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18-6 渡来人の里より

2日後、午後3時頃、旧埼玉県日高市…


眼下には緑の中に大きく湾曲した川が流れる。その逆さの巾着の様な川にアユムはスマートフォンを構え、パシャっ!!シャッターを切る。


「カオリさんに言われて来たけど…登って良かったな…」


標高は300mだそうだが、麓からの高低差はもう少し低いだろう。それでも登るのに30分はかかった。でもそのお陰で、この絶景が見られた。


中学の頃だったら、こんな事しなかったろう。だが、

今のアユムは、苦労は報われる事を知っている。


「…降りて仕事の続きしよう…」


アユムは日和田山の登山道を降りて行った。


     ※     ※     ※


同日、夕方、旧さいたま市…


太い川に架かった、SWDでも崩れずに残った大きな橋を渡るアユムの乗るスクーター。河原では2機のアレッツ…『Vの字』さんと『Wの字』さんだ…が、川に沿って太くて広い溝を掘っている。

プップー!! アユムがスクーターのクラクションを鳴らすと、2機のアレッツは作業を中断し、片手を振って挨拶した。本当は危険を伝える以外でクラクションを使うのは道交法違反なのだがこの際気にしない。そもそもアレッツのジェネレータの出力が、片脚だけでも0.6kW以下のはずが無いので、そんな物を載せた今のアユムのスクーターは、原付一種免許で乗れないのだ。それはともかく…この橋を越えればすぐ、さいたま市復興村だ…


村の中をしばらく進み、アユムのスクーターが停まった先には、『折場医院』という手書きの看板を掲げた家があった。折場ダンは医者で、廃墟から医療機器や薬品を回収するためにプロトアレッツを使っているらしかった。


「ただいま…」

アユムは医院の玄関をくぐる。


「おかえり、アユム!」

奥からカオリと、ダンの奥さん…折場エリサという名前らしい。…が、出てきた。


「カオリさん、エリサさん、これ、今日の稼ぎです。」

そう言ってアユムがブリスターバッグから、修理屋で稼いできた食料を手渡す。

「よしよし…ちゃんと稼いできたねアユム…」

当然の様にそれを受け取るカオリ。それを見たダンはげんなりした顔で、

「お前…財布の紐を女に握らせん方がいいぞ…」


「あらあら、それは誰の事かしらねぇ…」

エリサさんがのんびりした口調で言った。

「医は仁術とか耳当たりの良い言葉並べて毎日やりくりする私の苦労なんかこれっぽっちも考えずにええ分かってますよ使命に燃える男に惚れた私が馬鹿だったんですよええ分かってます分かってますあなた以上の男なんか他に見当たらない事もねぇはいはい分かってますクドクドクドクド…」


おっとりした、のんびりした、しかし迫力ある口調でまくしたてるエリサさんに、何も言えなくなるダン。この家ではどっちが上なのかは説明するまでも無いだろう。


「え…エリサさん…食材も届きましたし、ごはん作りましょう。」

「わーい楽しみだなー…食べながら土産話もしましょうねー…」

静かに燃えるエリサをなだめるのに必死なカオリとアユムであった…


     ※     ※     ※


埼玉に来て、ダンの家にやっかいになって以降のアユムは、カオリをダンの家に置いて埼玉の各地にスクーターで出かけ、日帰りで仕事をしてダンの家に泊まる日々を送っていた。


ルリがこの関東平野のどこかにいる。アユムは出来るだけ多くの場所を訪ね回って、彼女の情報を探さなければならなかったためである。


「…これ、日和田山の山頂からの写真です。」

4人で夕飯を食べながら、アユムは自身のスマートフォンをカオリに見せる。

「へぇー…これあたしも直に見たかったなぁ…」

「山頂の手前には、大きな鳥居があって、僕は行かなかったんですけど、鎖伝いに登る岩場もあるそうですよ。」

スマートフォンの画面をフリックして、自分が撮ってきた写真を次々と見せるアユム。

「ここは大昔、渡来人…大陸から渡って来た人たちの集落があったそうなんです。この湾曲した川に沿った辺りは公園になってて、1か月前なら大量の彼岸花が咲き誇って、それは見物だったそうですよ…」

そう言えば、旅を始めたころは夏の盛りだったのに、いつの間にか彼岸花の季節も遠くなってしまった。

「ここは農業試験場とかがあるそうで…これ、見て下さい。」


アユムが次に見せた写真に映っていたのは…水車。違うアングルから撮った物が、何枚も何枚もあった。


「アユム…君に言われた通り、廃墟から材料になりそうな物を色々集めてきた。Vの字とWの字も、水路掘りに協力してくれてる。」

ダンが言った。

「ええ…ここに帰る途中の橋の上から見ました。」

それからアユムは、自身が撮ってきた水車の写真を見せたまま言う。

「先日もビデオ会議でお話した通り、アレッツジェネレータは、高度に進化したバグダッド電池です。アレッツの膝下に着いている半透明パーツは、アレッツジェネレータ起動用のエネルギー源となる太陽電池です。大気圏内使用を想定したビルドでは、脚部エアインテークに風力発電用の風車を仕込んでいる物もありました。つまり…僕が提供したアレッツジェネレータに、起動用のエネルギー供給源を着ければ、この村全体が消費して余りある膨大なエネルギーを半永久的に産み出す発電施設が出来るんです。そのために、あの川に並走する水路を掘り…」

アユムはトン、とスマートフォンの画面…水車を指差し、


「水車を作って設置します!」


それこそが、アユムが数日前に提案し、この村全体を巻き込んだ活動の全貌だった。


滔々と自身が立てた計画を語るアユムを、ダンは不安げな表情で見つめていた。


確かにこの子はすごい。高校生の身で、バグダッド電池の修理屋をして北海道からここまでずっと旅をして来て、おまけにアレッツ乗りで、生きながらに伝説となっている強さで、双方の経験からアレッツジェネレータとバグダッド電池が同根である事まで突き止めて、SWD後の世界が抱えている復興に関わるエネルギー問題とアレッツ乗りの野盗問題の両方をいっぺんに解決する方法を立案し、実行し…だが…


そんな彼の旅の本当の目的は、人探しだと言う…


かつて数千万人が住んだ関東平野のどこかにいる、ただ一人の少女を探すのだと…


(アユム君…分かっているのか…!?君がやらねばならない事は、いかに技術や戦闘力があってもどうにもならない…広大な砂漠に落ちている一粒の砂金を探し出す様な事なんだぞ…)


実際、土産話で何も言わなかった事から察すると、今日訪れた先で探し人に関する手懸かりは何も無かったのだろう。アユム君…それでも君はやるのか…!?


「ところでアユム…」


カオリはアユムが撮ってきた写真の1枚を指さして言った。それはかつて駅前広場だった場所に立っている、2本の赤い柱。上端に奇妙な人の顔が彫られており、柱の真ん中には、それぞれ『天下大将軍』『地下女将軍』の文字が刻まれている。


「これ、何!?」

「さあ…」

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