくれないかなぁ…」「いいですけどテロ対策はきちんとしないと…」
「待て渡会!!」
ダイダの叫びにアユムは立ち止まり、周りの人達と共にダイダを見つめ、
「この旅も、アレッツでの戦いも、修理屋も、僕にとっては端っから過ぎた挑戦だったし、これからの僕等の復興も、きっと苦労と苦難の連続だ。ダイダ、お前との事は、それがたった1つ増えたに過ぎない。
何度でもかかって来い!その度に叩きのめしてやる!!」
それだけ言い残すと、アユムは皆と歩み去って行く…
「待………」
そこでダイダの視界は暗転する。ドタっ!!何かが倒れた音がする。
「修理屋さんはああ言ってくれたけど…」「俺たち、ムカっ腹立ってんだよなぁ…」
誰だ…何人いるんだ…!? 俺は、地べたに倒れてんのか…
「折角造った水車壊しやがって!!」
頭がクラクラする…ズキズキする…ガンガンする………
俺を、後ろから殴りやがったのかぁぁ…角材か何かで…
「構わねぇ、やっちまえ!!」
ふざけやがって…俺ぁダイダ様だぞ…中坊ん時、同級生を殺し…北海道かるるぁここへ来るまで、野盗も堅気も何人も何人も殺して来た…だが…
身体が、言う事を聞かねぇ!!
※ ※ ※
「本当、立派になったものよ…あの、何も出来なかった小さな子供が…」
遠巻きに見つめるカオリの口調と表情は、誇らしげで、何故か寂しげでもあった。その隣でアユムを見つめるダンも、
「どうやら俺の心配は杞憂だった様だ…アユム、お前ならきっと見つけ出せるだろう。砂漠に落ちた一粒の砂金…いや、星のかけらを…」
皆の中心になって再び水車を組み立てるアユム。どこからか風に乗って、害獣を屠殺する様な悲鳴が聞こえた気がしたが、最早彼にはどうでもいい事だった…
※ ※ ※
同日、夕方…
「はぁ〜〜〜、疲れた…」
心地よい疲労に肩を鳴らすアユム。ふとスマートフォンを見ると、仙台の富士野先生からメールの返信が届いていた。
「しまった…あれから水車造りに夢中で、メールチェック忘れてたな…」
メールに目を通すアユムだったが…瞬間、文面を読む両目が大きく見開かれた。
「………えっ…!?」




