18-8 アユムと水車
アユムが撮って来た水車の写真を覗き込む『Vの字』と『Wの字』。
「あー、これかぁ…俺達も中学だかの遠足で行ったなぁ…」
「あんな事があったのに、よく残ってたなぁ…」
「どう…ですか!?」
アユムが訊ねると、
「…CADが、あればなぁ…」
「マシンとソフトと、電力だな…」
※ ※ ※
オフィス街の廃墟、とあるビルに入り込んだアユムと『Vの字』と『Wの字』。辺りは、かつては清潔で洗練されていたと思しき研究施設。
「こんな所に勤めてたなんて…Vの字さん、あなたすごい人だったんですねぇ…」
「ま、SWDさえ無けりゃ俺も、な…」
「それより…」
『Wの字』が指差す先には、奇跡的に破壊も略奪も免れた、タワー型PC。
※ ※ ※
さいたま市復興村…
カチャカチャカチャカチャ…
廃墟から持って来たPCを、『Wの字』があっと言う間に設営や基本設定、ソフトのインストールまでやってしまう。
次に『Vの字』がCADの画面とアユムの水車の写真を見比べて、瞬く間に3Dモデルから設計図を作ってしまった。
本当、何者なんだこの人達…
「よし…これで、ちゃんと回る水車になるはずた。」
「後は材料集めと、加工と、設営ですね…」
「皆さん、一休みして、湯冷ましかありませんがいかがですか!?」
エリサさんがいくつかの湯呑みを持って来た。
「奥さん、お世話になります。」
「いえいえ。皆さんこの村のみんなのためにされてる事ですし…」
「お前ら…患者が来たら、こっちに電力寄越せよ。」
向こうで白衣を着たダンが言った。彼の周りの医療機器は電気が通っていない。
「あなたしょうがないでしょう!?この辺であのコンピューターを動かせる程の電気が使えるのは、うちだけみたいなものなんですから…」
エリサさんは笑みを崩さなかったが、ものすごい迫力だった。る…ルリさんはきっと優しい子だよね。僕と一緒に住み始めてもこうならないよね…
※ ※ ※
それからアユムは、来る日も来る日も作業を続けた。
ダンさんと一緒に材料を探し…彼のプロトアレッツは物資輸送、計作業に特化した物で、本来空洞の腹部や、両腰にコンテナが増設されていた…『Vの字』と『Wの字』に水路を掘ってもらい、アユムはその間、埼玉県のあちこちに赴いて修理の仕事をしながら、空いた時間で材料を加工し、水車を作って行った。残念ながら、ルリさんの有力な情報は得られなかったが…
※ ※ ※
「あたしが北海道で出会った頃のあいつは、そりゃもう、何も出来ない、頼り無いガキだったんですよ…」
カオリがエリサに言った。
「…唯一の取り柄である、バグダッド電池の修理も、旅を続けるんだったら、修理屋をしろって、あたしが提案したんですけど、躊躇ったんです。僕には無理だ、って…」
「私達は今のあの子しか知らないから、信じられないわねぇ…」
エリサが言った。
「本当、立派になったもんですよ…」
そう言うカオリの顔は、誇らしげであると同時に、何故か寂しげでもあった。
カオリは知っていた。ここ一週間、『出稼ぎ』から帰った後、アユムが夜遅くまで水車造りをしていた事を。『あまり無理するな』と言った時のアユムの口ごたえも、『これが成功したら僕のヴィジョンが実証されるんです』から、『村のみんなが期待してるんです』に変わって行った。
最初は4人で始めた発電施設造りも、2人、3人と集まり、一週間が経過した今では村をあげての大事業になった。
アレッツ乗りの4人が大まかな作業を行ったが、人の手が必要な箇所や、人の手でも出来る箇所には、村の人達も手伝った。
全部、アユムという頼り無かった少年が動かした人々である。
最初は、軸は木製だがブレードは耐久性を重視して金属製にする予定だった。L字鋼材を組んで鋼板を張って…ここまで大掛かりな金属加工なんて、アユムは初めてだった。ところが、巾着田で撮って来た写真の水車が木製だったので、嫌な予感がした。試しにブレード(水車翼)を上下左右4枚しか着けていない物を川に仮設してみると、水の流れに対してそれはびくともしなかった。重すぎたのだ。これ以上ブレードを足すともっと重くなってますます動かなくなる。失敗だ。それを認めた瞬間、水車の軸は自重でへし折れた。
方針変更。水車は耐久性より自身の軽量化を優先し、木製となった。またもや初めての大掛かりな木工製作、しかも一からのやり直しだった。遅れを取り戻すために、加工作業は深夜にまで及んだ。軽量化のために釘すら使うのが憚られ、ほぞ継ぎを学ぶ事になった。そして…
※ ※ ※
旧埼玉県某所…
道行く2人の村人が、歩きながら話していた。
「ロボットのエンジン使って発電しようとしてるみたいよ。」
「水車を造ったんですって!?…『スーパーノヴァ』って、有名人なんでしょ!?」
向こうからマントにフードを被った大男がヨロヨロと歩いて来る。
「それが、どうやらこないだうちの村にも来てくれた、修理屋の渡会さんみたいなの…」
すれ違いざまに、大男のマントの下が赤黒い火傷の痕が見えて2人はぎょっとする。が、すぐに元の話に戻る。
「…大宮の方なんでしょ!?」
「すごいわねぇ…うちでも出来ないかしら…!?」
2人の話を聞いたマントフードの大男…ダイダが、笑いとも怒りともつかない、気持ちの悪い下卑た表情を浮かべた。
※ ※ ※
再びさいたま市復興村…
水車設営、固定よし、水路掘削、整地よし、アレッツジェネレータ設置よし…村の人達もカオリさんも揃って見守っている。
「やって下さい!!」
アユムが合図を送ると、空の水路の上流側と下流側に待機していた『Vの字』機と『Wの字』機が、「「おう!」」と返事し、パーティクルキャノンを構える。標的は、川の本流と空の水路とを隔てる、土壁。
「「発射!!」」 タタタタタ…!!
キャノンの斉射で土壁は跡形もなく消え去り、水路に川から水が侵入する。水位はどんどん上がっていき、程なくして上流から下流へ、安定した流れを形成する。そして…
ギ… ギギギ…
水流を受けて水車はゆっくりと、やがて力強く回り始め、周囲に設置した照明が明々と灯る。
「やったーーーっ!!」「成功だーーーっ!!」「ばんざーーーい!!」
集まった人々の間から歓声が上がり、皆、手に手を取り合って喜びを分かち合う。土にまみれ、豆だらけの手を…
誰よりも喜びを感じているのは、もちろん、アユムだった。ついに…水車が、完成した。
僕にも…出来たんだ…
毎日大変だったし、失敗ややり直しも何度もあったけど、やってよかった。
「なぁぁぁぁにやってんだよぉぉぉぉぉ〜〜〜 渡会〜〜〜…
お前がそんな物造っても、無駄なのによぉぉぉぉ〜〜〜!!」
地獄の底からゴロゴロ唸る様な巻き舌の声が響き渡った。向こうに誰かいる!全身真っ黒に、両腕だけ血のように赤いアレッツ…
タァァァァン!! 黒いアレッツはパーティクルキャノンを射出すると、
ガァァァァン!! 水車は瞬時に崩壊し、炎上した!!
「グェーーーーーッハッハッハ!! グェーーーーーーーーーッハッハッハッハ!!!」
ダイダの狂った笑いがこだました。




